93.違和感
「なにか言ってくれないのか?」
「なにを言えって言うんだよ……」
「短い時間だったが、結構有意義な時間だった自負はあるんだよ?ちょっとは情が湧いてくれてもいいだろ」
「だったら、もっと感傷に浸らせるシチュ用意してよ。お別れだったらもっとそういう空気だせよ」
「そういうしみったれたのは嫌いだ」
「じゃあ、言うなよ!」
時間がないのに注文が多いやつだ。
それでも、もう少しだけでも話したいと思った。私もほんのちょっとだけリーゼロッテが私に似てると感じたのかもしれない。
「思ったより火の手が早いな。それじゃもうお別れだ。私も闘争には抗えない。このままちんたらしてたらせっかく綺麗に終われるのに後を濁してしまうからな」
「おい、リーゼロッテ。俺には何かないのか?」
「とりあえずその顔が治ったら、おまえはもう一回殴られ直すべきだな」
「ひでえな。俺はこんなに一途で真面目な男なのに」
「軽口をたたく暇があったらもっとマシな弁明を考えな」
「それはそう」
ヘクターはリーゼロッテの指摘を素直に受け止めた。そういうところも含めてふざけた男だと思う。
「じゃあ、その他大勢の諸君もさよならだ。拍子抜けだが、これが現実だ。もう会うこともないから自己紹介は省いておくよ。じゃあな」
リーゼロッテの人形は軽い感じで手を振るとそのまま崩れ落ちて動かなくなった。
本当に呆気ない結末にみんながみんな顔を合わせる。ヘクターだけが何だか複雑そうな顔をしてたけど、顔がパンパンに腫れてるせいで胸中を推し量ることはできなかった。
「ヘクター」
「話なら拠点で聞いてやる。一分もしないうちにこのダンジョンは崩壊する。余韻に浸る時間をくれ」
そう言ってヘクターはタバコを取り出した。匂いを吸わせないようにみんなから距離を取る。もはやその行為すら怪しく見えた。
ヘクターには『未来予知』のスキルがある。それがどこまで未来を見通せるものなのかまではわからない。だけど、この結末をヘクターは最初から知っていた。だからこそ、聞きたいことが山ほどある。
リーゼロッテが言ってたヘクターの計画とは。私のことについてどこまで知ってたのか。そして、あのリーゼロッテがヘクターに未来予知の力があるからといって、簡単に言うことを聞かせられる人物じゃないことは会話を重ねていくうちに伝わってきた。なぜなら、リーゼロッテはアストレア女王の望む形でしか行動しない。そう彼女は断言していた。このダンジョンで独りぼっちでいる間は、彼女に最善である選択はできないはずだ。リーゼロッテ自体はそのあたりを有耶無耶にしていたけど、どう考えてもおかしい。私がアストレア女王のスキル『シーカー』を所持してることを知っていたことも何か関係があるんだろうか。
だめだ。深く考えることに慣れてないせいだ。頭がこれ以上思考することを嫌がってる。でも、これはきっと大事なことだ。
もし、ヘクターが悪意をもって指揮していたなら私はただの愚か者で、わざわざ殺されにいった餌に過ぎない。ヘクターが私に敵意をもってないのは確実だ。このダンジョンで私はスキルの可能性について認識を改めた。そう、『空間収納』スキルには無限の可能性がある。それを叩き込んだのはリーゼロッテであり、そう仕組んだのはヘクターだ。そう考えると、これ以上考える必要なんてどこにもないように感じられる。
それでも、何か違和感を感じる。
私は他人なんてどうでもいいと思ってる。ネーヴさえ無事ならそれでいいと。大切な仲間だから。だから、他人のことはちっとも理解しようとしなかった。でも、リーゼロッテのことは少しだけ理解できた。彼女が私に似てると言ったのはあながち間違いじゃないかもしれない。リーゼロッテの行動には不可解な点がある。
「どうやら終わったようだ」
ヘクターのその言葉とともに、ダンジョンが崩れ出した。
私たちはダンジョンの入り口に戻され、これでルントとの合同攻略は終了となる。無事に世界の危機は過ぎ去り、私たちはヴォルフガングに帰国することになる。
歪み、崩壊するダンジョンの風景の中で、クリスタに目が留まった。クリスタはまた例の不機嫌そうな顔をしていた。釈然としていないような彼女らしくない表情。ヘクターと会話してからのクリスタは様子がおかしかった。
ああ、そうか。クリスタは知ってたんだ。ヘクターが『未来予知』のスキルを持ってることに。
腑に落ちた。そして、それがきっかけである一つの可能性が思い浮かんだ。荒唐無稽なことだ。でも、私の思考がそれに支配される。
リーゼロッテの思惑がそれだったら、このダンジョン攻略はまだ終わってない。




