92.ヘクターの隠し事
「そろそろ時間だ」
聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が思い浮かばない。なのに、リーゼロッテはこの時間に終わりを告げた。
リーゼロッテの人形は後ずさりして私との距離を取る。そして、充分な距離、おそらくリーゼロッテの間合いじゃなくなったあたりで停止する。
そこで遠くから声がした。知ってる声だ。
「ネーヴ!」
私は聞こえてきた方向に叫んだ。
そこには無事に最下層に辿り着いた全員の姿があった。ネーヴにクリスタ、スレイにモネスにビビアナ。ヘクターだけ顔面がボコボコに膨れ上がってる。誰に殴られたんだろうか。私も追加で殴りたい。腫れてる部分にそのままいっちゃっていいかな。私を突き落としたんだし当然の権利だ。
ネーヴは私を視認し、安堵の表情を浮かべたあとに厳しい目つきをリーゼロッテに向ける。
「よお、ヘクター!ずいぶんな顔だな。悪だくみばかりしてると良くない証拠だ。ザマァないね!」
「言ってろ。あんただって共犯だろ?」
「そうだな。だが、私の場合悪だくみの代償は前払い済みだ。ヘクター、分かってるよな?私の肉体はあの家の中だ」
「ああ、計画に変更はない」
リーゼロッテとヘクターのやり取りは傍から聞いたら何のことか理解できないものだった。
それでも、一軒だけぽつんと佇む家屋の中にダンジョンのボスがいる。ダンジョン攻略を目標にしている私たちにはその情報だけで充分だった。各々が武器を構える。望んだ形じゃないけど、リーゼロッテを倒せばルントとの合同攻略も終局を迎える。
「ヘクター、どうする?家の中に乗り込むのか?」
スレイがヘクターに指示をあおいだ。他のみんなもヘクターに注目する。
だけど、ヘクターはスレイに指示しなかった。代わりに、ヘクターは別の指示を出した。
「ビビアナ、あの家を焼き払え」
「は、はいぃ!」
たったそれだけ。それだけの簡潔な指示をビビアナは迅速に実行した。
まるで最初から拵えてあったかのように家の周りの木箱には可燃性の物質が入っていて、予め用意されていたかのように家には油が撒かれていた。そこにただ火の魔術を投げ入れるだけだった。瞬く間に燃え広がる。火の手はリーゼロッテがいるであろう家屋全体にあっけなく行き渡った。
「リーゼロッテ……?」
「おめでとう。あの家屋の中には私の本体が拘束された状態でいる。命が脅かされると自分の意思に反して拘束を解こうとするだろうが、私の計算でもそれまでに私は確実に窒息する。それとも、焼死が先かな?どちらにせよ、おまえたちの勝利は変わらない」
どうしてそこまでするの、という言葉を飲み込んだ。きっと彼女は不機嫌になる。それぐらい分かるぐらいには彼女との距離は縮まった気がする。本当は縮まりたくなかったけど。
リーゼロッテは私たちが勝てるように私に特訓を強いたけどそんなの関係なかった。本当にただ純粋に私に『空間収納』の可能性について伝授したんだ。それをするだけの価値が私にあるとは到底思えなかった。それがヘクターの計画の内だったとしても。
ああ、そうだ。これはヘクターの計画の一部なんだ。
彼が何を計画してるのか問い詰めないといけない。なんでリーゼロッテが『シーカー』のスキルを私が持ってることを知ってるのかもきっと絡んでる。だから、私はヘクターに『シーカー』のスキルを使用しないといけない。今度はちゃんと真実を引き当てられる情報を拾うために。
ヘクターと目が合った。やはり彼は分かってるんだ。
『シーカー』が抽出した情報は、ヘクターが『未来予知』のスキルを持ってることを指し示していた。
ルントの冒険者たちは全員、ヘクターがスキルを持ってないと言っていた。だからこそ、私はヘクターがスキルを持ってないと思い込んでいた。ちょっと考えれば分かることだった。クリスタの攻撃を全て受け切った立ち回りも、あの奇妙な言動や情報を小出しにする鬱陶しさも全て計算されたものだった。そして何より、それこそが皮肉屋なクリスタが一切口を出さなくなった理由なんだ。
『全員無事に生還させる』。大言壮語を吐けるわけだ。ヘクターはこの結末を予見していた。




