39.ダンジョンの本性
「匂いはこの先に続いてるよ」
吸血鬼の匂いは複数感じられた。でも、数までは分からない。神殿の中は薄暗く、わずかにある窓も塞がれていた。奴らの縄張りであることは間違いなさそうだ。まさかダンジョンの中に根城を築くなんて人間サイドからしたら予想外もいいところだ。
「ところで、仮に吸血鬼になってたとして元に戻す方法はあるのかい?」
「試したこともねえな。肉体的に変質してるから無理なんじゃないか?」
「あんたら魔族ときたら今はまだ変わった見た目の異邦人扱いされてるが、そんなんじゃいずれ迫害の対象になるよ」
クリスタが呆れたように言う。
「実際、差別を受けてる国もあるらしいね。残念ながら今回の件は魔族との関係に影響を及ぼすよ。証拠がでてるし、ローニアで裏工作をしてたのとは訳が違う。たとえゲラートが不本意なことでもね」
ローニアを影で操ってたのも充分な悪事だと思うんだけど、そのあたりはクリスタもネーヴも気にかけてないようだった。
クリスタに至ってはローニアの元公爵令嬢でおそらく没落の原因になったといっても過言じゃないのにどういう情緒で会話してるんだろ。貴族をやってるより冒険者のほうが性に合ってるとは言ってたけど、どこまで信じていいのか私にはわかりかねた。
ゲラートは居づらそうに顔面を前足で触ってる。
「そこだ」
私が指さす方向を全員が注視する。
「私が知ってる神殿と全然違うけどこの先なんの部屋だと思う?」
「さあ?あたしたちが神殿って思い込んでるだけで全く違う建物だってこともある」
礼拝堂らしき空間からドア一枚を挟んだ向こう側はどうやら小部屋のようだ。中は家具も調度品も一つもない空間で、数人の男女が地面に横たわっていた。
緊張が走る。
「どっちだ?」
とクリスタは言った。
「ゲラート、わかる?」
「暗くてよくわからん。顔も隠れてる」
「伏兵はいない。近づいても問題ないよ。でも、そいつらから吸血鬼の匂いがするっていうなら覚悟はしといたほうがよさそうね」
ネーヴは『竜体化』のスキルで自分の小さな分体を飛ばして情報を集められる。だから、誰かが潜伏していようがすぐに察知することができる。後は倒れ伏してる彼らが何者かを探るだけだ。
そこで私の出番である。『シーカー』のスキルであれば彼らがどんな状態であるか判別することができる。そのためにはあと少しだけ近づかなきゃいけない。
そうして、一歩前に出た瞬間だった。
「待て。様子がおかしい」
クリスタが制止する。
私は眉根を寄せた。特に何か異変があるようには私の視点からは見えなかった。ネーヴもそうだ。私と顔を見合わせる。でも、クリスタの直感は頼りになる。それは魔力由来のものだ。吸血鬼の結界に対しては効力を発揮しなかったようだけど、普段ならもっとも魔術に長けたクリスタが魔力に関する仕掛けにもっとも敏感だ。
「クリスタ、何があった?いや……これは、外か!」
ネーヴの言葉を皮切りに私たち3人と一匹は即座に出口を目指し、そして異変の正体を知った。
太陽が急速に沈み、月が浮かび上がる。ただの月じゃない。不吉な赤い月だ。まるで血塗られたかのように赤い。それがさっきまで太陽があった位置にぴたりと静止する。月明りが町を赤く染めた。それと同時に、至る所から私でも分かるほどの魔力の波が発生する。ダンジョンの様相が一変した。
これが……これこそがこのダンジョンの本性なんだ。
「ゲラート、カタリナはダンジョンに入ってるかい?」
「いや、まだ入り口だ」
「なら、待機だ。誘拐された連中のことももう考えなくていい。今は生き残ることを第一に考えるんだ。このダンジョンに取り込まれるぞ」
振り返ると、さっきまで私たちがいた部屋から覚束ない足取りでこちらに向かってくる5人の姿があった。吸血鬼の匂いがしたのに、その顔面は崩壊しており、アゴがだらしなくぶらぶらと揺れていた。ある者は目を、またある者は耳を欠損させていた。明らかに生きてる人間じゃなかった。
「すでに吸血鬼たちは拠点を放棄した後だったんだ」
歩く死体だ。このダンジョンで死亡した者は全て魔物として生まれ変わる。痛みも意思もないただ生きてる者を襲うゾンビとして。




