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セレスティード宮殿の影法師 〜王太子の影武者にされた平民女は美貌の公爵に口説かれています〜  作者: 丹空 舞


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28 騎士団創設記念パーティー

 騎士団の創設パーティーは、王宮が主催しているとあってか、豪華で盛大なものだった。

 金と紅の旗が垂れ、騎士団の面々が整列している。公式な式典には貴族のみが参列を許されているが、この後は城下を騎士団がパレードして、またもや盛大な祝いがある。

 平民たちにとっても、酒を飲む口実ができるというものだ。


 壇上では団長が勲章を授けられ、その隣に副団長カイルが静かに立っていた。

 少し顔色が悪いように見える。

 それでも、しゃんと背筋の伸びた姿勢は崩れない。

 やはり、誰よりも凛々しい。


 リアナは王太子フリードリヒとして、そっと『本物のフリードリヒ』を眺めた。

 胸についた王族の金章が、重い。

 カイル、いや、フリードリヒ王太子はどう思ってリアナを見ているのだろう。

 バルドと通じているとしたら、リアナが女性であることも理解しているはずだ。


 フリードリヒ王太子を慕っているのだと思っていたけれど、それが本人だったとすると話が変わってくる。

 幼なじみなんて嘘をついてまで、リアナに近寄ってきたのはなぜなのだろう。


 もしかして、という期待が、心臓を脈うたせる。

 同時に、不安と疑念がぎりぎりと胸を苦しめる。


 壇上では、功をあげた騎士たちをねぎらう団長のスピーチが終わったところだった。

 貴族たちの拍手の中、リアナは少し息をついた。

 歓談にうつる貴族たちや騎士は、それぞれビュッフェスタイルで好きなものを取って飲み食いする。


 リアナは昨日、パーティーでは王太子として、騎士団に直接話しかけにいくようにと、マティルダを通してバルドから指示されていた。

 貴族同士の暗黙のルールで、身分が高いものからしか、基本的には会話を始めてはいけないのだ。


 リアナは重い腰をあげて、ひしめいている騎士団の赤茶色のマントの群れに向かった。



途中で良い香りがして、少しばかりリアナは足を止めた。

ずいぶんたくさんの料理がある。

そんなリアナに気付いてか、メイドが進み出て、美しく丸皿に盛り付けられた小さなフレーズを勧めてくれた。


「フリードリヒ殿下、こちらの特製クリームはいかがでございますか?」


 ほのかに甘い香りがする。

 だが、今は胸の奥が重くて味を感じそうになかった。


「すてきだね。ありがとう。だけど、やめておくよ」


 リアナが微笑みながら断ると、メイドは深く頭を下げて去っていった。


 カイルは騎士団長と親しげに話している。

 彼らは、カイルが王太子だと知っているのだろうか。

 いや、知らないだろう。

 そうでなければあんなに気安くしゃべれるわけがない。

 この国で身分の差というのは絶対的な壁で、王太子のような最高権力の層には誰も近寄れない。

 リアナはふと、城下のパンやに行ったときのカイルを思い出した。堅焼きパンを面白そうに見て、指でちぎるのだって楽しそうにしていた。

 きっとカイル――フリードリヒはそういうものが欲しかったのだ。


 暗殺者に狙われず、対等に喋る友人や仲間がいて、ただの男として、愛するこの国で過ごしてみたい。

 騎士団の副団長まで成り上がったのは、実力なしにはありえなかっただろう。

 

 もしも自分が彼に与えられるものがあるとするならば、この身を犠牲にする愛なのだろうか。

 フリードリヒとして生きることも、死ぬことも選べる。

 カイルとして生きることも。


 だとしたら、もうそれでもいい。

 国民も多くの貴族たちも、本物のフリードリヒはまだ王宮にひきこもっていると信じているのだ。

 影武者であるリアナが処刑されても、カイルはカイルとして生きていける。


 また先ほどのメイドが近づいてきた。


「殿下、少しお疲れのように見えますが……こちらのティーはいかがでしょう」


 ずいぶんと仕事熱心なメイドだ。若くて経験が浅いのか、王太子にもどんどん話しかけてくる。


「少し寝不足なだけだから、気にしないでくれ。それと……メイドからあまり話しかけないほうがいい。僕はいいのだけど、貴族の中には嫌がる連中も多いからね」


 メイドは僅かに震えて、パッと頭を下げた。


 ――時々、視線を感じる。


 振り返ると、やはりそこには、カイルがいた。

 バチッと視線が合う。

 目を逸らせばいいのに、名残惜しい。


 だめだ、と思ってもやっぱり好きなのだ。

 


 カイルがふと視線を逸らした。

 その視線の先に、さっきのメイドにリュシーヌが烈火のように怒っているのが見えた。

 若いメイドは青ざめて震えている。

 裾でも踏んだのかと思ったが、様子が違うようだ。

 さっきのあの調子で、無礼なことをしてしまったのだろうか。

 カイルは様子をうかがうように眺めている。

 そうだ、どこまでも平民や、身分の低い者のことを考えている。そういう人なのだ。


 周囲の令嬢たちが、ちらちらとこちらをうかがっている。

 話しかけて欲しそうだが、身分差があるので軽率にできない。

 春祭りのように外国の姫君たちに囲まれることはなく、少し安心できる。


 気付けば、リュシーヌがこちらに歩いてきていた。

 王の公妾、つまりは側室のようなものだから、リュシーヌはこの場でも堂々としていた。

 だけど、王妃様は心穏やかではないだろう。

 温和そうな表情からは何も読み取れないけれど、もしも恋のライバルが結婚してからもずっと一緒にいるのだとしたら、心が疲弊しきってしまうと思う。


「殿下、緊張はもう解けまして?」

と、リュシーヌが言った。


「え、……ええ。春祭りのときはありがとうございました」


「それはようございました。こちらのケーキ、もう召し上がりました? きっとお口に合うと思いますの。城下でも評判のパティシエ『ツァンサ』の新作ですわ」


「ツァンサ?」


 そんなパティシエ、いただろうか。

 城下のことなら庭のように詳しいけれど、ちっとも聞いたことがない。

 「最近来られた方? 外国の店ですか」

 「ええ。そんなようなものですわ」

 

 皿にのっている菓子は確かに美味しそうだが、特段変わった見た目でもない。


 「庶民だけでなく、貴族の茶会でも流行するはずですわ。ぜひ。どうぞ」


 リュシーヌがボルドーに塗った爪先で、勧めてくる。

 差し出された皿を、リアナは受け取った。


 小さなガトーショコラだ。

 何か変わったリキュールでも入っているのだろうか?


 貴族同士は義理で成り立っている。

 ひとつだけ食べよう。


 あーん、と口に運ぼうとした、その瞬間。




「お話中申し訳ない。ちょっといいだろうか」


 腕を掴まれた。

 カイルだ。

 その瞳は真剣そのもので、リアナは思わず口を閉じてしまった。

 こうなればケーキどころではない。


 リュシーヌが顔色を変えた。


「あなた、無礼ではなくて」

「申し訳ない。だが、緊急なのだ」



 リュシーヌは憎らしそうにカイルを見た。

 美しい顔面も、怒りに塗れては、怪物のようだ。

 そんな表情をするのか、とリアナがいっそ感心しそうになったとき、リュシーヌはあきらめたように一歩退いた。


「……では、フリードリヒ殿下。ごきげんよう」


 リュシーヌは滑るように去っていく。

 王の元にでも行くのだろうか。


「出よう。話がある」

「そんな。パーティーは? これが終わってからでもいいでしょう」

「待っていられない」

「そういうわけにはいかない。これからまだセレモニーの続きがあるんだから」

「じゃあ、この場で俺がきみを口説いても構わないと?」


 リアナはぎょっとして周囲を見た。

 小声じゃなかったら一瞬でスキャンダルになっている。

 

 「あなたは、どういうつもりなんです」

 「どういう? まだ分からないのか? 好きだと言っている」

 「なっ!」


 他の貴族には聞こえないぎりぎりの音量で、まるで世間話のように話す。ただし、リアナが逃げられないように、ぐっと腕を掴んでいることを除けば、だ。


 「す、す、好きって」

 「最初はただのかわいそうな平民の娘だった。バルドに連れてこられて……早く街に返してやろうと思っていた。だけど、できなくなった。きみがあまりにも……大切になってしまって」

 「嘘」

 「本当だ。こんな嘘をついてどうなるんだ? きみがウェンロウの姫と婚約させられててしまって、俺がどんな気持ちだったと思う?」

 

 分からない、そんなの。

 頬にカッと熱が集まる。

 だめだ、もう、演技なんてしていられない。


 そのとき、リアナたちの押し問答に、陽気な声が割り込んだ。


 「あっ! やだなー、フリードリヒ様! カイル様をひとりじめなさって! ずいぶん距離が近いですね? あー、腕なんか掴んで、いけませんよ! 何をもめてるんです? けんかはやめてください、けんかは!」


 デカ物のアルバートだった。

 空気を読めない大声は相変わらずだ。


 「うわあ、ガトーショコラじゃないですか。俺、大好物なんですよ。そんなのどこにありました? えっ、食べないんですか? じゃあ俺、引き受けますよっ! 胃袋はセレスティード城ナンバーワンですからね! ガハハハ――う、うまい! これは、うますぎる! どこのやつですかね、チョコレートが違うのかな……うん、うまい、うまい、う、うっ」


「アルバート!?」

「おい!? どうした!」


 アルバートが崩れ落ちた。

 丸皿が床に落ちてパリンと割れる。


「うう……苦しい……」


 アルバートが喉を押さえながらうめいている。


「毒だ!」


 ざわめきが爆ぜた。貴族たちが悲鳴を上げ、メイドたちが逃げ惑う。


「キャアアアアッ!」




 あのケーキは――。

 渡してきたのは、リュシーヌだ。

 リアナは叫んだ。


「リュシーヌ様は!? あの人、私にそれを渡してすぐどこかへ!」


 「騎士団! ここへ!」


 カイルの叫びが響き、騎士団の面々が瞬時に整列した。赤茶色のマントが風のようにはためく。


「アルバートを医務室へ! 毒殺をはかったのは王妾のリュシーヌだ。まだ遠くにはいっていないはずだ。すみやかに捕らえろ!」


「ハッ!」


リアナは震える肩をおさえるように身を抱きしめた。


もし、あれを食べていたら、自分が――。




ぽん、と頭に何かが置かれて、リアナは顔をあげた。



「大丈夫だ」


本物の王太子は威厳と優しさに満ちて、リアナの髪を撫でた。


「きみをみすみす死なせはしない」

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