6.そっこーで身バレした
森の中に入る。森といっても私が暮らしてた魔境とは違い、小鳥がさえずってる穏やかな森だ。大型の魔物に薙ぎ倒された木もないし、踏み潰された魔物の死骸もない。ついでに冒険者の死体もない。
それでも、街道を通らずにこの森を抜けようとするのは、よほどやましい理由がある。まあ、町の人間を皆殺しにして食料を奪ってるわけだけどね。
「なんか段々……」
そもそも精鋭部隊か強襲部隊か知らないけど、戦況に左右されない町を襲って何がしたいんだ。彼らの本陣はもはや風前の灯火だという。さっさと諦めればいい。
彼らが足掻けば足掻くほど周りの迷惑になる。ささやかな幸福が無残に摘まれていく。
「イライラしてきた……!」
そのタイミングでシュネーヴを捕捉する。
すでに戦闘に入っていた。扱う武器はどこから取り出したのか巨大な棍棒だ。
おそらく、いや、確実に『竜体化』のスキルによるものだ。シュネーヴのユニークスキルはその名前から単純に想像する能力よりも多様性に富んでいる。
まず元々竜なのに『竜体化』なのがおかしい。魂と肉体を分離できるとこもおかしい。そのうえ、魂だけの状態で物質と接触できるのがおかしい。しかも、その魂も自分が望んだ姿になるのがやばい。
なんか自分の語彙力の無さに悲しくなってきた。
まあ、要するにシュネーヴが最終的に望んだ姿が人間の姿だったとしても、彼女が竜だと言い切ればそれが竜の姿になる。イカサマのようなスキルだ。
そんな危険なスキルをべらべらとほぼ初対面の私に打ち明けるシュネーヴの無防備さときたら守ってあげたくなるレベルだった。
「なんか……助けいらないかも?」
シュネーヴの無双が繰り広げられていた。一振りで3人を吹き飛ばす膂力。すこし離れた敵に瞬きの間に詰める脚力。身のこなしだけが荒削りだけど、それを補ってあまりあるポテンシャルだ。
敵兵の鎧のおかけで視覚的に緩和されてるけど、鎧の隙間から吹き出す血潮が凄惨さを物語ってる。
「おいおい、こりゃ……たまげたなあ……ほんとにあんた人間か?」
誰もが怯えて足を震わせてるシュネーヴの快進撃を、その男だけは愉快にただ鑑賞していた。
瞬時に理解した。
この男は強い。冒険者時代でもこれほど腕の立つ人間はそうそういなかった、上辺だけなら。不気味だった。立ち振る舞いは冒険者や兵士のものじゃない。
よくよく考えたらこいつだけ鎧着てないし。
「仲間がやられてるのに随分な態度じゃない?」
「おう、そうそれだ。なにしてくれてんだ。あー、まあ、元より死ぬ覚悟だったんだ、そいつらはな。だが、俺は違う。おもしれーもんが見られるかもしんねえからついてきた。んで、今遭遇した」
「他人事みたいに言うのね」
「言っただろ?ついてきたんだ。おたく名前は?」
「シュネーヴ」
名乗るんかーい!
私のツッコミが届くことはなかった。なぜって?知らないおっさんがいるのにそんなノリ出せるわけないじゃん。
「こいつらの死の行進に便乗した甲斐があって嬉しく思ってるよ。シュネーヴ、おまえに会えたからな」
男の得物はロングソードと短剣だ。珍しい選び方だった。普通は短剣じゃなく盾を持つ。それか、剣一本だ。
シュネーヴの剛腕を前にあの短剣がどう活用できるか甚だ疑問である。いや、それなら盾も同じことか。だったら、あの短剣には魔術的要素が含まれている可能性が非常に高い。迂闊に接近はできない。
それはシュネーヴもわかってるはずだ。
「それで?死ぬ準備はできた?」
「とっくに出来てるさ」
あらんかぎりの力でシュネーヴが大地を蹴った。
あまりにも無策な突撃に度肝を抜かされる。あんなに露骨に何かある短剣を前にわざわざ間合いの中に入る馬鹿がどこにいる。
いたわ、私の仲間だ。
「威勢がいいね!」
やつの射程に入った途端、シュネーヴの肩から血が流れた。私も目視できなかった斬撃に傷つけられた。
でも、そんなことお構いなしにシュネーヴは棍棒を叩きつけた。
「どあー!」
素っ頓狂な声をあげながら身をよじって回避した。
斬撃を避けようともせず肩の付け根を斬られたのに、そのまま必殺の一撃を叩き込もうとしてくるのは味方ながら若干の恐怖を覚える。
でも、男はその大袈裟な挙動とは裏腹に、しっかりとシュネーヴの両手首を傷つけていた。
だめだ。勝ち目がない。
「なんだか……ちぐはぐだな。その細腕一振りで兜越しの頭蓋骨を叩き割る膂力があって、鍛え上げられた兵士より強いのに身のこなしが素人同然だ。フィジカルに頼ってきたにしてはお粗末なレベルだ。対人慣れしてない冒険者連中でももっとマシな動きをする」
間抜けだと見せかけてるだけだ。この男は間違いなく強い。対人経験のない力任せの相手ならシュネーヴが負けることはない。
でも、こいつは真逆だ。戦い慣れてるし、自分が負けてる部分で勝負をしない。だから、勝てない。人間の姿になったばかりのシュネーヴは、人間の戦い方がなってないのだ。ドラゴンの姿ならいざ知らず。
「あー、そっか」
シュネーヴも理解しているようで妙に納得したような表情を私に向けた。
「ごめん、ステラ。私ここで死ぬっぽい」
「はあ?」
あっけらかんとそんなことを言うから、私の苛立ちはピークに達した。このドラゴンはいけしゃあしゃあと私の住処に押し入っておいて、あっさりと別れの言葉を吐き出す。
ふざけんな!
「いつ死んでいいって言った?許可した覚えないが?」
「えっ、だって勝てなくない?」
「軽すぎる!色々軽すぎる!バカなの!?私たちの冒険まだ始まってないよ!?」
「それは確かに残念だね。ステラのことももっとよく知りたかったなー」
「だーかーらー!なんで過去形なのよ……」
まだ一夜も共にしてない仲だけど、一緒に旅をすると決めた時点で私のかけがえのない仲間だ。死ぬなんて簡単に言わないで。
「私が誰だか知ってるでしょ?」
「戦ってくれるの?私の身勝手な判断なのに」
「当然でしょ!仲間なんだから。なんで意外そうにしてるの?」
ほんとにイライラする。
なんでも勝手に一人で決めて相談もしない。
「あなたが決めたことは私が決めたことでもあるの。議論の余地はあるけど、一度行動に移したらあとはもう一連托生よ。だから、さっさとその独りよがりな発想は捨ててほしい」
「……いいの?」
「何度も言わせるな」
この話は終わりとばかりに敵に向き直る。おっさんは難しい顔を浮かべてる。私を見ながら、だ。
「まさか『死神』とこんなとこで対峙することになるなんてな」
うん、まあ、こんだけ情報が出てたら結びつくよね。でも、十年前の黒歴史に勝手にあだ名つけるなんてキモすぎない?しつこすぎ。