91.運命
時間にして数十分といったところか。体感だからもっと長いかもしれない。その間、リーゼロッテが狂わなかったから実際はもっと短い時間だったかもしれない。
ようやく私は『空間収納』の中で無から有を生み出すことに成功した。成功したといっても作り出されたものは粗雑な模造品でしかなく、本物とは程遠いクオリティのものでしかなかった。
「結構筋がいいな。正直、一日じゃ身につかないと思ってたよ」
「一日も一緒にいられる自信がない」
「そうか?私は結構おまえのこと慣れてきたよ」
「どういう意味だ!」
好きになってきたとか親しみを感じたとかじゃないんかい!
いや、わかってる。私は好かれるような類の性格じゃないし、私自身も人に好かれたいと思ってない。そういう態度が滲み出てるんだろうね。リーゼロッテはばっさり言ってくるタイプだから逆に居心地がよかった。むかつくこともたくさんあるけど。
まだ修行途中だっていうのに、リーゼロッテは私から手を離した。途端に『傀儡術』で拘束されてた私の肉体は解放されて自由に動かせるようになった。自分で自分の体がうごかせることがこんなに素晴らしいことだなんて私は知らなかった。この感動をあとでネーヴに伝えよう。いや、待てよ。『傀儡術』で操られたことを正直に明かしたら叱られそうな気がしてきた。それはそれでイヤだな。
「まあ、こんなもんだろ」
「は?こんなもんじゃリーゼロッテは殺せないと思うけど?」
「そりゃそうだろ。私が本気になったらどう足掻いても私の勝ちだ。だけど、将来的にはそれも覆る可能性がある。これはおまえへのプレゼントだ」
「ますます分からないんだけど……?」
「おまえ、ヘクターのこと嫌いだろ?」
「あれを好きになる人の気が知れない」
「そうだろうな。おまえと私は似てるからそう言うと思ってたよ。私もあいつがいけ好かない。だけど、うんざりするほどあいつの長い、とんでもなく長い計画に乗ってやってもいいって考えたんだ。気は乗らないがな」
「計画?なんの?」
ヘクターに計画があるって?そんな馬鹿な。他人を振り回すようなことしかしてないぞ。でも、確かになぜかルントの冒険者はヘクターに絶大な信頼を寄せていた。それほどの実績があるわけだ。その信頼がどこから湧き出てくるものなのか謎だった。
「おまえのことだ。『シーカー』のスキルをヘクターに使わなかったんだろ?使ったとしても見当はずれのことを調べた。そう顔に書いてある。あと質問ばかりしてないで自分で考えたらどうだ?」
「う……あー、うん」
先手を打たれた。だって、聞きたいことしかないんだもん。それぐらい許してほしい。
リーゼロッテの言葉を鵜呑みにするなら、ヘクターには計画がある。それが私を最下層に突き落としたこととなんの関係があるかはわからない。いや、きっと全部繋がってるんだ。ヘクターの大雑把に見えた指示もわざとやってたことになる。
そういえば、ヘクターは何度も繰り返していた言葉がある。『全員を生還させる』という言葉だ。ただの鼓舞に聞こえたけど、実はそうじゃないのかもしれない。ヘクターのあの自信に満ち溢れた表情と声はまさに確信していた、自分の言葉が真実であると。
「あれ?なんで……?」
なんでリーゼロッテが『シーカー』のスキルのことを知ってるんだ?
全身の毛が逆立つ。
あまりにも情報が乏しすぎた。こういう時、ネーヴならどうしてるだろう。そもそもネーヴならこういう状況に陥る前に些細なことも見逃さず観察してたに違いない。このダンジョンに入ってから、それどころか、それ以前からも。私は自分には関係ないと無関心を気取ってた。だから、今手元にある手札は一つもない。そこらじゅうにあったかもしれないのに、私はそのカードの一枚も拾わなかった。そして、奇跡的に拾っていてもきっと捨ててた。そうすることで、自分の首をしめてたことに気付かない愚か者だったんだ。
私は初めて全身を打たれたような衝撃を経験した。自分の至らなさから今まで何度もこういう経験をしてきたはずなのに、今になって私はようやく自分の愚かさに打ちひしがれた。
「もっとよく考えろ。分からなくても考えるんだ。おまえはそうしないといけない運命を持ってる。おまえ自身が望んでなくてもな」
リーゼロッテのその言葉の意味を私は理解できなかった。でも、それを聞き流せるほどの厚顔無恥ではなかった。いや、以前ならそうしてた。今の私には重くのしかかって、躱すことなどできなかった。




