22 森の塔の秘密
森の奥の霧に包まれた石造りの塔は、まるで時の流れから取り残されたようだった。
公爵領地のはずれ。
リアナは、枯れ枝を踏む音を気にしながら足を進めた。
ここに『本物のフリードリヒ』がいるのだろうか?
王城にいるという噂は、やはり偽りのようだ。
では、ここに……?
本物を見たら、いや、会えたら、一言言ってやりたい。
「カイルはあなたを想っている」と。
友情でも愛情でもいい。
せめてそのどちらかに応えてやってほしい。
そうでないとリアナの立つ瀬が無い。
ようやくカイルへの心を自覚したというのに、さっそく失恋だ。
だけど、フリードリヒ本人に突撃しなければ、これでは気が済まない。
恋敵の美青年のために、自分は影武者になって危険を冒しているのだ。
なんとしても見つけてやる。
そして、ひきこもっている軟弱貴族に一言ガツンと言ってやるのだ。
塔の重い扉を押し開けると、かすかな風が吹き抜けた。
中は驚くほど静かで、どこか清らかだった。古びた書架、窓辺に並ぶ小鳥の彫像。
その中に――いた。
階段の上、差し込む光の中に腰掛けている青年。
アッシュグリーンの髪は肩まで伸び、ウェーブがかってふわふわと風に揺れている。雪のように白い肌。繊細だが、その骨格はしっかりとしており、喉仏がわずかに動くのが見えた。
まるで、籠の中に閉じ込められた優雅な小鳥のようだった。
リアナは息を呑む。
――この人が、本物のフリードリヒ殿下?
バルドの話でも、幼少期の肖像画でも、金髪だった。
リアナのように染めているのだろうか?
「誰かな?」
だしぬけに、青年が言った。
穏やかな声だった。
扉の後ろに隠れていようと思っていたリアナはびっくりしてしまった。まるで鋭敏な動物のような察知力だ。
「すみません、突然」
あきらめたリアナは青年の前に進み出た。
間近で見るとつくづく優雅な男だ。
カイルとはまた違う、花のような美しさをもった人だ。
「あの、率直におたずねします! あなたがフリードリヒ殿下ですか!?」
その青年はキョトンとして、リアナの姿をまじまじと見た。
「フリードリヒ?」
「そうです。いえ、もう、隠さないでください。私はあなたに言いたいことがあって来たんです。もうひきこもるのはおやめになってください。ええ、もちろん影武者はしますけれど……」
「ちょっと待ってくれるかな」
青年は読みかけの本を膝に伏せた。
立ち上がるつもりはないらしい。
彼のまわりだけゆったりと時間が過ぎていく。
「僕の、影武者?」
「はい。バルド宰相から聞いていませんか? 私が今、あなたに変わって王太子をやっているんです。幼少期の姿とよく似ているとかなんとか言って、むりやりセレスティード宮殿に連れてこられたんです!」
「ふうん。王太子か」
しかし、こうしてみるとあまり自分と似ていない。
肌の白さくらいだろうか?
肖像画は5歳や7歳くらいの小さな顔だったから、それもまた然りだろう。男性は成長とともに精悍になっていくのだから、大きくなった今の姿や顔立ちと、リアナの男装姿と違っていてもおかしくはない。
額にかかったアッシュグレイの髪を払い、青年は楽しそうに口角をあげた。
「なるほどね。バルド宰相なら確かにやりかねないな」
まるで人ごとのように言うものだ。
リアナは内心腹が立ったけれど、まずは落ち着いて、冷静に、当初考えていた台詞をぶつけることにした。
「カイル公爵はフリードリヒ殿下のことを常に想われています」
「ええ? カイルが? フリードリヒ殿下を?」
青年は面白そうに笑った。
「どういうこと?」
「カイル公爵はフリードリヒ殿下のことを幼少期からお慕いになっているのです」
「そうなの?」
どこかつかみどころのない人だ。
リアナは変に思いつつも続けた。
「幼なじみなのでしょう? 殿下は暗殺未遂に何度もあって、お部屋にひきこもられていると聞きました。お辛いこともあったかと思います。ですが、せめて表舞台で私が影武者を務めている間だけでも、本物のフリードリヒ王子としてカイル公爵と話されてくれませんか。これじゃあ、あまりにもカイル様がお可哀想です」
それに私も、と付け加えかけたが踏みとどまった。
みすみす自分を哀れな存在にはしなくていい。
「カイルはあなたを熱っぽく見つめてくるのかい?」
「ええ。それはもう」
「ふうーん」
塔の青年は膝の上に置いた本を、手近な丸テーブルにのせた。表紙に、『宮廷女官の恋模様』と書かれていて、金糸の装飾がしてある。
「この小説よりも興味がわいたよ。話を聞かせてくれる?」
貴族らしいといえば貴族らしかったが、世捨て人のような気安さがそこにはあった。
リアナは素直にこれまでのことをあらいざらい喋った。
バルドに連れ去られて王太子の影武者になったこと。
公爵カイルに助けられて狩りをしたこと。
フリードリヒを一度も城内で見たことがないこと。
ウェンロウ国の姫に見初められて婚約をしていること。
カイルと街に出かけたこと。
王太子を見るカイルの眼差しが、どうにも熱っぽいこと。
そして、王太子の役をしているだけの自分が、カイルに愛されているのではないかと勘違いしそうになること。
青年は口を挟まずきいていたが、最後に尋ねた。
「それで、君は本当は誰なの?」
「リアナ。平民の、ただの、リアナ・フェルナーです」
「なるほどね……」
青年は考えたあと、楽しそうに言った。
「僕はアシュレイ。アシュレイ・フォン・アーデン。公爵家の一人息子。カイルは養子なんだ。僕はここにカイルが来たときからひきこもっている。まあ、いわゆるどら息子さ」
リアナは目の前が真っ暗になった。
「嘘」
「ほんとだよ」
まさか。
「ひ、人違い……?」




