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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
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7.死んだ謎の男

 シュネーヴと対峙していた時よりも一層の緊張感を持って、男は私と視線を交差させる。

 ステラと呼ばれる白髪赤目の女ってだけでもうお腹いっぱいになるぐらいの情報過多だ。十年の歳月はどうやら風化してはくれなかったようだ。今後のことも考えて、偽名を考えないとな。あと、見た目も。


「俺はゲラートっていうんだ」

「別に……すぐ忘れるから」

「そうかい」


 ゲラートと名乗る男との間合いは徒歩にして約二十五歩。簡単に詰め寄れる距離じゃない、普通の人間なら。さすがというべきか、男は常識が通用しないことを弁えてる。

でも、関係ない。

 『空間収納』スキルから剣を抜き、そのまま薙ぐ。一連の動作は一瞬だった。攻撃の間際まで武器を目視できない。判断を鈍らせるのには効果的な手法だ。

 取り出した黒い剣は確かに男がいた空間を切り裂いた。


「もう一度言うぜ。俺ぁゲラートってんだ」

「……覚えてあげる。あんたが死ぬまではね」

「じゃあ、十年は覚えてもらえそうだな」

「おかしいな。今日中の予定だけど」


 私が二十五歩詰める間に男は五歩下がった。ただそれだけだ。でも、それが出来る人間はそうそういない。


「ところで、それ魔剣か。そんな純度の高いもん初めて見た。さすがあの一族の末裔だけあるねえ」

「いい加減その口閉じてくんない?不快すぎて吐きそう」

「こんなにリスペクトしてんのにか」


 心外だといわんばかりに両手を広げる。


「私の血筋に関して触れていいのは親しい間柄になった人だけだ。汚物が喋るな。臭いのが移る」

「これでも二十代だぞ。さすがに傷つく」


 絶対そんなに繊細じゃないだろ、こいつ。もう言葉を交わさないほうがいいな。

 このままだとペースを握られてしまう。一度だけ息をしっかり吸って吐く。もう耳を貸さない。


「ちょっと待て!俺がなんでこいつらと行動してたとか知りたくない?知りたいよね?」

「興味ない」

「さすがに今の攻撃また来たらきついんだが!?」


 今の攻撃がまた来ると思ってることがすでにお門違いだ。私はシュネーヴと冒険ができればそれでいいし、さっきのは全力で踏み込んだわけじゃない。


「……は?」


 男が回避できる要素は皆無だった。

 袈裟に斬られた切り口から血が噴き出る。とんでもない量だ。これはもう助からない。早く死ね。


「見えないどころか、斬られた認識すら出来ねえってまじか……これでも自信あったんだけどなあ。人間の反応速度じゃ追い切れないレベルか」

「死に際ですらよく喋る」


 少なくとも片方の肺は斬られてるのによく息継ぎできるものだ。不快な音を消すために男の喉を剣で貫いた。

 空気が漏れる音がしたあと絶命する。


「いやあ……想像してたよりも強いね」

「今更すぎない?」

「もうちょっと肩並べられると思ってた」

「……まあ、本来の肉体じゃないからね。あっちの姿だったらこのぐらい余裕でしょ?」

「うーん……ステラには今の私を見てほしいかな」

「どういう意味?」

「ドラゴンとしての私じゃなく、人間としての私と接してほしい」

「……意味わかんない」


 シュネーヴはシュネーヴだ。どんな姿であっても変わらない。でも、彼女にはこだわりがある。そこだけは私と相入れない。

 むすっとしてる私の頭を優しく撫でてくれた。でも、小っ恥ずかしくて払いのけた。


「時間はいっぱいあるからこれから分かってくれると嬉しいな」

「……一生わからないかも。だって、人間のこと好きになれないし」


 苦そうに笑うシュネーヴは武器を仕舞って、男の死体を漁り始めた。

 ゲラートは人間にしては強かった。そして、異様でもあった。言葉と行動が微妙に一致してない感覚が拭えなかった。でも、私には関係のないことだし、それ以上気に留めることもしたくなかった。


「なに探してるの?」

「彼の目的だよ。兵士のほうは大体想像つくけど、こいつは別の理由で動いてた。同じ理由はありえないし、口にしてたように強いやつと戦いたいだけなら違和感がある」


 私はその違和感をそのへんに捨ててしまったけど、シュネーヴにとってはそういうわけにはいかなかったわけだ。

 深くため息をつく。

 退屈だけど付き合うしかない。他にすることもないし、仲間の気がおさまるなら最善を尽くしてやるべきだ。

 私が歩み寄り、隣で同じように屈むと嬉しそうに笑みを浮かべる。


「手伝ってくれるの?」

「別に……そのほうが早いから」

「ありがと」


 目を合わせられない。だって、シュネーヴの満面の笑みが眩しすぎるから。


「なにか分かった?」


 私も一応ズボンのポケットを漁ってはみたけど、特に目ぼしいものはなかった。そのへんに転がってる武器に関しても特に感想がない。

 逆にシュネーヴの手には封書やらアクセサリーやら、それらしいものが握られている。


「今、頭の中整理中かな」

「そう」


 結局何も役に立てなさそうなのでしゃがんだままシュネーヴの顔を覗き込む。端正な顔つきだ。ずっと見てても飽きないかも。

 でも、元々はドラゴンの姿だったわけだし、シュネーヴの『竜体化』は自分の望むドラゴンの姿に変化するスキルだ。それでわざわざ人の姿になってるんだから、モデルとなった人がいるかもしれない。

 過去はなるべく触れないようにしてたけど気になり出したらずっと頭の中をぐるぐるし出した。自分のことながら鬱陶しいことこの上ないな。


「ゲラートという男は」


 不意に現実に戻された。


「殺されるために動いていた」

「……どういうこと?」

「そうとしか考えられない。自分でも不思議なことを言ってるのはわかってるけどね」


 シュネーヴはそう言って、手にした紙に目を落とす。私もつられて覗き込んだ。

 乱雑なメモ書きだ。興味は惹かれなかったけど、一つだけ無視できない名前が記されていた。


「この人物の痕跡を探してるような記述があるけど、ローニア側にも死亡してることは伝わってるはずだし、そもそも……」

「いいよ、大丈夫。今更悲しんだりしないから」


 ほんとはうそだ。

 今も胸が締め付けられそうになる。目頭が熱くなって大声をあげたくなる衝動に駆られる。

 なぜ、十年以上経ってるのに彼女のことを調べるのか。無関心だった私が重い腰をあげるには充分な理由だった。


「そもそもこの人物はローニア側の人間に殺された。何を探してるかまでは書いてない。でも、手がかりは掴めてないみたいね。だから、ゲラートの背後にいるやつは揺さぶりをかける必要があった」

「こんな辺鄙なところで死んで何になるの?」

「こいつがどこで死んだかはもう伝わってるよ。かすかな魔術の痕跡がある。ここからすぐに離れるべきね」


 言われて気づく。意識しないと見落とすほど微かな魔力の気配に。


「これを仕掛けたやつは賭けたのよ。この手練れを殺せる人物がいて、そいつが手がかりを持っていること、あるいは目的そのものであること」


 目的……それが私である可能だってある。失踪した私を炙り出すためにあんなことをした。その可能性も確かに捨て置けない。だって、紙に書かれた人物は……私の育ての母で唯一無二の親友で、そして、私が昔所属していたパーティーのメンバーだから。


「アストリッド。この名前をここで見ることになるとは思わなかった」

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