63.ダンジョンの概要
「ご、ごめんねー。この人見かけによらず情緒不安定なんだー」
「見た目からして情緒不安定だよ」
モネスのフォローも虚しく、クリスタがばっさり切り捨てた。いや、そもそもフォローと言えるのだろうか。
ヘクターはイケメンだけど、どこか陰のある感じのイケメンだ。言動もあいまって独特の雰囲気を醸し出してる。病んでると言われても納得してしまう。だが、本人はいたって真面目だ。感謝はすれど謝罪する気は一切ない堂々とした面構えだ。
ネーヴはそれに対してにまにまと顔を隠すように笑ってる。たまにこういう時がある。事態を率先して解決に導こうとする頼り甲斐のあるネーヴと事態が混沌とする様を愉快そうに眺めるネーヴ。たぶんネーヴは人間のこういうところも好きなんだろうな。彼女にはさぞ微笑ましく映ってるんだろう。私には全然わからないことだ。喧嘩するなら外でしてくれとさえ思う。
「あたしのことでとやかく言われる謂れはないはずだが?ギルドには別の形で貢献してる。確かにあたしの匙加減次第じゃあるが、ギルドにもそれなりのリターンがあってのことだ。外野が口出しすることじゃねえよな?」
「そこが全部気に食わねえ。それで後継が育つのか?上級冒険者ってのは腕が立つだけのもんじゃねえだろ。下の者の模範となるべき存在だ。それをやりたくねえ、権利だけ寄越せってのは虫がよすぎる話だ」
「どうやらあんたとはもう一回やり合わなきゃいけないみたいだね」
「はっ、そうやってすぐに暴力に走る。図星だったから言い返せねえのか?戦い方の割りに気が短いんだな」
「ちょ、ちょっとストーップ!ストップだよ!」
クリスタとヘクターの言い争いの仲裁に入ったのはモネスだった。
ビビアナは震える肩をさらにがたがたと震わせてるだけだし、スレイは石のごとく動かなかった。ネーヴはこんな感じだし、カタリナはずっと唖然としてる。私も場を収拾させるつもりが甚だなかったからモネスはきっと良い人だ。彼女がいなかったらこのテントは血に染まっていたところだ。
「今はダンジョン攻略が優先!殺し合いは攻略した後でやって!」
訂正しよう。血に染まる時期が変わっただけだった。モネスも根っからの冒険者だった。
「……異論なし」
ヘクターを睨みつけながらクリスタは言う。
「ヘクターはこれ以上煽らないで」
口を開きかけたヘクターよりも先回りしてモネスが制する。釈然としないまでも空気を読んだヘクターは地図に視線を落とした。
「このダンジョン最大の敵は毒だ。階層が進めば進むほど毒に侵されるリスクが高まる」
「なるほど、だから解毒魔法が使えるモネスがパーティーの中心というわけだね。人数もモネスがケアできる最小の人数ということか」
「シュネーヴ、理解が早くて助かるよ。前回の攻略でもそれなりのヒーラーを引き連れてはいった。劣悪な環境に耐えられずに一人ずつ脱落していったよ。第二階層は毒の湿地帯だ。魔物も毒をもつ魔物しかいない。元々、常に毒に汚染された沼を歩かないといけない精神的負担で挫折する者が多いエリアだった。擬態して騙し討ちをする奴もいる。今じゃ第三層までの足場が作られて難易度は劇的に下がった」
ヘクターは続けた。
「問題は第三階層だ。ここはこのダンジョンの稼ぎ場になってる。だが、それは手前に限った話だ。奥に行けば行くほど危険度は増す。第三階層は洞窟だ。洞窟といっても自然のものじゃない。明らかに掘削された跡がある人工的なものだ。当然薄暗いながらも灯はある。ここに拠点を構える人間がいたとしたら、よっぽど後ろ暗い連中だろうよ。色んな薬や毒が手に入る。それ以外にも……暗器も、だ」
「まるで暗殺組織の根城だね。まさに『暗殺者のダンジョン』だ」
第二階層と第三階層の地図はそれほど緻密には描かれてない。見渡す限り毒の沼が広がってるエリアと冒険者のほとんどが行き詰ってるエリアじゃ無理もない。それでも、第三階層の地図は第四階層に至るまでの進路がちゃんと記されていた。実力さえあればここで立ち往生するようなことはない。
「それで……敵は?」
クリスタがいつになく低い声で尋ねた。ほんとは会話もしたくないだろうに感情を押し殺して自分の仕事を完遂させようと我慢してる。こういうところはまじで見習わないといけないかもしれない。
ヘクターは口を開けたままクリスタを凝視し、モネスにケツを叩かれて正気に戻ってた。
「二足歩行の魔物だ。ゴブリンに、グール、他にも角の生えた人型の魔物もいる。特筆すべき点は……毒を塗った武器をそいつら全員使ってくることだな。そして、何よりマントを羽織ってフードを被ってるせいで一見すると敵かどうか見分けがつきにくい」
「かなり厄介だね。構造的に入り組んでる。曲がり角での奇襲もありえる」
そうネーヴは言った。
「お察しのとおりだ。奥に行けば行くほど警戒しなきゃならない。しかも、第四階層付近にもなると、かなりの精鋭になる。まあ、あんたらのお手並み拝見ってとこだな。ここでてこずるようなら俺たちはもうおしまいだ。他国に救援要請を出して、魔物が流出しないようにここで踏みとどまるしかなくなる」
「ああそうかい、いいから第四階層の話をしてくれ。頭がカチ割られる前にな」
定期的に怒りの波が来てるのかクリスタの発言が不穏すぎる。テーブルの向こう側にいるビビアナが泡吹いてぶっ倒れそうなほどビビり散らかしてるし、モネスも二人の間に一生懸命に割って入りながらもその表情は青ざめてた。
「なんか冒険者の会議って楽しいね」
そう思ってるのはネーヴだけだと思うよ。私に囁いたその一言がカタリナにも聞こえたようで信じられないものを見る目つきでこちらを見ていた。




