66.スレイとビビアナ
「少しいいか?」
初めて聞く声の男が私たちを訪ねてきた。顔を見るとすぐに誰だか分かった。一言も喋らなかった男、スレイの声だった。傍らにはビビアナの姿もある。モネスは一緒じゃないみたいだ。
ネーヴがテントの中に入るように促すと二人は一礼してテントに入った来た。
「君たちも温かい飲み物はいるかな?」
「ぜひいただけると助かる。俺は結構だが、ビビアナにはお願いしたい」
その言葉を受け取ると、ネーヴは私を一瞥した。
はいはい、私に淹れてほしいってことね。
さっきまであった薬草茶はカタリナの分でなくなっていたみたいだ。私の魔術は戦闘向きじゃないけど、そこそこ魔力は保有してるし、木を伐採できるぐらいの威力で放出することもできる。ただクリスタがやるように早く行使することはできないし、剣を振ってたほうが早いってだけだ。だから、生活面だと結構活用してる。今のように火を起こす時とかね。
「ありがと、オズ」
「どういたしまして」
スレイはクリスタが座っていた椅子にビビアナを座らせ、自分は立ったままで私たちに向き直った。さすがにそれは看過できないとネーヴが奥から椅子を運んできた。さっきこのテントに案内されたばっかりなのにすでにどこに何が置いてあるのか把握してるのがすごい。ていうか、スレイが立ったままであることに関して何の感想も抱かなかったことが根本的に不味いんだろうな。
「クリスタ殿は?」
「入れ違いで出てったよ。ヘクターのところに行った」
「なんと……喧嘩にならなければいいんだが……」
「どどど、どうしよう……」
ビビアナが小動物のように震えてる。ていうか、震えてない時を見つけるほうが難しいかも。
「それよりも、何かご用があってこちらにいらしたのでは?」
カタリナの問いかけにスレイは居住まいを正した。どこか教養のある所作だからスレイも貴族の出身なのかもしれない。でも、あの場でルント側の一番身分の高い人物はヘクターだったから……まあ、よくわからんね。
「この度はお騒がせして申し訳なかった。元々軽口が絶えないやつではあるのだが、あそこまで食ってかかるのは珍しくて俺たちも驚いてる。俺はそんなに口が達者ではないと自覚がある。下手に口を出してこじれさせるわけにはいかないと考え、モネスに頼ってしまった節がある。せっかく救援にきていただけたのに不快な思いをさせて、重ねてお詫び申し上げる次第だ」
「なるほど、スレイはヘクターの代わりにお詫びにきたんだね。それで、ヘクターは悪いやつじゃないと。それで納得できると思う?本人からの謝罪じゃないと受け入れられないよね?」
スレイの長ったらしい口上を簡潔にまとめたうえでばっさり切り捨てるネーヴ。あれほど面白がってたのに情け容赦がない。私はむしろネーヴがヘクターに対して好印象を受けてるとばかり思ってたよ。
「それはもうまさにそのとおりなんだが……」
ネーヴの豹変具合にたじろぐスレイに共感すら覚える。ビビアナはさっと血の気が引いてる。顔が青くなるってこんな感じなんだ、って妙なところで感心してしまう。
私この状況でビビアナにお茶ださないといけないんだけど?
「じゃあ、ヘクターがなんであんな態度とったのか説明できる?」
「いや、俺の口からはなんとも……直接本人に聞いたほうがよろしいかと……」
「はあ?じゃあ、なにしに君たちここに来たのさ?まさか茶だけ飲んで帰るつもりじゃないよね?」
え、まじ?この空気感でお茶出せって?怖すぎるんですけど。いやもう、でも煮立っちゃったし。出すしかないよね。
私はティーポットにお湯を入れていつもの調子で薬草茶を作るとカップに注いでビビアナの前にスッと差し出した。当然のごとくビビアナは一礼だけして手をつけなかった。一礼だけでも出来たのがすごい。
「……ヘクターはあの有名な大厄災で両親を亡くした孤児でな。ダンジョンに対しての執着が人より強い面がある。だが、最初のあいつは何の取り柄もないしがない冒険者だった。魔力はないし、特別なスキルを持ってるわけでもない。そんなあいつにも昔は苦楽をともにするパーティーメンバーがいた。一度だけではなく何度かな。みんな死んでしまった。俺はその頃からの付き合いだが、ひどい荒れ方をしてた。不憫だったな。いつしかヘクターは誰ともパーティーを組まなくなった」
スレイは続けた。
「完全にヘクターの独りよがりだ。クリスタ殿に当たり散らしたのはな。あいつは許せなかったんだ。自分より才能があるやつが好き勝手に冒険者をやってるのがな」
「だったら話が早いね」
スレイの話を聞き終えたネーヴからは射殺すような視線がなくなり、普段のスマイルフェイスが戻っていた。逆にそれが怖いという意見があるのも私は認める。
まさか謝罪にきたのに、ヘクターの個人情報を聞き出すために威嚇されるとは、スレイも想定してなかっただろうな。




