73.リーゼロッテ
「俺たちここから引き返せんの?あれじゃ橋も使い物にならんでしょ」
「不安なら俺たちが攻略するまでここにいるといい。上のやつらも喜ぶんじゃねえか?」
「さすがに冗談がきついって」
ルントの冒険者たちはヘクターの適当な提案に抗議した。
以前は格好の稼ぎ場だった第三階層だけど、第二階層で死ぬ思いをしてからだと、ここに留まろうとするのは愚かな考えだ。いずれここは第四階層の魔物が押し寄せてくるはずだし、いくら上位の冒険者だからといって二組だけのパーティーでおさえることは不可能だ。
「とにかくありがとうな。ここからは俺たちだけで行く。帰りも気をつけろよ」
「本当に帰れるのかな……」
そうリーダーのミラはぼやいた。
「大丈夫だ。引き返すやつには寛大だ。それもまあ、時間の問題だがよ」
「それは良い情報だね」
ヘクターの言葉に訝しみながらもミラは引き返す準備に取り掛かった。
そして、ヘクターはこちらに向き直り、相変わらず何を考えてるか分からない顔で平然と私たちの横を通り過ぎた。
「いくぞ、ここからはさっきのような幸運はない」
「幸運?」
あまりの不自然さに私は声を出してしまった。もちろん、ヘクターの耳に届かぬはずがない。でも、ヘクターはこちらを一瞥するだけで特に何かを言うようなことはなかった。
いやいやいや、怪しすぎでしょ。
さすがに突っ込まないといけない。そんな私の両肩をネーヴが優しく両手で包んでくれた。それはとどのつまり、引き留められたということなんだけどね。
「オズ、せめてミラたちと離れてからその話はしよう。引き返す彼女らの不安を無駄に煽る必要はないからね」
「な、なるほど」
それはわかったけど、耳元で囁くとぞわぞわするからやめてほしい。
クリスタの沈黙も気になる。こういう時、クリスタなら真っ先に噛みついてたはずだ。なのに、動揺してるモネスたちよりも冷静沈着に腕を組んでいる。どうしたんだよ、おまえ。そんなのクリスタらしくないじゃん。もっと暴れろよ。頼むよ。
第三階層は洞窟だ。声は響くし、薄暗い。ダンジョン特有の光がなければ歩くこともままならないレベルだ。たいまつを置く壁掛けがあったり、ところどころに木箱があったりして、何者かが住んでる痕跡がある。もしこんなところに住んでる人間がいるとしたらそいつは裏家業の人間だ。あるいは、盗賊か。
「大丈夫?負傷してない?」
「ありがと、モネス。誰も負傷してないよ。それより、いいの?ヘクターのそばにいなくて」
「ダンジョンの中でそんなことしないよ!こう見えて節度はあるんだから!」
たしかに、ダンジョンの中でもべたべたしてたらそれはただのうざい女だ。服装はともかく、そういう認識は正常に働いてるのか。
どれだけ歩いただろう。実際はそんなに歩いてない気がするけど、妙な沈黙が時間を長く感じさせた。なんの警戒もなくずかずか歩くヘクターは本当に熟練の冒険者なのかと疑いたくなるほど隙だらけだった。
「まあ、おまえらの疑念はわかる。俺だってこんな男についていきたくないわな」
「わかってるならどういうつもりなのか説明してくれるのかな?」
「その前に一服していいか?」
突然話を切り出したヘクターに向かって息を付く間もなく問い詰めるネーヴ。でも、あくまでヘクターは余裕な態度を崩さない。ダンジョンの中でタバコを吸うやつもなかなかそういない。匂いで魔物がやってくることだってあるからだ。
「ダンジョンの外じゃ変な誤解を生んだかもしれないんでな。今改めて説明させてもらう。ぶっちゃけると、俺は絶望してた。第四階層でやつに出会ったことでな」
そう言いながらヘクターはタバコの煙を天井に向けて吐き出した。
「やつの名前は『リーゼロッテ』。このダンジョンのボスって自己紹介してくれた。耳を疑いたくなる話だろ?会話が出来るボスなんて前代未聞だぜ。しかも、まだそこはダンジョンの最奥じゃなかった。なのに、なんでやつがそこにいたと思う?」
ヘクターはネーヴに問いかけた。
やはりこのダンジョンの主はリーゼロッテだった。私たちの予想どおりだ。そして、予想外なこともあった。ヘクターがリーゼロッテとすでに接触していた。それは何より、リーゼロッテとは会話が成立する可能性があるということに他ならない。
「……もしやリーゼロッテのスキルに関係する?」
「ご明察だ。そして、その様子だとリーゼロッテのことを知ってたようだな」
ヘクターはタバコを咥えたまま拍手を送った。そして、鋭い指摘は私の警戒心を高めさせた。
「リーゼロッテのスキルは『傀儡術』だ。やつはこのダンジョンに生息している魔物全てを遠隔で操ることができる。第二階層での統率がとれた魔物の動きもリーゼロッテの仕組んだ罠だ」
「どういうことだ、ヘクター」
スレイが怒気をはらんだ声でヘクターに近づく。
怒って当然だ。その話が事実ならヘクターとリーゼロッテが何を話したのかが重要になってくる。ヘクターはわざと自分の話を聞かざるをえないように、あえてダンジョン攻略を開始し、引き返せなくなったタイミングで打ち明けたんだ。




