94.泡沫の夢
『シーカー』のスキルには無限の情報収集能力がある。理屈で言えば、所有者が望めば世界の真理にすら辿り着くことができる。知識という誘惑は争いの火種になる。実際にゲラートは『シーカー』のために戦争を起こした。そして、最悪なことに私の大切な人の命を奪った。
それでも、万能というわけじゃない。使ってみてわかった。スキルを使った際の情報の波に自我が崩壊する恐れがあるのだ。私の頭がお世辞にも良いとは言えないこともある。だから、結局のところ『シーカー』で出来ることは限られている。
「オズ!どこにいくんだ!」
ダンジョンが崩壊し、ダンジョンの入り口に戻された後、私はすぐさま駆け出した。
魔物の氾濫を阻止しようと防衛線を張っていた冒険者たちも一緒の場所に召喚されたため、ダンジョンの入り口はごった返してた。その人込みを掻き分けて私は目的のために走った。
「ほっとけ。あんたが心配するようなことは起きない」
ネーヴを引き留めたのはヘクターだった。
つまり、ヘクターは私が気づくことを知っていたわけだ。どこまでも憎たらしいやつだ。そして、どこまでも腹の底が読めないやつだ。だけど、今はそれに構ってる暇はない。
私は『シーカー』を発動させた。
『シーカー』は要求する情報を収集するけど、その情報が抽象的であればあるほど、そして膨大であればあるほど、脳への負担が大きくなる。例えば、私がこの人込みの中からいるかどうかもわからない特定の誰かを探せと要求する。すると、私の脳ははち切れそうになるほどの頭痛を伴って答えを導き出す。その激しい頭痛はせっかく導き出した答えすらも消滅させるだろう。
だから、『シーカー』への要求は限定的かつスマートなものが望ましい。今回の要求はこうだ。
ダンジョンの入り口から離れていく人間を見つけろ。
「いた!」
見覚えのあるフードを被った人物が目に留まる。その体格も、身長も、全てが結びつく。この人物で間違いないと。私はダンジョン前に向かう人込みを掻き分けて、その人物の腕を掴んだ。
「リーゼロッテ!」
そして、私はその人物の名前を呼んだ。
そこには、生身の肉体のリーゼロッテがいた。自信満々に憎まれ口を叩くような面影はなく、不安を色濃く映したような翳りのある表情をしている。怯えていると表現しても遜色ないぐらいだった。
「……なんで分かった?」
「私と似てるって言ったのはそっちじゃん」
「そうだな。おまえが私の境遇でも私と同じことをしただろうな」
ダンジョンに肉体を縛られていたはずのリーゼロッテがそこにいる。ダンジョンが崩壊したにもかかわらず、彼女は間違いなく生きている。
思えば、『空間収納』のスキルがアイテムを複製できると教えてくれた時、複製できないものがあることをリーゼロッテは強調した。そして、実演してみてさえいた。そう、事実として魔力は複製できなかった。だから、私はあの時点だと極めればズルし放題のスキルではあるけど、色々と制限のあるスキルという認識だった。そういう風に仕向けられたんだ。
「自分の肉体だけを『空間収納』で複製したのか」
「そうだ。だが、魂や魔力までは複製できない。私以外の八騎士が同じことをやろうとしても出来ない裏技だ」
「『傀儡術』は空っぽの肉体に魂を移せるってことだよね?」
「一か八かやってみる価値はあった。ダンジョンの縛られてるのは魂か、肉体か……そして、私は賭けに勝った。なあ、オーステア。わかるだろ?見逃してほしい」
「なにを……」
私は言いよどんだ。
彼女の願いは最初から一貫していた。仲間に会いたい。その想いだけで彼女は抵抗するのをやめ、自分が倒されることを選んだんだ。その気持ちが痛いほど分かってしまう。
どうするつもりもなかった。ただもう一度リーゼロッテに会わなければという一心で彼女を探し、彼女の腕を掴んだ。ああ、そうだ。私は彼女に親近感を抱いてしまったんだ。
「ダンジョンの呪縛から本当に解き放たれたと思ってる?」
「さあな。もしかしたら、泡沫かもしれない。ほんの一瞬の希望でも、その時間で私は仲間に会いたい。お願いだ。仲間に会いたいだけなんだ」
彼女がここまで懇願する理由はおそらく、複製した肉体には魔力が一切残ってないからだ。今の彼女には戦う術がない。本調子ならきっと彼女は力ずくにでもこの状況を乗り切るに違いない。でも、ここで見逃せばきっとリーゼロッテは魔力を得て、手が付けられない力を取り戻す。
リーゼロッテが本当に敵じゃない、とは言い切れなかった。
だけど、私は彼女を殺せない。
掴んだ手を離した。解放されたリーゼロッテは少しだけ微笑んで言った。
「ありがとう」




