69.ヘクターへの信頼
ヘクターが集めた人材は確かに一人一人が最前線で戦える優秀な人間たちのようだ。だとしたら、びくびくしてるだけのビビアナも何かしらの特異技能を持ってるに違いない。
この中で、自分のスキルを打ち明けていないのは私とビビアナだけになった。
「大変だ!魔物がダンジョンから流れてきたぞ!」
外からの大声に全員が反応する。真っ先にテントの外に出たのはカタリナだ。彼女は明日からこの拠点を守る役目を任されてる。責任感の強さが行動を早くさせたんだろう。
それに続くように私たちも現場に向かった。
魔物がダンジョンから出たということは目指すところは当然、ダンジョンの入り口だ。先陣を切るカタリナの足にも迷いはない。だけど、違和感があった。行きかう人がまるですでに鎮火したような、騒がしくはあるけど危険を感じてない様子だった。
現場に辿り着いて答えは明らかになる。
そこにいたのは、ヘクターとクリスタだ。十数匹ぐらいの魔物が地面に横たわっている。説明されたとおりだと、全て第一階層の犬の魔物だ。魔物がダンジョンから出てきたこと自体問題だけど、魔物の種類自体はまだ初期の段階だ。ここから徐々に奥の階層の魔物が流出してくることになる。
「なんだ、あんたらもきたのか」
ヘクターは特に焦った様子もなく、さっき会った時と同じ調子で喋った。刻一刻とタイムリミットが迫ってきていると宣告されたようなものなのに、この余裕は一体どこから出てくるのか。周りの冒険者は安堵と不安の両方を表情に出してる。
「なんだとはなんだ。魔物の襲撃があったなら駆けつけるのは当然だ」
「そりゃそうだ。だが、明日はもっと忙しくなる。休めるうちに休んどけ。ん?おめえらが一緒にいるってことは明日のことで何か相談してたのか?」
ヘクターはスレイとビビアナ、モネスに向かって言った。
「そうだ。俺たちはあまりにお互いのことを知らなすぎる」
スレイが答えると、ヘクターは眉毛を高く上げて変顔をした。
「別に構わないが、俺の指示には従ってくれよ。誰一人死なせないと約束する。大船に乗ったつもりでいてくれ。分かったか?分かったならさっさと寝ろ。ダンジョン内じゃ休むことは出来ても寝るなんてことは絶対に出来ないからな」
「……わかった」
納得いってなさそうな表情をしながらもスレイは大人しく引き下がった。
「待てよ、ヘクター。あたしの経験則から言えばこのダンジョンには複数の入り口があるはずだ。他の入り口から魔物が外に出ている可能性がある。発見できてないなら今すぐ対処すべきだ」
剣を収めてテントに戻ろうとするヘクターをクリスタが引き留める。
そうだ。私たちが想定しているとおり、ここが八騎士の一人であるリーゼロッテのダンジョンなら入り口が複数ある可能性が充分にある。むしろ、確実にあると見ていい。この入り口を死守したところで他の入り口から魔物が流れ出たら大惨事になる。
だが、ヘクターの答えは意外なものだった。
「すでに見つけてある。あちらの入り口はルントの軍隊が守護してる。代わりにこちらは俺に丸投げさ。損な役割だぜ」
「な……その話は初耳だぞ!情報は正確に共有してくれないか?なにかあってからでは遅い」
カタリナが苦言を呈する。ちなみに、損な役割と言ってるけどその損な役割をカタリナに丸投げして自らダンジョンの最下層を目指そうとしてるのはヘクター自身である。そして、ヘクターは自分の主張を曲げるつもりはないらしい。
「悪いな。だが、問題ない。あんたはこの拠点を守ることだけに専念してくれ」
それだけ言い残して、ヘクターは来た道を引き返していった。
「いつもあんな感じなのか?」
「大体はね。でも、結果は残してるの。ヘクターに命を救われた冒険者は数知れず。この拠点にいるルントの冒険者は誰も彼に逆らわないよ」
モネスが気まずそうに答える。だけど、その言葉にはヘクターへの信頼が垣間見えた。他のルントの冒険者たちもそうだ。思うところがあっても誰もそれを口には出さない。部外者から見たら妄信に見えた。あいつならなんとかしてくれる、そんな曖昧で根拠にもならない理屈で命を預ける身にもなってほしい。
「クリスタはどう思った?」
ネーヴは難しい顔をしてるクリスタに尋ねた。
「無責任なやつじゃないよ。あいつはあたしたちとは違う世界を見てる。それがなんなのかは分かんないけどさ。なにか絶対的な自信を持ってる感じがする。もう少し話してみる価値はありそうだ」
そう言ってクリスタはヘクターのあとを追うように歩き出した。
私の『シーカー』のスキルでヘクターの本当の根拠を覗き見てもいい。でも、まあクリスタが聞き出せるならそれに越したことはない。他人の秘密を無遠慮に暴くのは無粋だしね。オズワルドもよくアストリッドに叱られてたし。




