80.疲労
第三階層は最初こそもたついてはいたけど、あの人形の対策が取れるようになってからはとんとん拍子に攻略が進行した。奥に行くにつれて出現する魔物も多種多様なものとなって少しだけ手こずることはあっても攻略がとん挫するレベルじゃなかった。
確かに危険な個体もいたけど、基本的には人間の暗殺者の動きを真似てるだけで何度か戦っているうちにパターンを掴むことができた。慣れてきたころにヘクターから、「そうやって油断してると足元を掬われるぞ」と忠告があった。
最初は反抗心から聞き流そうとしたけど、すぐにその忠告が正しかったと知ることになる。
時々、魔物に紛れて襲ってくる人形の手口が段々と巧妙になってきたのである。注意してれば気が付く程度だった擬態が、土から這い出たり、オークの腹を掻っ捌いて中から出てきたり、と心臓に悪いものに変わっていった。
何度か毒によるダメージを受けてから改めてモネスのありがたみを知る。嘘偽りなく彼女はこのダンジョン攻略においてのキーパーソンだ。そして、少数精鋭で挑む理由も私の頭でちゃんと理解できた。人数が増えれば増えるほど支援職の負担が大きくなるし、モネスほど自衛が出来て魔力に余裕があるヒーラーは他にいない。
逆に、あれほどの活躍を見せたビビアナはすぐに魔力が枯渇して、今はヘクターに守られる位置で魔力の回復に努めてる。彼女もまた比類なき才能を持ってるけど、持久力の面においてはクリスタと同格だった。こんなことを言うとクリスタから絶対こてんぱんに言い返されるので心の中だけに留めておいた。
この前、うっかり口を滑らせヴォルフガングの冒険者ギルドで強面の男が号泣していたことについて率直な感想を述べた時、クリスタからは、「おまえはひどいやつだ」と言われ、ゲラートからは、「人間嫌いなのは知ってるけど自分の品位まで落とすなんてさすがだな」と明らかな皮肉を言われた。ネーヴですら「まあ、そういうこともあるよね」と言葉を濁した。
そういうことってどういうことだよ。
だから、私は迂闊なことを言わないようにしてるんだ。
「ありがとう。でも、これで勝ったと思わないでね!」
なんてセリフを吐き捨てたのはモネスだった。
第三階層に降りてからはスレイの代わりにクリスタがモネスのフォローをやってる。スレイが前に立たざるをえず、代わりに誰が守るという話になり、クリスタがその役目を買って出たんだ。私がやってもよかったけど、人を守るような立ち回りを生きてきて一度もやったことがないので正直不安だった。そもそもアテにされてなかった空気を感じ取った時は悲しかった。
「死神さんには戦闘力に期待してっからな。頼むよ」
慰めにもならない言葉をヘクターにかけられた。死神って言うな。私にとってそれは黒歴史だ。
ヘクターといえば、やはりこの男は態度もそうだけどどこか変だ。第三階層で散々奇襲を受けたにも関わらず傷一つ負ってないのはこの男だけだ。スキルを一つも持ってないはずなのに、異常に鋭い勘だけですべての攻撃を回避してる。そして、この男のせいでクリスタがずっと大人しい。クリスタが大人しいと私の調子が狂う。いや、クリスタに左右される調子ならずっと狂ってたほうがいい。
それでも、とにかくヘクターを信じてダンジョンを攻略していかなければならない状況がもどかしかった。
「もうじき第四階層だ。敵は減るだろうが、今まで以上に気を張れよ?罠の数が尋常じゃないうえにリーゼロッテの影響が第三階層より強く出る。ここまでは無理して進んできた。ここからはこの人形のご機嫌を窺いながら慎重に進む」
ヘクターは自分の手に握られたリーゼロッテ人形をくいっと少し上にあげた。その人形はヘクターが動かさなくても微かに自分で動いていた。
この人形が自力で動いているうちはリーゼロッテが正気でいるということらしい。実際、人形が動いている時は第三階層の魔物たちも息を潜めていた。ヘクターの言葉に嘘はない。ヘクター自身が怪しい人物であるということ以外は正常である。
そんなことを考えてると、ネーヴが隣に寄ってきて私の手を握ってきた。
「ちょっと栄養補給」
「なんのだよ!」
さすがネーヴ。クールでかっこよくて可愛い。そして、ブレない。私にとっても精神の潤滑剤だ。そんなネーヴでも表情には少しだけ疲労の色が浮かんでいた。このダンジョンを潜り始めてから、まだ二時間しか経ってないのに。
私はそのことをちょっと心配しながらもネーヴはこの状況で弱音を口にしないだろうと思い目をつぶることにした。




