43.吸血鬼エド
次の階層への建物の中身は前の階層のものと同一だった。中央の穴を囲むようにして大勢の人が休息をとっている。明らかに怯えている。でも、外にいた吸血鬼が来ていた服を羽織ってる。薄暗くて最初は分からなかったけど、よく見るとその人は女性だった。
この場を仕切ってる連中はすぐにわかった。疲労困憊な人らに比べて彼らを守るような形で警戒にあたってる3人がいる。扉を開けた一人は私たちが屋内に入るとすぐに扉を閉めにかかった。そして、奥にいた一人がこちらに歩いてくる。残りの一人は休んでいる人たちと対面するように腰を下ろしてる。
「初めまして、麗しきレディたちよ。手の甲に口づけしてもよろしいかな?」
「きもいからやめて」
自分でもびっくりするぐらい低い声で嫌悪を示した。
「おや、残念。名誉はお預けか。だが、この窮地に現れた天使であることは変わりない。ああ、なんて神々しい!口づけは諦める代わりに存分に祈らせていただこう!」
なんか重苦しい空気が流れるかと身構えてたのに出てきたのは軽薄そうな男だった。整った顔つきはさぞ女性に好まれることだろう。でも、血の気がひいた肌の色は彼が吸血鬼であることを示唆している。フードからちらりと見える髪色も白い。
「なんかキザなやつが出てきたけど殺していい?」
「ダメでしょ」
クリスタが珍しく私よりも我慢できそうにないほどコメカミを痙攣させてる。こんな時でも冷静なネーヴはさすがだ。表情筋は死んでるけど。辛うじて笑顔を貼りつかせてる。
「あーと、それで」
「俺はエドと申します、女神様」
ずいっとネーヴに近づいてきたので思わず魔剣を抜きかけた。でも、フードを外して律儀にエドはネーヴに触れず、こちらの反応が返ってくるのを待った。
「私はシュネーヴ。他の方も紹介してくれる?あと、私は貴族でも天使でも女神でもないから口づけしなくていいし、祈らなくてもいい」
「それは残念だ。俺がどれほど救われたか一冊の本にまとめたいぐらいだというのに!それでは紹介させていただく。扉を今閉めてるのがトニー。あっちで座ってるのがルーカスだ。そして、俺がエド!」
「あー、うん、知ってる」
自己主張激しいな、こいつ。
エドだけがこのテンションで他の二人はこっちのことを警戒して睨んでる。不快な視線なのにそっちのほうが正しいのでむしろ安堵さえ覚える。
「それで……エドたちはここで何を?というか、単刀直入に聞くが人間の敵か?それとも味方?」
クリスタの問いにエドは難しそうな顔をする。私たち4人に緊張が走る。特にゲラートは分かりやすく耳をピンと立てている。
「そうだな、この際言っておくよ。俺はこの世の全ての女性の味方だ!特に君たちのような素敵な女性のね!」
「オーケー、わかった。こいつ殺すわ」
「いやいや、待って待って。ダメだから、ダメだからね?」
ネーヴがクリスタをなだめてる図なんてかつてあっただろうか。いや、ないな。私に至ってはエドと会話をすることを放棄してる。エドのツレの二人も目を閉じて遠くを見る仕草をしてるからこれが通常運行なのかもしれない。
「吸血鬼も一枚岩ではないということだ。このダンジョンを利用して悪だくみを企ててた一派は俺たちが殺した。無駄に数を増やして自分らの派閥の勢力を拡大しようなんざ放っておけるわけがないからね。その様子じゃ上の階層にあった死体を見たんだろう?あいつらの死体さ。誘拐された人たちをあそこから救出していざ脱出だ、と建物から出たはいいが、空に赤色の月が現れてゾンビたちが湧きだした。彼らを庇いながらじゃダンジョンの出口までは到底行くことができない。油断したよ。まさか扉を壊すほどの大群が押し寄せてくるなんてね。あのゾンビたちはこの階層まで俺たちのことを追ってきた。ここまで逃げるしかなかったんだ。滑稽なことにゾンビたちはこの階層の魔物たちに一掃されてたがね。それからというもの、俺たちはここで立ち往生してるってわけさ」
急にまともに話し出した。
私たちはクリスタが建物の入り口を氷で塞いだからあれ以上やってこなかった。扉ぐらいじゃあの数をどうにかできなかったようだ。気にくわないけどクリスタの判断は正しかったと認められてしまった。
というか、聞いてる限りだと何らかの条件であの町は自動的に修復されるみたいだ。私たちが逃げ込んだ時、扉は壊されてなかった。おそらく赤い月が沈み、太陽が昇ることが引き金なんだろうけど、それを検証することはないままダンジョンをクリアすることになるだろう。
「エド、君の口ぶりから察するに、この下が最下層ということでいいかな?」
ネーヴは尋ねた。
「ご明察だ。俺らは6人で挑んだが結果は見てのとおり、惨敗だ。3人はもう戻ってこない」
エドは飄々とした様子で言ったけど、どう考えても詰んでる。彼らは死を待つだけだったんだ。それなら、扉をすぐに開けた理由も理解できる。藁をもすがる思いだったからだ。




