83.束の間の休息
ここにきて初めてビビアナの生き生きとした姿を見た。おどおどしてるイメージしかなかったため、そのてきぱきとした手つきになんというかギャップを感じて少しだけ心が和んだ。よっぽどビビアナは食事にこだわりを持ってるみたいだ。じゃなきゃこんなに準備がいいわけがない。
ちょうど沸き立つ頃に5分が経った。ビビアナは律儀にそこで火を消して、全員分の器に鍋の中身を分けていった。
煮足りないんじゃないかと傍から見たら思ったけど、実際食べてみると豆は仕込み済みで柔らかく、下味がついた肉といい感じに調和がとれていた。肉にも塩味が含まれてたため、最後に入れた塩だけでも充分に味を整わせていた。香辛料の味も気にならない。スパイシーさは少ししか感じられず、むしろまろやかで優しい口当たりだ。
なにがすごいっていつも作ってるであろう分量じゃないのに、これを味見なしでテンポよく人数分作ったってことだ。
匂いにつられて全員集まってくる。モネスも最初は寝っ転がってたけど、出来上がった瞬間ばっと立ち上がって一直線にこっちに向かってきた。
「あまりなじみのない味付けだけどすっごくうまいねこれ」
ネーヴが私と同じ感想を漏らす。
ルントじゃ伝統的な味付けなんだろうか。ヴォルフガングでは食べたことのない味だ。
「すごいでしょ!これビビアナ特製なんだ。他じゃ絶対食べらんないから大変だよ?これで何人の胃袋を掴んだか……」
「そ、それは言いすぎだよ……ただちょっと料理が好きなだけだし……」
なぜかモネスが自慢してきた。ビビアナは謙遜してるけど、彼女が考えたレシピなんなら確かに名残惜しむ人が出てきてもおかしくない。それぐらい癖になる味だ。でも、モネスには関係のない話だ。私はそこに強く異議を申し立てたい。
それはともかく、温かいものというのはそれだけで口に入れると心まで温まる。疲れが喉を通って口から吐息となって流れ出ていく。雰囲気も解れてお互いの距離も縮まった気分になる。
ビビアナ最高かよ。
「でも人数に合わせて味付けするのって意外と難しいよね。それだけ料理に向き合ってるってことじゃないかな。私も一回料理したことあるけどとんでもなく塩っ辛くなって人を殺しかけたもんだ」
「あー、あの時は殺されかけたな。てっきり毒を盛られたのかと思ったさ」
ネーヴの失敗談の被害者はクリスタである。私は料理をしているところを見ていたので手を付けずにクリスタが食べるのをじっと待ってたので事なきをえた。最初は塩っ辛いだけだったけど、その塩っ辛いのをどうにかしようとして色々なものを追加していって化け物みたいな味になってたらしい。
その日まではネーヴの作ったものならなんでも食べられる自信があったけど、ものの見事に粉砕されて私にあの料理を口に運ぶ勇気を出させてくれなかったんだ。ごめん。
「私なりに頑張ったんだぞ?」
「頑張っただけで許される世界なら大歓迎だよ。そうもいかないのが現実だ」
「それってどんな味だったんですか?」
そうビビアナが尋ねた。
「ここの第二階層の沼みたいな味だったよ」
「おい、さすがにそれは言いすぎだ!」
「色合いはもっと黒かった」
「それは事実だね!」
事実だった。ちなみに、匂いもきつかった。あれを口に入れたクリスタはまさしく勇者である。
「まったく……食事中にイヤなことを思い出させてくれるね」
「ごめんね。いつものクリスタらしくなかったから元気の出る話題がないか考えてみたんだ」
「はっ、それでこれかい?逆に食欲が減退したよ……まあ、心配かけてすまないね。ちょっと納得できないことがあってね。ずっと考え込んでた。あたしらしくなかったよ。せめてこのダンジョンを攻略するまでは頭の隅に置いとくことにする」
「そうだね。モネスがちょっかいかけてるのに空返事じゃ味気ないしね」
「ぶっ、そこで私にふるの!?」
突然名前が挙がったモネスがあやうく口から豆を吐き出しかけた。
何度かモネスがクリスタに突っかかる現場を見たけど、クリスタからしたら「なんだこいつ」としか感想がでてこないシチュエーションだったので明らかにモネスの空回りだった。それをネーヴも可哀想だと思ってたんだろう。でも、改めてそれをみんなの前で言うのは晒し上げって言うんだよ、ネーヴ。
食事を囲んで談笑してる中、ヘクターだけは食べながら何やら部屋のあちこちを探っているみたいだった。




