40.遁走
ゾンビは見た目とは裏腹に一度走り出せば機敏な動きを見せた。明らかに不衛生な爪と歯で攻撃を仕掛けようとしてくる。気持ち悪すぎて顔をしかめるけどそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
想像よりも速かろうが関係ない。そんなのはネーヴやクリスタの動きに比べたら止まってみえた。瞬く間に5体のゾンビを仕留める。でも、そこで安堵してはいけない。状況は悪化の一途をたどってる。
まるで忽然と人がいなくなったような生活感ある町並みが一変する。赤く染まった町がみるみるうちに荒廃していく。ある住居は劣化に耐えられず崩壊し、崩壊を免れた建物も外壁がところどころボロボロに砕け大小様々な穴が空いていた。
「これがこの町の本当の姿ってわけか!」
クリスタがキレたように叫ぶ。
ありとあらゆる場所からゾンビが土を掘り返して現れる。まさに針の筵だ。飛んで火にいる夏の虫だ。いや、墓穴を掘る、か?そんなことはどうでもいいけど、そんなことが頭をよぎるぐらい仰天してる。
「『シーカー』で分からなかったのかよこれ!」
ゲラートが珍しく私を批難した。普段なら言い返してるところだけどこれは私の練度不足によるものだ。私の『シーカー』に対する認識の浅さがこの事態を招いた。見渡す限り視界はゾンビの姿で埋め尽くされてる。
ああ、これはやばいかも。
私は大丈夫だ。体力に自信があるし、この程度なら切り抜けられる。でも、ネーヴもクリスタもそうじゃない。いずれ限界がやってくる。ついでに、ゲラートも。3人をカバーしてこのダンジョンから脱出するには私たちは奥に来すぎた。丘の上にある出口が遠くに見えるけど、その道のりは途方もないものだ。
襲ってくるゾンビを切り捨てる。何度も、何度もそれを繰り返す。
まだ余裕はある。余裕はあるけどどうすればいいかわからない。焦りだけがこみ上げてきて手を震わせる。
「オズ、吸血鬼はまだ追える?」
「追えるけどこんな時にどうして?」
ネーヴの質問に質問で返す。
「おそらく彼らはあの拠点を放棄して間もない。まだこのダンジョンに留まってるはずだ。彼らはこのダンジョンの次の階層への入り口を知ってるかもしれない。つまり、この状況を回避できる場所を確保できてる可能性があるってことだ。そうじゃないにしても、拠点を放棄して打開策を講じてる可能性はゼロじゃない。こうしてただ二の足を踏んでるよりも、そこに賭けたほうがいい」
「あたしもそれに乗ったよ!憶測しか語ってないが、ここでちんたらしてるよりかは幾分マシだ!」
確かにその通りかもしれない。吸血鬼の痕跡を辿る。一か八かそれに賭けてみよう。吸血鬼たちがここから退避してどこに行ったのか。限られた選択肢の中で糸口を掴むために私たちはそれを選択した。
『シーカー』のスキルを発動させ、匂いの追跡を開始する。
「一気に行くよ!」
目的地は分かった。このダンジョンで二番目に大きな建物だ。そんなに離れてない。これならゾンビの物量に押される前に辿り着ける。
上半身と下半身がお別れしたゾンビでさえ二つ別々でこちらに向かってくる。首をはねただけのゾンビなら首を繋ぎ直して再びやってくる。精神的な負荷が尋常じゃない。半端な攻撃は足止めにもならないから一つ一つを必殺の一撃にしなきゃいけない。この状況が一番不利に働くのはおそらくクリスタだ。
「やばすぎんだろ!まじでしんどいぞ!」
それを理解しているせいかクリスタは終始ぶちぎれてた。
クリスタは魔術的素養は私たちの中で抜きんでて一番だ。でも、ネーヴのような怪力もないし、私のような無尽蔵の体力ももってない。得物は細身の剣だし、リソースが限られてる。
「クリスタ、体力を温存しろ!私を盾にしていい!」
「といってもこの数に囲まれちゃーねえ!」
「とりあえずしゃがめ!」
ネーヴの言葉に従って私とクリスタがしゃがむと、ネーヴの棍棒がグンと伸び周囲一帯のゾンビを薙ぎ払った。あの棍棒もネーヴの体の一部だから自在に長さを調整できるのは知ってたけど、まさかそんなに伸びるとは思ってなかったのでちょっとだけ声がでてしまった。
「ふう、これで一息つける」
「ほんとに一呼吸じゃん!」
一瞬だけ安全地帯が生まれたけど、次々やってくるゾンビの群れは留まることなく押し寄せてくる。
「だあああ!もう全力疾走だ!」
目的の建物を指さすとクリスタはがむしゃらに走り出した。こんなに余裕のないクリスタは初めてである。
赤い月の影響でくたびれてはいるけど他の建物よりも外装が立派だ。だとすると、この建物はやんごとなき人の住まいなんじゃないか。ということは、この町の領主の家か。
その領主の家の扉をクリスタは蹴り飛ばし破壊した。
「おまえ!どうやってふさぐんだよ!」
「中に入るのが優先だ!」
クリスタはネーヴと私とゲラートが屋敷の中に入ったのを見計らって、破壊した扉の代わりに氷の壁を作り出した。衝突するゾンビの群れに氷がひび割れる。そのたびにクリスタは氷を増強させた。最終的に氷の壁は厚さ3メートルほどに及び、クリスタの魔力は枯渇寸前に陥った。
でも、まあ、一難は去ったわけだ。




