35.吸血鬼の痕跡を追って
あとから到着したみんなは一様にキツネにつままれたような表情をしていた。見たことも聞いたこともない魔術の結界に何の準備もなく踏み入ったんだから当然といえば当然だ。唯一、クリスタだけが当たり前のようにけろっとした様子で合流してきた。
「あー、こりゃだめだな。首はねたあとに心臓貫いてるね。伝承じゃ永遠に近い寿命をもってるみたいだけど急所は一緒みたいだ。これじゃどっちが死因かは不明だ。もしかしたら本当に首をはねただけじゃ死なないかもね」
「それは……冗談なのか?」
クリスタのおどけたような物言いにカタリナが眉根を寄せる。
首と胴を分断して生きてる生物は存在しない。切断したあと動くことはあっても長くは続かないものだ。私も噂が本当だったらイヤだから心臓も追加で攻撃したけど、鵜呑みにしてるわけじゃない。カタリナも懐疑的なようだ。
あとでゲラートに聞いてみよう。こいつも魔族だから何か知ってるかもしれない。でも、吸血鬼と戦う前に何も言ってこなかったから眉唾物の可能性のほうが高い。
「物語に登場する化け物みたいでロマンがあるだろ?」
「笑えんな」
カタリナに同意する。元公爵令嬢のはずなのに、それとはかけ離れた言動の数々にほとほと参ってる。
「この村は大方調べがついてるんだよね?」
「ああ、そうだ。だが、こいつがいたということは何が見落としてることがあるのだろうな。貴方たちなら見つけられるのか?」
「カタリナ、申し訳ないけど私たちの捜査方法は極秘だ。部下を下がらせてくれると助かる」
「……ああ、そうだな。村周辺の警戒にあたらせる」
カタリナの切り替えは早かった。色々問いただしたいことがあるだろうに、それら全てを飲み込んで部隊に指示を出す姿は隊長に抜擢されるだけある。
騎士たちがいなくなったあと、カタリナも一礼をしてその場を後にする。最初に会った時の態度からして私たちに助力を乞うことを望んではなさそうだったのにほんとに律儀な人だ。
「廃村の名残に『シーカー』のスキルを使ってもらうつもりだったけど、それより新鮮な情報媒体がそこに転がってるね」
吸血鬼の死体に視線を落としてネーヴは言った。
自分でやっといてなんだけど、この人処刑されたあとの見せしめみたいな死に方してる。天幕が設置されていたということは、こいつ一人でこの廃村にいたわけじゃない。きっとネーヴでさえ一人でこの厚みの天幕をまともな形でくみ上げようとしたら相当手がかかるはずだ。私以外の人たちも犯行は複数人で行われてる前提で動いてるみたいだし、この死体を調べて解決という風にはならないだろう。
『シーカー』のスキルを使い始めて3年で分かったことがある。私が13年前にローニアの兵士を戦場で一人残らず屠った時からそうだったけど、対象の魔力や匂いなどを追跡することに関しては負担が少ない。そこに付帯されるような情報を手繰り寄せようとすると途端に難易度が上がる。
こいつが何の種族で、どんなスキルを持ってるかは注視すれば近ければ近いほど収集しやすい。だけど、どんな特徴をもつ種族なのか、そのスキルを使ってどんなことが出来るのかになると私の頭はパンクする。深く掘り下げれば掘り下げるほどその傾向は顕著になる。
だから、とりあえず手始めに私はこいつがどこから来たのかを探ることにした。追跡するのとは逆のことをすればいいだけだから、少し難しくなるだけで幾ばくか簡単だ。
「結構速く走るからちゃんとついてきて。森の中に置き去りにされても知らないから」
「気使ってくれるんだ?オーステアも優しくなったねえ」
「うるさい」
それ以降、私はクリスタを無視して『シーカー』を発動させた。
ネーヴは3年前に比べて体が馴染んできたみたいで、全力疾走でも足がもつれることはなくなった。今や元ドラゴンとは思えないぐらい繊細な動きに対応できる。たまに絵なんかを描いてるし、その絵心は私よりもある。というより、私の絵心が壊滅的だった。
だから、私は遠慮なく走ることができるわけだ。出来ればクリスタを振り切れるぐらいの速度で。その願いは脆くも崩れ去るわけだけどね。
長距離ならクリスタでも私を追うことはできない。長い付き合いの中で察した。クリスタと殺し合いをした際、クリスタは私の無尽蔵の体力を警戒して、短期決戦を挑んだんだ。普通の人間には三日三晩全力で動き続けることなんてできない。でも、私は出来る。長期戦にもつれ込めばそれだけ不利になると判断したわけだ。もしクリスタの狙いを看破できるぐらい私に戦闘経験があれば勝ちの目はあったわけだ。何事にも向き不向きがあることを痛感させられた。
話が脱線してしまったけど、つまり中距離まではクリスタに足で勝てないということだ。身の丈を正しく弁えることは大事だと習ったから私は素直に認めることにした。
「これは……不味いね」
辿り着いた先でのネーヴの第一声は私の気持ちも代弁してくれていた。
目の前にある洞穴はただの洞穴なんかじゃないことは冒険者なら誰だって分かる。でも、それはここにあってはならないものだった。しかも、何の因果か私たちは吸血鬼の痕跡を追ってここに来た。
「未発見のダンジョンね」
さすがのクリスタも険しい顔でダンジョンの入り口を睨みつけていた。




