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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
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8.魔術師に偽装しても脳筋は隠せないかも

 あんなに大好きだったのに、お母さんのように慕ってたのに、自分の気持ちを整理しきれないままアストリッドはこの世を去ってしまった。

 私とアストリッドは同じ人に恋をした。対抗心は少なからずあったけど、年端もいかない私は相手にもされてなかった。それでも、私の初恋だったんだ。簡単に諦められるはすがなかった。

 オズワルド。絶望と諦観に染まった私をあの汚穢に塗れた牢屋から連れ出してくれた。嫌な顔一つせず抱きかかえてくれた私の英雄。

 その血を受け継いだ赤ん坊を見た時、私はようやく現実を受け入れることに決めた。アストリッドと次に会う時、ちゃんと笑顔でいられるか不安だった。でも、そんな機会はこなかった。

 代わりに私が見たのは、心臓を剣で貫かれたアストリッドと締め殺された赤ん坊の姿だった。



 シュネーヴの心配そうな顔が何度か視界の隅に映る。

 私は今どんな顔をしてるだろうか。

 とうに過ぎ去ったと思った怒りが心の奥底で蠢いてる。なんで今更昔のことを掘り返すんだ。もう十年も前のことなのに。

 悲しみも湧き上がってくる。枯れるほどに泣いたはずなのにまだ泣くのかと自分自身に腹が立つ。

 もう感情がぐちゃぐちゃだ。


「一旦野宿でもいいよ。落ち着かないまま人が多いとこはきついでしょ」


 さすがシュネーヴ。気の回るドラゴンすぎる。野宿に慣れてる私からしたら宿に泊まるよりそっちのほうが気が休まる。でも、せっかくあの森とお別れしたんだし、ここで立ち止まるような真似をしたらきっと判断が鈍る。


「気を使わせてごめん。やるなら一気にやらないとね。明日に回して先延ばしにしてたら、ずっとやらないままになっちゃう」

「そんなことにならないよ。私がいるからね。いざとなったら抱えてでも連れてくから」


 なにこのドラゴン、イケメンすぎる。ってときめくな!私はちょろい女じゃないんだからな?一度も目を逸らさずにガン見しながら頼り甲斐のあるセリフはくから動揺しちゃったじゃない。


「とにかく私がステラだってバレないようにしないとね」

「なにか良いプランある?」

「髪は染めればいいけど、目はどうにもならないなあ」

「だったら魔術師の格好するのはどう?一応、魔術は使えるわけだし」

「魔術師?あのとんでもなく目深な帽子被った何考えてるかわからない不気味な連中のこと?」

「誤解があるなあ。まあ、そういう人もいるにはいるか。ステラは魔術も使えるから簡単に偽装できるよね?」


 中身はゴリゴリの武闘派だけど……確かにいいかもしれない。面倒な変装をしなくてもいいし、ファッションに気を使う必要もない。10年間ボロ切れに近い服しか着てこなかった私にはちょうどいい。


「じゃあ、そうしよっかな」

「安心して。コーディネートには自信があるから!」


 シュネーヴの張り切りように自分の考えの甘さを痛感する。俄然やる気な相方を悲しませるわけにはいかず、拒否する言葉を引っ込めた。

 着せ替え人形になる覚悟をしなければならない……。

 なんだか懐かしい気分になるけど、私にとって懐かしさは全て悲しみを伴うからちょっとだけ胸が苦しい。


「じゃあ、とりあえず帽子だけでもね」

「あ、持ってるんだ」


 冒険者の亡骸から拝借したものだ。雨避けになるかと思って空間収納スキルに仕舞っておいたけど、結局使わずにいたものにようやく出番が回ってきた。

 得意げにこのことを語ろうものなら、またシュネーヴが複雑な表情を浮かべるだろうから伏せておこう。


「……うん、より不審者になった」

「まあ、うん。そこはフォローしないんだ?」

「ごめん」


 いや、そこで切られると一番つらいんだけど?

 自覚はあるからいいんだけどさ。自覚はあるからね。そりゃ、10年間も人里から離れてたんだから、着るものだって野暮ったくなるよ。昔の私だったら……昔の私でもアストリッドに選んでもらってたわ。

 はあ、とにかく無頓着なとこを治していかないといけないわけだ。気が進まない。正直人にどう思われたってどうでもいい。でも、シュネーヴがそれで満足するならやぶさかでもない。


「素敵な女性に仕上げてくれるんでしょ?髪とか目とかは隠さないといけないけどね」

「もちろん!私に任せて!」


 はたしてドラゴンにファッションセンスはあるのだろうか。そう思うのは不躾か。そもそもシュネーヴの着ている服のほうが私よりも断然センスがいい。

 かわいいのにかっこいい。私に服の知識がないからどう表現したらいいかパッと思い浮かばないのがもどかしい。

 灰色の厚手の生地に青いラインが入ってて、金の刺繍が施されてる。刺繍のデザインはドラゴンをかたどってて、ちょっといかつい。そして、すらりとした足の形がくっきりわかるパンツを履いてる。冒険者の女性は職業柄スカートを履かない人が多いけど、ここまで挑戦的なパンツを履いてる人みたことない。


「勝てる気がしない……」

「なにか言った?」

「べつにー?」


 いまだに幼さが残る私の体型じゃ着こなせない。凄まじい敗北感だ。だってもう見るからに胸がすごい。胸がね、うん、すごいの。

 そんなやりとりをしてるうちに、畑や民家がちらほら見え出した。巡回する兵士たちも一度見かけた。城塞を囲むように田畑が並び、黄金色の麦が季節を感じさせた。


「そっか、もうこんな時期か」


 私の中では秋と冬とそれ以外しかない。木の葉が赤く色づいたら秋、枯れたら冬。葉が生えたらそれ以外だ。だから、収穫期とかそういう人間らしい感覚は久しぶりだ。

 オズワルドがどんちゃん騒ぎをしてよくアストリッドに呆れられてたのを思い出す。そうだ。そろそろ祭りの時期だ。まあ、人間たちは事あるごとに酒を呑む理由を見つけて祭りを開くのだけど。


「ところで、ステラ。言っときたいとこがある」

「え?なに」

「得意げに色々言ったけど、私ね、街に入ったことないんだ」

「は?」

「冒険者の登録もしてないから身分証もないね」

「ほう」

「どうしようか?」


 今更なに言ってんだこいつ。それじゃ街に入れないじゃんか。

 正確には入れないわけじゃない。怪しい人物じゃないか厳しい審査を受けることになるだけだ。だって、私たちは領民でもなければ、商人でもない。守衛と面識があるわけでもないんだ。

 冒険者の証があれば多少マシだったけど、持ってないなら確実に私がステラであることはバレる。相手が私の特徴を知ってればだけど。


「シュネーヴってもしかして行き当たりばったりな性格してない?」

「そうかもね」


 めっちゃ得意げな顔してる。いや、褒めてないし。


「怒っていい?」

「だめに決まってる」

「どの口が言うんだ!」


 前途多難だ。短い間にこうもトラブルが発生するとは。いや、ここにくるまで確認してなかった私も悪い。アホドラゴンのために一肌脱ぐしかないな。

 この旅が始まって何度目かのため息をついた。

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