29 おさまるところに
宵闇を待たずして、リュシーヌは捕まった。
すみやかに散逸した騎士団の働きぶりは見事だった。
国境まで進んでいた馬車を、猛烈に追い上げた騎士団の若者が止めたのだ。
それはあの、猪狩りのときにカイルに声をかけられていた、小柄な新入りの若者だった。
彼は馬の早駆けの才に恵まれていたらしい。
捕まったリュシーヌは自白した。
王太子を暗殺しようとしていたこと。
過去の王妃の毒殺未遂事件にも関わっていたこと。
「ウェンロウの姫なんかと結婚してしまったら、フリードリヒの天下になってしまうじゃない! ありえないわ。だいたい王と最初に結婚したからって何よ! 美しく賢い私と、その子が本当の為政者なのよ! ずっとひきこもってたくせに、今更表に出てくるなんて許せない。ずっと怖がっていればよかったのに!」
王位はアルノー王子が継ぐべきだと、まだわめいているらしい。もちろん、リュシーヌのやったことが明るみになって、当のアルノー王子も投獄されてしまった。
母親のことはうすうす分かっていたようだが、彼にしてみればとんだとばっちりだ。
これでは王政に関わっていくのはもう無理だろう。
自室へ戻り、ショックを受けていたリアナの隣で、カイルはしばらく一緒にいて、背中をさすってくれた。
「毒か。俺の母もそうだった。それで子が産めなくなった。俺だけが跡継ぎになったのは……リュシーヌはそれも狙いだったのかもしれない。王妃が死なずとも、後継者を減らそうとして」
幼い頃から狙われ続けて、どれだけ恐ろしかっただろう。
怖かっただろう。
この人の方が傷ついているのに、自分が泣いているばかりではいけない。
「アルバートはきっと大丈夫だ」
と、それでもカイルはリアナを励ましてくれた。
「カイル……」
「カイルじゃない」
「えっ?」
「もう、その名は捨てる。いや、返してもらうといったほうが正しいな。俺はフリードリヒ。この国の王太子だ。だからどうか、きみのことを教えてくれ。俺はこんなにきみが好きなのに……きみの名前さえ知らないんだ」
王太子フリードリヒは、ばつが悪そうに鼻の頭をこすった。
「リアナ・フェルナーです」
「リアナ。いい名だ。本当に、とても……いい名前だ」
*
その日の晩餐会は、騎士団の働きをたたえる話でもちきりだった。
創設パーティーの夜の部といったところだ。
急遽、暗殺を企てていたアルノー派がついに捕まったという祝宴も兼ねられた。
食事も一段落したところで、カイルが立ち上がった。
リアナの手をひく。
男っぽくて格好いい腕だ。
見とれていると、カイルが息を吸い込んだ。
「みなのもの! よくきいてくれ」
よく通る声に、貴族からメイドまで、晩餐会の場にいる全ての者たちが耳を傾ける。
「これまで悪かった。私が『本物』のフリードリヒだ。私は度重なる暗殺未遂から逃れるために、公爵家に身をよせ、公爵の養子のふりをしてきた」
ざわめきが広がる。
誰もが息をのむ。
カイル、いや、フリードリヒ王太子は、男装をしたリアナの肩を抱いた。
「彼女は影武者のリアナ・フェルナーだ。これまで身を挺して私を守ってくれた。おかげで黒幕のリュシーヌの罪を暴き、捕らえることができた。暗殺の危険にも立ち向かい、かよわい身体にもかかわらず、王太子の激務にも耐えてくれた。これからは私が王太子だ。そして私はそんな彼女を、正式に妃に迎えようと思う」
――えっ。
リアナの頭が真っ白になる。
妃。
そう言ったのだろうか?
平民が正妃になったなんて聞いたことがない。
「私はたった今、王太子となった。これからは男同士ではなく、男と娘として時を重ねていきたい。リアナはずっと私を守ってくれた。今度は私が、人生を賭して彼女を守りたい。
リアナ、結婚してくれるか?」
一瞬の沈黙。
それから、爆発したような歓声が沸き起こった。
「リアナ様ー!」
「カイル様……いや、王太子様ー!」
「かっこいいー!」
「ありえねえっ、美少年にしか見えないぜ」
「すっかりだまされた!」
「王太子を守ってくださってありがとうっ」
だがリアナは、当のリアナは――。
蒼ざめた顔で首を振った。
「で、できません……」
歓声が凍りつく。
騎士たちがざわめく。
貴族がハンカチで口を押さえる。
「嘘だろ……」
「どうなるんだ……」
リアナ本人は、泣きそうな顔で言った。
「だって、私はウェンロウの公女様と――婚約しているのです」
そういえば、そうだった。
国をつなぐ重要な縁談。
それを破棄すれば、両国の関係は破綻しかねない。
「ウェンロウは大国。それを裏切ったとなれば、処刑は必至でしょう」
リアナは静かに言う。
「国の威信を傷つけたとなっては、リュミエール国もセレスティード城も、とても無事ではいられません。
私の犠牲で国が救えるなら、それでいいのです」
「リアナ、そんなことは――!」
「いいえ、カイル……フリードリヒ様。私はあなたに出会えて、幸せでした。結婚できなくても、処刑されても、やっぱりあなたのことが好きです」
騎士団が泣いた。
でかい男たちが、ぐずぐずと泣いた。
「こんなのってあるかよ……」
「鬱だ……」
「やめろよ……推しができたと思ったら一瞬で強制終了なんてあってはならないだろ……」
「神はいないのか……」
マダムたちがささやき合った。
「ひどいわね、おかわいそうだわ」
「ええ。カイル様がね。あら、もう王太子様だったわ」
「でも、悲嘆にくれるカイル様もすてき」
「リアナ嬢はどう見ても美少年にしか見えないわ」
「爵位はどうなさるおつもりかしら」
「あら、そんなのはどうとでもなるわよ。それこそ公爵家の養子になれば貴族の身分にはなれるわ。莫大なお金が必要だけれど」
「シンデレラストーリーってわけね」
「平民から王族ともなればマナーに苦労するわよ」
「でも、ウェンロウを騙したともなれば、後が怖いわ」
王太子フリードリヒは、悲嘆にくれた。
「やめてくれ、リアナ……せっかく、本当の自分たちになれたのに」
「殺されても、あなたが好きです」
「リアナ!」
抱き締めた腕が震えていた。
リアナははらはらと涙をこぼす。
男装の麗人のまま、それはたいそう絵になった。
フリードリヒはかき抱いたまま、リアナに口づけた。
騎士団が嗚咽する。
マダムたちも、哀れな恋人たちにさすがに沈黙した。
王も臣下も、誰も言葉を失っていたそのとき。
バーン!
扉が勢いよく開いた。
涙を浮かべた一人の女性が、入り口に立っていた。
ウェンロウ国の公女・カランである。
彼女は裾を翻し、ツカツカとまっすぐに歩み出た。




