24 チェックメイト
詰みだ。
完全にチェック・メイトである。
騎士とと女王に挟み込まれて狙われている。生まれながらの歩兵が自分だ。
長いようで短い人生だった。
最後に親代わりの団長たちに会いたい。
リアナは自室ではらはらと涙を零しながら、ボロ小屋から持ってきた劇団の台本をぼうっと眺めていた。
あれからどうやって宮殿に帰り着いたのか覚えていない。
「最悪だわ……」
森の隠れ家の塔に住んでいたのは、フリードリヒではなく、全くの赤の他人だった。
しかも、自爆も自爆だ。
黙っていれば良かった。
本物のフリードリヒを見つけたい余り、決めつけてしまったのだ。
全て自分が悪い。
アシュレイは面白そうにしていたが、彼が誰かに言わないとは限らない。むしろ、無意識に匂わせるようなことを言って、周りが感づくかもしれない。
ここまで秘密を守ってきたというのに、リアナがペラペラと喋ってしまったせいで台無しだ。
ミスにもほどがある。自分で痛いほど分かっていた。
誰かに秘密がばれたら、命は無い。
バルド宰相の厳つい顔が浮かび、鈍色に光る大剣の刃がギラッと光って振り下ろされーー。
リアナは左右に頭を振った。
いけない。
良くない物が見えてしまった。
いや、これで終わりと決まったわけじゃない。
もしかしたら、アシュレイが誰にも秘密を漏らすことのない、ものすごく口の固い人間という可能性だってある。
でも、そうなると本当のフリードリヒはどこにいるのだろう。
また振り出しに戻ってしまった。
「はあ……」
悩ましいことに、リアナとウェンロウの姫君との婚約は締結されたままだ。
万が一、アシュレイが秘密を守ったとしても、ウェンロウの第二公女カランにリアナが嫁げば終わりだ。
確実に女だとばれる。
遅かれ早かれ、夫婦になれば初夜を迎えるのだ。
もしも風呂をマティルダに世話してもらったとしても、裸になった瞬間、リアナの処刑が確定する。
「あああ……ウェンロウって残酷な刑罰で有名だったよね……今もあるのかな……うう……」
昔、歴史の本にのっていた。
ウェンロウでは死刑を執行すると決まった極悪人に対して、とても残酷極まりない罰を与えると。
それは馬を二頭準備して、罪人の片足をそれぞれくくりつけるというものだった。
そして、別々の方向に向かって立った馬の尻を執行人が思いっきり叩きーー。
想像しただけでぞっとする。
リアナはぶるっと体を震わせて、肩を抱いた。
せめて、完全体のままで生涯をまっとうしたい。
まだ、バルドの大剣で一刀両断に首をおとされた方がましな気さえする。
大国というのは権力も大きくなる。
そして強大な権力は、自然と残虐性を持つのだろう。
あのウェンロウの公女、カランはその頂点たる帝王の娘なのだ。
婚約破棄なんて言い出した暁には、引き裂かれるだけでは済まないかもしれない。
「どうしよう……」
どうもできないから、絶望しているのだ。
フリードリヒは行方不明。
カイルはそのフリードリヒを恋している。
公爵家のアシュレイにリアナの秘密がばれた。
誰かに秘密がばれたとバルドに知られれば、終わり。
なんとか切り抜けても、ウェンロウ公女カランとの婚約が締結されている。
婚約破棄でも申し込もうものなら、理由がどうあれ処刑、いや、リアナの処刑で済めばまだいいかもしれない。
怒ったウェンロウとリュミエールの間で、国と国との戦になるかもしれない。
だけれど、結婚すれば。
確実に、物理的に、ばれる。
顔はどれだけ男を演じても、ないものはないのだ。
「終わった……」
リアナは絶望してはらはらと涙をこぼした。
心配そうに背後で様子をのぞいていたマティルダは、見かねて声をかけた。
「ホットミルク、いかがですか?」
「いらない」
「朝ご飯もほとんどお召し上がりになりませんでした。それでは体を壊してしまいます」
「いいの!」
リアナはなげやりに叫んだ。
「だってどうせ殺されてしまうわ! どうしたってバッドエンドよ。昨日、言ったでしょう? ばれてしまったの。バルドに言ってもいいわよ、どうせいつかばれるんだから」
「いいえ。リアナ様。バルド宰相には誓って告げていません」
「だって、だって、どうせもう……」
口から嗚咽がこみ上げた。
どうにもならない。
いつ、バルドやウェンロウやリュミエールの兵士が殺しにくるか分からない。
そうなればあっという間に首をはねられてしまうだろう。
たとえ自分のせいでも、そうじゃなくても。
これが運命だというなら、神様に中指をたててやりたい。
暗い底に沈んでいきそうだ。
泣いて因果が尽きるなら、泣き暮れているのに、そうしたってどうにもならない。
絶望と、絶望と、絶望――。
「リアナ様」
「放っておいてよ」
「放っておけませんよ」
マティルダは唇を震わせたかと思うと、突然リアナに駆け寄り、両手で抱きついた。
「マティルダ……」
「これだけずっとお世話をしていたら、もう他人とは思えないのです。平民から、いきなり王宮に連れてこられて……私も平民だったのです。バルド宰相が父だと分かるときまでは」
「父?」
父親と言ったのだろうか、マティルダは……。
確かに瞳の色は似ていると思ったけれど、まさか。
「私が産まれたとき、バルド宰相はすでに母ではない貴族の女性と結婚していました」
最低だ。
貴族ではよくある話だとはいえ、あの堅物のようなバルド宰相に隠し子がいたなんて。
「私は母を助けるために、バルド宰相の言うまま遠縁の貴族の養子になり、そして彼の駒になり、王宮で女官として働いてきたのです」
「そうだったの……それで、私の世話係に?」
「ええ。ですが、運命に翻弄されながらも、リアナ様はいつも前を向いていらした。リアナ様の明るさに、私もいつも元気をもらっていたのですよ」
マティルダは泣き笑いのような表情で言った。
「大丈夫、とは言えませんが、だけど、辛いことはずっとは続きません。全ては変化しているのですから」
「マティルダ。私、怖いのよ。それに、情けない。あたしが喋らなきゃよかった。初めての恋だったの。カイル様の想っている人っていうのを、どうしても見たくなって、それで」
「ええ。リアナ様のお気持ちは想像できます。だけど、過去を恥じても悔やんではなりません。それがそのときの最善手だったのです」
マティルダはエプロンのポケットから、紙切れを出した。
「さあ、ホットミルクをお飲みになって。きっと、心の晴れる日がやってきますよ。国立劇場が完成したそうです。リアナ様のいた劇団が登用されましたよ。町民だけでなく、貴族にもずいぶん人気のようです。カイル様と観劇してこられたらいかがですか?」
リアナは深呼吸をして、二枚の紙を受け取った。




