60.作戦本部へ
「そこまでだ!おまえら何をやってる!」
これからだという白熱の展開に水を差したのはカタリナだった。
彼女の立場はヴォルフガングとルントを繋ぐ架け橋の役だ。止めるのも当然だ。最初から制止しなかったのは冒険者たちのボルテージを下げるためだろう。決闘の申し出があって何もしないじゃ、きっと冒険者からの批難が殺到してた。
それでも、冒険者たちの暴言が飛び交った。いつの間にか集まってたヴォルフガングの冒険者たちも便乗してるからカエルの大合唱なみに騒がしい。
その中を顔色一つ変えずに中心人物二人に近づいていくカタリナはまさに鋼鉄の女性だ。
「クリスタ、私はネーヴとオーステアを迎えにいくと言ったはずだ。全員集合するまでなぜ待てなかった?隊列の先頭に立つのは許したが、ルントの冒険者といざこざを起こすのを許した覚えはないぞ」
「乗ったあたしの責任でもあるが、最初に絡んできたのはあちらさんだ。スカした顔したAランク様がね」
「中級冒険者が代表だなんて冗談を吹かしたそっちが悪い。舐められたもんだぜ」
中断した戦いがそのまま再開しそうな剣呑さにまた熱気が立ち込める。
そして、揉めた原因が案の定そこだった。ヴォルフガング側はクリスタの実力を知ってても、ルントからしたらCランクないしBランクの冒険者がしゃしゃり出てきたようなものだ。
そのへんの説明も踏まえてカタリナは一緒に顔出しするつもりだったんだろうけど、ネーヴと私が別行動だったがゆえに悲劇が生まれてしまった。なにやら作為的なものを感じるけど気のせいだ。クリスタのことだから突っかかれることを期待してたに違いないけど気のせいだ。
「それで、実力は証明されたか?」
「やけに寛容な騎士様だな。もっと頭がかたいもんだとばかり思ってた。冒険者のことをよく分かってる」
「私もここ数か月、冒険者というものをイヤというほど堪能したつもりでいた。無鉄砲で後先を考えないところを特にな。おまえたちが反省している以上に私は深く反省しているよ。考えが甘かったと。なあ、ヘクター?」
ヘクターは冷ややかなカタリナの視線に沈黙で答えた。そして、満面の笑みを浮かべて右腕を上げた。
「おまえら、ここでお開きだ!ほらほら、さっさと散れ!ここからは大人の話だ。ガキはおしめを代えて寝とけ」
「誰がガキだ、オラァ!」
「てめえの顔面に塗りたくってやろうかこの野郎!」
「きれいなねえちゃんたちとよろしくやるつもりなんだろ!?」
「おまえのかーちゃんでーべーそ!」
再びヘクターに冒険者仲間たちからの野次が飛ぶ。それら一切をヘクターは無視した。
「こっちだ。作戦本部に案内する」
そのあとヘクターはクリスタにもカタリナにも目を合わせずにずんずんと作戦本部とやらに足を進めた。ついてくる前提で動いてる。クリスタはカタリナと目を合わせたあとにネーヴと私のほうに目を向けて手を振った。
他人のフリをしようと思ったのにこれじゃできないじゃないか。
「いこうか、オズ」
そう言って、ネーヴは私と手を繋いだ。
いよいよ逃げられなくなってしまった。あいつが案内するってことは話し合いの場にあいつがいるってことでしょ。吸血鬼のエドも相当癖のある性格をしてたけど、ヘクターは別の意味で性格に難がある感じがする。そんなことを口にしたら絶対クリスタに人のこと言えないだろって突っ込まれるから言わないけどね。私のどこが悪いのかわからない。ただ必要以上に人間と慣れあうつもりがないだけだ。
この前そのことをそれとなくネーヴに話したら苦笑いされた。
周囲の冒険者たちはそれぞれぐちぐち言いながら不完全燃焼ながらも各々の作業に戻っていった。ヴォルフガングの冒険者も然りだ。何人か見た覚えのある冒険者もいた。結構有名どころだった気がする。国ぐるみのダンジョン攻略だから当然といえば当然だ。力の入れようが違う。そう考えると、カタリナの苦悩は計り知れない。信頼してた相手が好き勝手やってくれちゃってるんだから。
作戦本部はそんなに離れたところにはなかった。なんなら決闘した場所から目と鼻の先だった。
テントの入り口をくぐると大きなテーブルを中心に何人かの人が立っていた。テーブルには地図が置かれていて、ぱっと見ただけでそれがダンジョン内部の地図だということが分かる。
「こいつらは俺のパーティーメンバーだ。そして、俺はルントの最高責任者ヘクターだ」
「……どういうことだ?」
ルントもカタリナのように然るべき身分の人間を現場に置くものだと思ってた。ヘクターが最高責任者ということは、つまりヘクター以上の身分に人間がいないということだ。
「中級冒険者を馬鹿にした割には随分お粗末な管理体制だね。あんたが最高責任者だってんなら」
「これでも爵位を賜ってる。平民でもルントの冒険者には夢があるんだぜ?」
クリスタの皮肉に対して皮肉で返すヘクター。波乱の予感しかしない作戦会議の始まりだった。