85.『傀儡術』のリーゼロッテ
ヘクターのやつ後で散々文句言ってやるからな!
私は今の状況を大変不満に感じてた。なぜならネーヴと離れ離れになってしまったからだ。これは度し難いほど悪辣な所業である。これも全員生存させるためだというけど、私を一人にさせることに関して何か弁明はないんだろうか。
落とし穴は結構深かった。さすがに死んだかも、と思った。着地した先はぬかるんだ土の上で、不思議と落下したダメージはなかった。服が汚れることもなかった。起き上がって周りを見てみると、おんぼろの家屋が一軒ぽつんと佇んでいる。ぬかるんだ地面の正体は休耕期の畑のようだった。
いつもながら異様な光景だ。ダンジョンの奥のはずなのに偽物の空が広がっている。日差しの暑さも体感できる。第四階層が城の中だっただけに随分みすぼらしく見えた。周りは林に囲まれていて、どこが入り口か出口かわからない。
「まったく……ここでなにしろっていうの?」
ヘクターが何の理由もなしにここに私を落とすわけがない。あるとすれば、ここにリーゼロッテがいるということだ。だけど、今のところそれらしい様子はない。
「簡単なことだよ。私がここに寄越せとお願いしたんだ」
何の気配もなかったはずなのに、突然背後から声がした。
ぞわりとした。これでも集中していた。なのに背後を取られた。振り返ると、そこにやつはいた。第四階層でうんざりするほど目にした仮面の人形が。違う点は一つ。そいつが喋ってることだ。
「……リーゼロッテ?」
「ご名答だよ。私がリーゼロッテだ。とはいっても、本体じゃない。私が闘争に囚われた時、本体だとおまえを殺してしまうからな。こいつは戦闘用の人形じゃないから変な暗器が飛び出す心配もしなくていい。襲われたら壊せばいい。ただそれだけだ。なに、スペアなら吐いて捨てるほどある。遠慮なく壊すがいい」
怖いことを平然と言ってのける。それがリーゼロッテなりの配慮なんだ。そして、その言動から本当に私と話したいだけなのだと理解させられる。認めたくないことではあるけどね。
「私と話がしたいって聞いた」
「そうだ。話がしたい。その前に少しだけ昔話をさせてくれないか?」
そうリーゼロッテは言い、私の返答を聞く前に語りだした。
「私はこの家で生まれたんだ。貴族の落とし子としてね。母はいつかそいつが迎えにきてくれることをずっと信じてたよ。だから、私の名前もそいつから聞いた貴族らしい名前をつけたんだとさ。でも、そいつが迎えにきてくれることはついになかったよ。代わりにやってきたのは人攫いだ。幼い私はなすすべもなく、洗脳され、人を殺す道具として育てられたわけだ。失敗したら死ぬだけの道具だ。生きるために必死で人を殺した。このダンジョンを『傀儡術』で探索して分かったことがある。このダンジョンは私の人生そのものだ。どれもこれも記憶にある光景で反吐がでる。みじめで憐れな他人に消費されるだけの人生だ」
私たちはダンジョンがそのダンジョンのボスの記憶なんじゃないかと仮定していた。リーゼロッテの証言からそれが真実であることが証明された。重要な情報だった。
そして、もう一つ分かったことがある。リーゼロッテは明らかに以前に戦ったレオよりも自身の記憶を保有してる。リーゼロッテが特別なのか、それとも、八騎士が倒されれば倒されるほど他の八騎士の記憶が蘇るのか、検証の必要はある。一つ言えることがあるとすれば、リーゼロッテとの対話は私たちにとって非常に実りのあるものになるということだ。




