88.小さな世界の神様
「『空間収納』なんて名前がついてるけど、やってることは他のスキルとは次元が違う。収納した空間は自分だけのものだ。それはさながら小さな世界の神様にでもなった気分にならないか?」
「ならない」
リーゼロッテに反発するように即答する。
「ああ、頭が悪いからわからないよな」
「はあ?頭が悪いって言ったほうが頭が悪いんじゃないの?」
「私の頭の悪さはお墨付きだ。そんな私よりも頭が悪いんだから始末に負えない。もう少し無い知恵を絞ったほうがいいんじゃない?」
こ、こいつ自分が頭が悪いって肯定しやがった。どうしよう。そう返されるとは思ってなかった。こいつ戦いだけじゃなく口も強いぞ。
「そんなに頭悪いって言われたら傷つくんだけど?」
「あのさあ、その話する意味ある?ぶっちゃけ時間ないんだよ。ダンジョンの氾濫が今まさに起きてんの。第四階層まで外の世界に侵食したら私の正気は完全になくなるよ。推測とかじゃない。断定する。おまえそれでもこんな不毛なやりとりするつもりかよ」
シンプル悪口のあとに正論パンチをくらったせいで振り上げようとした拳が行き場を失ってしまった。それどころじゃない。世界がまた未曾有の危機に晒されつつある。それなのに、私は目の前のやつに歯が立たないときたもんだ。
「別におまえが私に勝てないとは言ってない。さっきも言ったよな。スペックには問題ない。足りないのは戦いへの執念だ。今のおまえはただの雑魚狩り専だ。有り余る体力でゴリ押ししてるだけだ。よくそんなんでレオに勝てたな?」
リーゼロッテの罵倒をどうにかするのは諦めよう。気持ちが落ち込んできた。なけなしのプライドが根こそぎ刈り取られる。救いようのないことにリーゼロッテの言ってることは紛れもない事実である。おっしゃるとおりである。
レオに勝てたのも四人と一匹がかりでぎりぎりだった。というか、エドとかいう吸血鬼がいなかったら勝てなかったまである。
「そりゃ本調子じゃなかったっぽいしね」
「そういえばそうだったな。まあ、話を戻そう。『空間収納』だ。こいつはおまえらが考えてるよりも遥かに利便性があるスキルでな。そもそも前提が間違ってる。おまえらはこのスキルをただ独立した空間にアイテムを収納するだけのスキルだと思い込んでる」
「……違うの?」
「全然違う。用途の一つでしかない。このスキルは極めたら進化する。その進化前ですら収納以外の機能が備わってるとしたら興味深くないか?」
「はぁ……」
間抜けな返事しかできない。『空間収納』は『空間収納』でしかない。確かに便利なスキルではある。空間に収納された魔剣は魔力を漏らさないから相手に気付かれない距離まで近づくことができるし、人によって差はあるけど食料やアイテムの劣化を抑えることができる。
リーゼロッテの言う通り、それだけ聞けばまるで時を操ってるかのようで『空間収納』の空間じゃ使用者はまるで神様のようだ。でも、それは物の捉え方の一つに過ぎない。
『空間収納』の中には命ある存在は入れられない。死んだら他の『空間収納』スキル保有者が空間を共有できてしまう。冒険者で『空間収納』スキル持ちが亡くなったら他の『空間収納』持ちに回収の依頼が出されることもある。小さな世界の神様は随分お粗末なものだ。飼いならす命もなく、いずれ他人に受け継がなければならない。
そこでふと気が付いた。私たちは『空間収納』スキルについてその程度の認識しかない。そして、そのことについて深く議論を重ねたこともない。ただの便利なスキルでしかなかった。
「おまえが弾いたナイフを見ろ。三本ともにある特徴がある」
言われるがままに私は地面に転がってるリーゼロッテのナイフに近づいた。気をつかってくれてるのか、リーゼロッテが少しだけ離れてくれた。また襲われたらたまったもんじゃないから非常に助かった。
まじまじと観察してみるけど、土がついて汚れてるし、使い古されてるし、何の特徴があるのかさっぱり分からなかった。でも、そんな答えじゃリーゼロッテは満足しない。だって、離れてるのにすごい圧迫感を感じる。さっさと見つけろとオーラが訴えかけてる。怖すぎる。何を見ろっていうんだよ。
「あ……」
そこでやっと気づいた。ナイフの刀身、それも根本の部分に若干のキズがあることに。一本だけじゃない。全部同じ箇所にキズがついてる。まるで意図的に同じにしたかのような一ミリもズレのないキズだ。そんなことする必要がないはずなのに。
だったら、答えは一つしかない。
「『空間収納』スキルはコピーを作ることができる?」
「おまえすごいな。さっきまでのどんくさいチビはどこにいった?」
「おまえもチビだろ!」
若干私より大きいけど誤差だ。こいつは一言私を貶さないと喋れないのか?
衝撃の事実よりもそっちに意識がいってしまって一瞬本筋から逸れてしまいそうだった。




