90.特訓
この時代で実は初めて『傀儡術』で操られた冒険者かもしれない。聞いてるだけだと実に不名誉な称号である。実際あまり心地の良いモノじゃなかった。でも、身体的にも精神的にも苦痛はなかった。なんだか少し体が浮いてる感覚がある。勝手に動いてる自分の手足が不気味だったし、なかなかこれに慣れそうにはなかった。
「そういえば」
「あ?なんだ?」
「私の知り合いに、精神に干渉してその人物の人格を乗っ取ることができるやつがいるんだけどリーゼロッテもそういうことができるの?」
「私のはそんな下品なスキルじゃない」
言われてるぞ、ゲラート。
私からしたら似たようなものだけどどう違いがあるんだろうか。『傀儡術』ってスキル名だけあって、他人を屈服させることがアイデンティティなんじゃないのか。
もしそうだとしたら、私は現在非常に危ない橋を渡ってると言わざるを得ない。肉体の主導権を一時的にリーゼロッテに渡してるわけだ。クリスタあたりが聞くと卒倒しかねない暴挙だ。でも、申し訳ないけど抵抗したところで私がリーゼロッテに真っ向から戦って勝てる確証は無きに等しい。
「……暗殺者時代はそういうこともやらされた。人生の汚点だからあまり触れてくれるな」
「そうなんだ。あ、もしかして第三階層って……うげえ!」
リーゼロッテが!リーゼロッテが私の小指を私の手でへし折ろうとしてる!こいつやっぱり敵だ!どうしよう、身体がまったく動かない!
「私の過去を蒸し返そうとする輩には当然の罰だ。おまえにだって触れられたくない過去の一つや二つあるだろ」
「な、なかったら?」
「さっきも言ったが、私とおまえは似てるからな。絶対にあると確信してる」
「どんな根拠なんだ!」
合ってるけども!
寸でのところで私の小指は犠牲にならずに済んだ。もう余計なことは口にしないでおこう。何がリーゼロッテの逆鱗に触れるか分からない。
「私がおまえの肉体を使って『空間収納』スキルでコピーを作成する。その感覚を覚えろ。何度もやるつもりはないから一発でちゃんと覚えろ。絶対に集中しろ。いいか、わかったか?」
「何度も言わなくても分かってるよ」
「わかってないから釘をさしてる」
悔しいけどリーゼロッテの描く私の人物像はかなり解像度が高い。わからないことは手につかないのは当然じゃないか。どこをどうすればいいのか分からないんだからさ。分からないなりの姿勢っていうもんがあるみたいだけど私はいまいちピンとこなかった。でも、これがネーヴのためになるというなら私も頑張らないといけない。
覚悟を決めてるうちにリーゼロッテが私の肉体を操作しだした。
魔力が体内で循環するのが伝わってくる。自分がやってるわけじゃないのに、自分の体内で動き回る魔力がむずかゆい。というか、『空間収納』スキル単体じゃ魔力を使用しないのに魔力を使ってるということは、そもそも魔術の心得がないとこのスキルの成長した姿を拝めないということだ。どうしよう、私は一応魔術を使えはするけどクリスタやビビアナのように得意なわけじゃない。
だめだ。そういう風に他人とすぐに比較するところが本当によろしくない。自分の得意分野だったら意地になって対抗するのに、自分の興味の範囲外の話になるとあっさりと負けを認める。自分でも自覚してることだ。でも、癖になってしまってる。こういうところがリーゼロッテのいう戦いの認識に繋がるんだろうね。直していかないと彼女には今もこれからも勝つことはない。
「これ、どうなってんの?」
「どうなってるのか体で覚えるためにやってる。何度も言わせるな。集中しろ」
リーゼロッテはもうそれしか言わない。
集中しろ。集中しろ。集中しろ。言われなくてもわかってる。でも、わからない。
ちょっとずつ魔力の流れを追っていく。
そうこうしてると、目の前の地面に魔剣が突き刺さる。よくよく見てみるとそれは似て非なるものだった。つまり、複製されたものだ。私の『空間収納』の中からコピーされたものだ。
「やはり、魔力までは再現できなかったな」
「あの……いきなりコピーされたものが出てきてワケがわからないんだけど。途中まで手順通りに作ってた鍋のフタを開けたら、見たこともない食材がいっぱい入っててもはや別の料理みたいな、そんな感じなんだけど」
「おまえの魔力が尽きるのが先か、それとも私が暴走するのが先か。楽しみだな」
「笑えないよ!」
つまり、私が覚えるまでこの状況が続くということであり、しかも期限付きであるということだ。
早く私の体を返してほしい。物覚えの才能を誰かこの一瞬だけでもいいから私に譲ってはくれないだろうか。すぐに返すからさ。




