95.未来予知
リーゼロッテの後ろ姿を見送る。
複雑な感情が渦巻く。その感情の整理をつけるにはどうしたらいいのかわからない。
私は人間が嫌いだ。だって、彼らは大義のために大切な存在を裏切る。クリスタもきっと時がきたら私を裏切る。それなら、私はネーヴさえいればいい。ネーヴは人間が好きだけど、私にそれを強要しないし、これからもうまく付き合うことができる。
だから、こんな感情は邪魔だ。
「満足したか?」
「全部わかってたんでしょ?」
後ろから声をかけてきたのはヘクターだ。
「気になるなら『シーカー』で見てみるといい。つっても、おまえの期待した結果は用意してあげられない。俺にとって未来は不変のものだ。昔はこれでもがむしゃらになって抵抗したもんだが、結局あの時の仲間は全員死んじまった。これでもナイーブなんだぜ?だから、俺はもう仲間を作るのをやめた」
「だったら、なんでクリスタに『未来予知』を打ち明けた?親しくなればなるほど辛くなるならなんで心を開くような真似をしたんだよ」
あの態度からしてクリスタはヘクターの話を信じた。慎重なクリスタが端的な情報だけで信じるとは思えない。クリスタが信じるに足るだけの情報をヘクターは打ち明けたんだ。だからこそ、理解できなかった。ルントの冒険者の誰とも特別な存在になることを拒絶したはずなのに、ヘクターはクリスタにだけは本当のことを全て曝け出した。初対面の相手だったにもかかわらず。
「あいつは常に死を覚悟してる。未来を受け入れる覚悟がある。口で言えるだけじゃなく信念がある。今は落ち込んでるが、立ち直る時が必ず来る。俺一人じゃ出来ることに限界があるからな。そりゃ、あいつが死んだら俺はまた悲しくなるがよ。うーん、なんつーか言葉に出来ない。こんな長ったらしく言っておいてすまんな」
「もう、いいよ」
軽い感じでヘクターは謝罪してきた。私はそれ以上聞かないことにした。聞かなくてもわかる。こいつはクリスタに惚れてる。それが一方的なものでも、両想いであっても、ヘクターは構わないんだろう。そして、クリスタが道半ばで死ぬことはその口ぶりから確定していることになる。
私はヘクターのことがますますわからなくなった。どういう思いでヘクターは今こうしているんだろうか。諦観と折れない心が同居しているように見られた。彼の視る未来が自らの目的と合致しているから耐え忍んでいるんだろうか。だとしたら、ヘクターはどうしようもなく不安定だ。
「俺からも一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なに?」
「人間が嫌いな理由がいまいち分からない。おまえの仲間は操られてたんだろ?だったら、本当に憎むのは魔族なんじゃないか?」
「魔族も嫌いだよ」
「おっと、そうか」
「未来を予知できるのにそこは分からないんだ?」
「全部『未来予知』で片付けたら何も見えなくなっちまう。本来ならあったはずの縁すらも途絶えてもっと悪い方向に傾くことだってある。最低限のフラグは回収しないとな」
つまり、私との会話はフラグのためらしい。それが何なのかまったく分からなかった。
ヘクターという人間は近くにいるのにどこまでも遠いところにいる存在に思えた。彼を『シーカー』のスキルで見れば、未来の片鱗を捉えることができるだろう。でも、私はそれが恐ろしくてたまらなかった。ヘクターがここまでして私にリーゼロッテと出会わせた。その意味を知るのが怖かった。
「実行犯に直接聞いた。最初は私を動揺させるために嘘をついてたんだけど、後から真実を教えてくれた。あいつは何もかも承諾したうえで精神を乗っ取られたんだって。自分じゃ殺せないからわざわざゲラートを頼ったんだ。自殺同然の行為なのに躊躇なんかしてなかったって。どいつもこいつも大儀のためなら仲間を裏切っていいと思ってる。そんなやつら好きになれるわけないじゃん」
「そうだな。そういう意味じゃ、俺はおまえにとって天敵だな。そして、クリスタもな。まあ、その点についてはどうか諦めてもらいたい。どうせ逃れられないからな」
「どういう意味だよ、それ」
「だから、知りたいなら『シーカー』で視ればいい。俺の口からは未来のことについては喋らないぞ」
「なんだよ……」
「まあ、リーゼロッテのことは任せておけ。あいつを倒さないと本当の意味でダンジョンを攻略したことにはならない。今はただ魔物の氾濫を阻止しただけだ。おまえはしっかり休むといい。その暇が出来ればの話だが」
「意味深なことばっか言うなよ。どうせ肝心なことは喋らないくせに」
ヘクターは手をひらひらさせて私に背を向けた。話は以上だ、と言わんばかりの態度が癪に障った。だけど、実際これ以上話してもヘクターは私の望む答えを寄越さないだろう。そして、私がこれ以上追及しないこともヘクターは知ってる。
私はもやもやした気持ちのまま、ネーヴのところに戻ることにした。懸念があるとすれば、これから休む暇がない出来事が起きるということだ。




