99.魔族の地
やがて森を抜け、岩肌が続く坂道を歩いていく。段々と魔物の数も減っていき、道のりは険しくなったものの戦闘に費やされる時間は確実に減っていった。
魔族の地の最初の光景が目に入ったのは日が高くなってからだった。
「なんか普通だね」
「魔族の地をなんだと思ってやがんだ。草木も生えない不毛の大地とでも思ってんのか?」
私の率直な感想にケチをつけてくるゲラート。
そう、目の前に広がる魔族の地は暗雲立ち込める大地などではなく、普通に自然が広がってて、平地にぱらぱらと農家らしき家が建ってて、なんというか牧歌的だった。山を下っていく最中にそんな気はしてた。
「空が暗いのが基本だと思ってた」
「それはさすがに先入観がすぎるでしょ」
ネーヴにまで突っ込まれた。
「さすがのあたしもドン引きだよ。人間でさえそんなイメージ持ってないのに魔族のあんたがなんでそうなのさ」
まさか毒舌のクリスタにまで批難されるとはおもってもみなかった。
むぅ……私の勝手なイメージだけどここまで顰蹙を買うとはね……。そのへんに骨や死体が平気で転がってる環境だと思い込んでた。
「おしゃべりはそのへんにしろよ。もう魔族の領域だ。誰に見られてなくても息を潜めるもんだ。魔術は発展してなくても種族特性がある。用心するに越したこたぁない」
「あんたみたいな動物の魔族も結構いるのかい?」
「俺みたいなのは珍しいな。いないことはないがな」
クリスタの質問にゲラートはそれだけ答え、あとは黙って足を進めた。穏やかな気候にそぐわない空気が一行に纏わりつく。
「それで、これからの予定は?」
「だぁ!もう言ったそばから喋んなって!」
「事前に打ち合わせしてないほうが悪い」
「そりゃそうだ。すまねえな」
ネーヴの指摘を素直に認めてゲラートは続ける。
「今からとある人物に会う。城はもう危険な状態でな。身を潜めてんだ」
「結構やばいじゃん。魔王側そんなに弱いの?」
そう私は聞いた。
「タイマンなら負けねえさ。相手の数が多すぎる。序列の高い魔族どもが過半数以上反乱に加担してるからな。なのに、味方も信用できないときたもんだ。いつ裏切られるかわかったもんじゃない」
劣勢も劣勢だ。すでに王として機能してないとも言える。
「たしか魔王様は穏健派だったよね?」
「そうだ。立場の低い種族の権利を守ることに熱を注いでくれてた。俺が忠誠を誓ったのも自分の種族が迫害されることを防ぐために魔王様が尽力してくださったからだ。じゃなきゃ俺も今頃狩猟の標的だ」
「見かけによらず苦労してるんだな」
ネーヴが同情の視線を向ける。
それでも、こいつがやったことを私は許すつもりはないけどね。
私は常に口輪をつけられた獰猛犬だ。外してくれたら今すぐにでも襲い掛かる気概がある。なんたってこいつは私の家族同然だった仲間を殺したんだから。当時こいつのことを知ってたら誰の言葉も聞く耳をもってなかっただろうね。
「じゃあ、今向かってるのは魔王様がいる場所?」
「……そこは自分の解釈で頼む。いつ誰に聞かれてんのかわからねえからよ」
モネスが尋ねるとゲラートはトーンと落として言った。
まあ、それの意味するところは火を見るより明らかである。ていうか、話の流れ的にそれ以外考えられない。
そうして、行きついた場所は一軒の家屋だった。
屋根に苔みたいな植物がびっしり敷かれてる。いや、生えてるのかな。下の部分は石が積み上げられてる。ヴォルフガングにもルントにもない構造の家だ。でも、農家の家であることは周囲の環境から察することができる。
「あのさ、この家入る前から殺意駄々洩れなんだけど?」
「警戒してるんだ。俺の顔を見りゃ殺気も収まるだろうよ」
「こんだけあからさまなら通りすがりの一般人でも何かあるってバレるぞ」
クリスタの指摘どおり、家の中からこっちに向けられた視線がビシバシ伝わってくる。あまり歓迎されてない雰囲気だ。何かあったら即時ヴォルフガングに撤退しよう。助けにいった相手に命を脅かされるようなことがあったら本末転倒だしね。




