76.リーゼロッテ人形
「俺はこれでもルントの冒険者代表だぜ?ヴィクトールともマブダチだ。ある日を境にあいつの顔色が若干よくなったのを俺は見逃さなかった。こりゃあ何かあるなと。あいつは口がかたいからな。いくら聞いてものらりくらりと躱されちまってな。癪だから暇してる冒険者に頼んでヴォルフガングで聞き込みをしてもらった。大した情報は得られなかったけど、あんたらの情報はばっちしゲットしてきたわけだ。あとは、俺の天才的頭脳で総合的判断を下した結果、英雄様に行きついたってわけよ」
「なんか色々端折られてて突っ込みどころしかないな」
「だが、ここはダンジョンの中だ。物的証拠なんざあるわけねえ。わかるだろ?」
ヘクターの態度はむかつくがそのとおりでもある。ヴィクトールのことを知ってるなら私の正体について調査してても不思議じゃない。そういうことにして妥協するしかないのか。ここでいくら揉めたところでこれ以上のことは聞き出せない。
安全を期して私が『シーカー』で見てもいい。だけど、ネーヴに一瞥を送ってたら首を横に振られた。
「敵意がないことだけはわかる。でも、意図が読めない」
「読まなくてもいいさ。どうせ大したことは考えちゃいねえ。ただ……俺はこのダンジョンを全員無事で攻略する。それだけは信じてくれ」
さっきまでのいい加減な態度じゃない。今の言葉を言うときだけはヘクターの目と声に熱がこもる。
「操られてないのだけは信じるよ。どの道、私たちはこのダンジョンを踏破しなきゃいけない。ここで諦めたらまた世界は滅亡の危機に晒される。目的は一致してるはずだ。だけど、もしオズに危害を加えるようなことがあったら私の武器はそっちに向けられるからな?」
「留意しよう」
ネーヴの警告にヘクターはお辞儀をして返す。
「クリスタ、何も言わなくてもいいのかな?」
「……あたしは大丈夫だよ」
ネーヴの投げかけに短く答えるクリスタ。
クリスタらしくない。こんな時真っ先に難癖をつけにいくのはクリスタの役目だった。毎回私が引くレベルで捲し立て、相手を追い込んでいく。そんな彼女がなんとしおらしい。
マジでイッテンノカ、マジでイッテンノカ。ほんとにキスしちゃう?ヘクターとクリスタが?いやいやそんなわけないよなあ。マジで冗談きついってば。早く昨日みたいな口喧嘩しろって。なんかすっごいクリスタが私のことガン見してるけど、あんたがガン見する相手は私じゃなくてヘクターだって。てか、なんで私のことガン見してんの?こわいんだけど。
なんて思ってたら深いため息をついてクリスタが別の方向に視線を移した。
溜息をつきたいのはこっちだよ。私何か悪いことしたかな。まだ何もしてないはずだよね。むしろヘクターの潔白を一部証明したんだから手柄すらある。
「おっと、そろそろおしゃべりはよしたほうがいいぜ。お目覚めの時間だ」
そう忠告するヘクターの手には小さな人形が握られていた。ヘクターの手に握られる前は胸の内ポケットに入ってた。可愛い少女の人形で、ヘクターの所持品だったらしたら気色悪い一品だ。でも、私はそれに見覚えがあった。
その反応を気取られまいと帽子を深く被り直した。
「なに、その人形……嫌なオーラが纏わりついてる……」
ビビアナが嫌悪感を隠さずに言った。
彼女には何かそういう気配を察知するスキルがあるのかもしれない。他のメンバーには見えないモノを彼女は感じ取ってる。
「リーゼロッテ人形だ。譲り受けたんだ」
まさに呪いの人形だ。彼女の外見の特徴と一致する見た目の人形がそこにあった。
「なんでそんな人形もってんのよ……」
「実はこいつは今回の攻略でそれなりに役立つ代物でな。リーゼロッテが正気を保ってる時限定で自動で動くことができるって寸法よ。ちなみに、おしゃべり機能はついてない」
誰もそんなこと聞いてない。そして、さらっと重要なことを口にしたぞ、この男。
「動いてないように見えるんだが?」
スレイの言葉どおり、その人形は微塵も動く様子がない。ヘクターが人形の両腕を上下にばたつかせてるのが鬱陶しい。でも、確かに人形自ら動くようなことはなかった。
「そう、つまりだ。ここはそろそろ安全地帯じゃなくなる」
この男、あとでぶん殴ってやろうか。
ヘクターが衝撃の事実を言い終えるか否かのタイミングで、遠くから魔物の雄たけびが聞こえた。一つだけじゃない。多種多様な魔物の声がする。確か第三階層の魔物は、暗殺者の風貌をした種族を問わない魔物たちだ。
魔物たちはリーゼロッテの『傀儡術』で今まで身動きを封じられていたんだ。彼女はヘクターに約束したとおり攻略に協力していたわけだ。
「そういうことは早く言え!」
スレイが苛立ちを募らせた声を上げてみんなの前に立つ。その横に棍棒を構えたネーヴが並んだ。
「いつもだったら物陰に隠れてたりするのに!しかも、なんか数多くない!?」
モネスの愚痴がかき消されるほどの音を立てて魔物たちが迫ってくる。まだ姿は見えない。だけど、ファーストコンタクトはもうじきだ。その場にいた全員が武器を取り、その瞬間を待ち構えた。




