98.魔族の地への道中
しばらく進むと、懐かしい森の風景は様相を変えた。山に近づいてきた証拠だ。なだらかな傾斜がじわじわと体力を削る。なんてことはない軽微な坂でも獣道だったらこうも変わってくる。でも、ダンジョンの中に比べたら大したことはない。
ただ一人を除いては。
「ネーヴ、休もうか?」
「大丈夫だ。みんなのタイミングに合わせる。私の都合で遅らせるわけにはいかないよ」
本気で心配になってきた。ネーヴは私を除いてこの中で一番体力がある。なんたって元ドラゴンなんだからね。そんなネーヴが不調を訴えている。しかも、モネスが治癒魔法を使っても何の異常もない。本当にただの疲労のはずなんだ。なのに、不安がぬぐえなかった。
ゲラートが先導してくれる魔族の地へのルートは、山と山の間を縫うようなまるで最初から準備されてたみたいな容易な道だった。氷雪地帯を登山するよりは、の話だけど。結構な頻度で遭遇する獰猛な魔物と出会わなければ、というのも付け足しておこう。
「こんな道知ってるなら私を見つけ出すのももっと早かったんじゃないの?あの森に棲んでたんだし」
「こんな危険な道、誰が通るかよ。通れる算段があるから通ってるだけで普段は別の道を使ってる。そっちは魔族の地に着くまでに一週間かかる。選択肢から除外したんだ」
確かにその通りだ。こんなとこゲラートが一人で歩いてたら秒で喰われてしまう。精神干渉の能力が通じなければゲラートはただの喋る小動物だ。あまりにも目障りだから私でも踏みつぶしてしまいそうになるからきっとこの森の魔物からしたら格好の餌だ。そのまま食われてしまえばいい。
「オズは森にいた時、ここまで来なかったのかい?」
そうネーヴが尋ねてきた。
「ほとんどルーティンが決まってたから遠征するようなことはなかったよ。森の中にダンジョンがあった頃はダンジョンを攻略してたけど、なくなったあとは腕がなまらない程度に魔物を狩るぐらいだった」
「肩慣らし感覚で狩れること自体がすごいよ……」
モネスが呆れた調子で言う。
私もそのことについて少しだけ自信をもってた。それもクリスタに完全に敗北するまでの話だ。私は頭脳戦を仕掛けてくる相手にすこぶる弱いことが判明した。そのことについてリーゼロッテにも突っ込まれた。
リーゼロッテといえば、彼女はこれからどうするつもりなんだろう。もしダンジョンボスと化した仲間を探すつもりなら冒険者になるのが手っ取り早い。リーゼロッテの顔を知ってるのはごく一部しかいないし、そもそもダンジョンボスが逃げ出したことを知る者はいない。問題なく素性を隠したまま冒険者として活動できる。だったら、いずれ会うこともあるかもしれない。それでも、彼女がダンジョンボスであることには変わらない。その問題についてはヘクターがなんとかすると言ってた。だから、考えても仕方ないことと言えば仕方ないことだ。
リーゼロッテのことが気になるのは私のエゴだ。私は彼女に親近感を抱いてる。そして、同じぐらい嫌いでもある。彼女の言動行動がまるで写し鏡のように感じるからだ。
「このルートは魔の森に入ってから二日で魔族の地にいける。つまり、一回は必ず野営しないといけねえってわけだ。到着は明日の昼を予定してる」
「ネーヴの調子が悪いのに通常どおりで本当に到着できるの?」
「通常どおりだったら魔物を警戒しながら進むからこんなに早くは進めねえよ。むしろ今回は早いほうだ。手間取ったら二日で着かない時もあんだ」
「そうなんだ」
魔物は私とクリスタで積極的に殲滅しにいってる。賢い奴は近づきもしないし、襲ってきても特に問題なく処理できる。その手際の良さにモネスが感心してたぐらいだ。いくらいがみ合う仲でも3年以上付き合いがあるんだから否が応でも連携が取れてしまう。
木々の隙間から山が覗く。ルントに向かう道中の見知らぬ光景や、ダンジョンに潜った時とも違うワクワク感が少しだけ胸を躍らせる。今まさに私たちは冒険をしているのだ。
そして、この冒険の目的を思い出してすぐに私は躍らせた心に暗雲を漂わせるのだった。




