87.瞬間沸騰
私が冒険者になろうとしたきっかけは、ただじわじわと死に近づくだけだった命を救ってくれた人たちが冒険者だったからに過ぎない。それがきっと商人だったら商売の手伝いをしてただろうし、貴族だったら召使いとして下働きをしてた。あの牢獄の中よりもっと酷い目に遭ってた可能性だってある。
冒険者に救われた。そういう巡り合わせだった。その人たちに報いたいからどうすればいいか考えた。そのために強くなったし、冒険者のことを学んだ。でも、冒険が好きかと聞かれたら私はそれに答えることができない。
オズワルドが冒険を好きだと答えたから私も好きだ。アストリッドが知識を蓄えるのが好きだというから、私もアストリッドが気に入るような知識を探した。ネーヴがダンジョンをどうにかしたいと言ったから、私もどうにかしないとなと思った。私の意思は関係ない。関係なかった。だって、私は一緒にいられればそれでよかったから。
リーゼロッテはそれを見透かしている。
「……会って間もないのになんでそんなこと言えんの?的外れかもしれないのに」
「分かるよ。おまえは私に似てるからな。勘違いするなよ。おまえの気持ちはおまえだけのもんだ。仲間をどんだけ大事にしてるとか、死にたくなるようなつらい経験をしたとか、おまえの過去は私には想像もできない。分かるのは……おまえには大切な仲間がいて、そいつが死ぬぐらいなら自分が死んだほうがマシだと思ってることぐらいだ」
「リーゼロッテも私と同じだっていうの?死に損なった私と?みんな死んでしまったのに私だけのうのうと生き永らえてる。そんなやつと似てるって?」
「ああ、そうだ。私もアストレア様や他の八騎士が死ぬぐらいなら死ぬ物狂いでみんなを守る。レオだってその中の一人だ。あいつはバカでとろくて鈍いけど仲間想いの良い奴だった。まあ、そんなことを言ったら自分の命を大事にしろと怒られたよ」
昔を懐かしむように語り、乾いた笑い声を出す。
「なあ、オーステア。わかるだろ?寂しいんだ。思い出してからは特にな。一人でいることが怖くて怖くて仕方ない。みんなに会いたい。会って自分という存在を確かめたい。一人はイヤだ。とてつもなく寒いんだ。心に空洞が空いてる。こんなの耐えられない!」
まずい。リーゼロッテの感情が高ぶってる。これ以上は危険だ。彼女がダンジョンのボスであることを失念していた。それだけ私は彼女に感情を揺さぶられてた。リーゼロッテに同情してしまっていた。いや、今だって同情してる。
「リーゼロッテ、落ち着くんだ!一旦その話はやめよう。どこか座れるとこを探して深呼吸しよ?」
「気安く私の名前を呼ぶんじゃねえ!」
まじで理不尽だと思う。ひどいブーメランだ。お互い呼び捨てじゃん。それでちょっと前まで普通に話出来てたじゃん。急にキレんなよ。ていうか、先に呼び捨てしたのそっちじゃん。なんでだよ。いや……なんでだよ!
戦闘用じゃないと言ってた目の前の人形から毒付きナイフが飛び出してきた瞬間、私の理不尽ゲージがマックスに到達した。しかも、それが一本じゃなく三本飛んできたもんだから危うく罵声が出るところだった。『空間収納』スキルの中からいつでも魔剣を取り出せるように身構えてたのが功を奏した。三本のナイフは見事に二振りで打ち落とされる。
ほっとしたのも束の間、私の脇腹にリーゼロッテの靴の裏がめり込んだ。詰め寄られないように一定の距離を保ってたつもりだったのに無意味だったようだ。
間違いなくこの時点で私は敗北してた。でも、そうはならなかった。一瞬見えたリーゼロッテの靴の先から仕込みナイフが突き出していたけど、リーゼロッテは寸前のところで理性を取り戻したようだ。私にその仕込みナイフが刺さることはなかった。その代わり、私の肋骨が何本かお亡くなりになったわけだ。
「はっはー、『空間収納』か。やっぱりというかそりゃ持ってるよな。じゃないとお話にならないよな」
「いや、その前に情緒どうなってんの……」
瞬間沸騰すぎる。とにかく攻撃してくる様子はなさそうだった。今はむしろご機嫌なご様子だった。逆に私は痛いし、蹴り飛ばされて土まみれだし、最悪な気分だった。追撃がないことだけが唯一の救いだった。
「ごめんごめん。その代わり、いいことを教えてやるよ。どの道おまえはここで私より強くなるしかないんだ。聞いておいて損はないよ」
リーゼロッテは見てくれが仮面の人形であるにもかかわらず悪戯好きの子供のようなウキウキした声のせいで本体のにこやかな表情が浮かんできて若干腹が立った。




