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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
3/66

3.冒険の誘い

「私は英雄なんかじゃないよ」


 シュネーヴの視線は先ほどまでの興味本位のものではなく、かなりの熱量を持っていた。私のことを英雄と呼ぶんだ。かつては同じ国で暮らしてたんだろう。

私はその国の名前すら知らない。興味がなかったからだ。

 思い出すのは大切な仲間との思い出と、裏切られたことへの憎しみだ。といっても、もう誰もこの世には存在してないのだから虚しいだけだ。


「私がどんなことをしたか知ってるんだね」

「もちろん、隣国ローニアの5万の軍勢を単騎で駆け抜けて九千人を虐殺したのち、恐れ慄いて敗走した残り四万と千の兵士たちを二週間かけて一人残らず惨殺したあとに敵将の首を討ち取った、と。その敵将の首がローニアの王城の城門前に夜のうちに置かれていたから国王が錯乱したとかいう話もあったね」

「いや……なんか盛りすぎじゃない?」


 5万人殺したかと言われたら覚えてない。戦場にいたやつの顔全部覚えて可能なかぎり匂いを辿ったから討ち漏らしがなければ全員やってる。

 でも、惨殺はしてない。

 殴ったら顔が弾け飛んだとか、蹴ったら上半身と下半身が引きちぎれたとか、そういうことは起こったけど。じっくりいたぶる時間も惜しかった。加減してる余裕なんてさらになかった。

 あと、確実に城門前には首を置いてない。


「噂とは尾ひれがつくものだ」

「確かに」

「死体の山は魔物を呼ぶ。放置するわけにもいかないから戦後処理に向かった人たちがいたんだが、あまりの凄惨な光景に全員吐いたらしいよ。手足だけじゃなく、内臓も飛び散ってたみたいだね」

「なるほど」


 身に覚えしかない。あんまり尾ひれついてないかも。


「それで、本当のとこシュネーヴは何しに私に会いにきたの?私が誰なのか大体推測して訪ねてきたんだよね?」

「……そうだね。あなたを誘いにきた。旅にでようと思ってね。変なやつだったらさっさと帰るつもりだったけど、あなたとなら上手くやれそうだなって思った。いつごろ出れそう?」

「なんでもう一緒にいく前提なの。人間が好きなら人間と旅をすればいいじゃん。種族は違うけど私だって人外だよ?」

「知ってる。吸血鬼最後の生き残りだよね?」

「そう呼ばれることもある」


 厳密には違うらしいけど、生きていくうえで不要な知識だ。

 血はおいしいし、好きだけど忌避される理由もなんとなく分かる。血のソースで作った臓物煮はかなりの大好物だったけど、かつての仲間たちがドン引きしてたので食べるのをやめた。

 それだけ血が好きでも、今や吸血鬼といえば別の種族を指し示すことが多い。それに関して特に思うことはない。だって、シュネーヴの言う通り私はとある種族の最後の一人なのだ。

 もう誰も生きてなんていない。




 よっつの頃、私は人間に連れ去られた。

 暗くじめじめとした空間だけが私の世界になった。石の壁で覆われ、足には枷がはめられた。飢えないだけのわずかな食事は味気なく、私を生かす意思だけを感じ取れた。

 苦しくて辛くて泣き叫んでも誰も助けにこない。声をだすことの無意味さに絶望し、私は立つことさえままならなくなっていった。

 長い長い月日が流れた。


「おい!子供がいるぞ!なんでこんなとこに?」

「この子は……説明は後!早く助けましょう!」


 知らない人間が私の空間に入ってきた。今までの人間とは違う人間だ。

 ここが牢屋だったということは後で教えてもらった話だ。

 痩せ細った身体の私を抱える腕は優しく、石なんかよりもずっと柔らかかった。ろくに身体も洗えず衣服もぼろぼろで不潔な私を嫌な顔一つせずに抱きしめてくれた。


「すぐに医者のもとに」

「ええ、でも髪と眼は隠したほうがいい」

「なんでだ?」

「この子は魔鉄を精錬できる唯一の種族よ。そして、おそらく最後の一人」

「それは……とんでもない価値がこの子にあるってことか」


 私を抱きかかえた男とは別の男が唸った。

 状況を飲み込めてない男はそれでも手早く女性から手渡されたマントで私を包んだ。そして、急いで外にでるため足を進める。


「俺にわかるように言え。なんで魔剣の話がここで出てくる?」

「私たちが産まれる前に起きた戦争で、魔剣は大量に出回ったわ。魔剣の材料である魔鉄は特定の種族の体内で生成されるの。大体一年に一本。それぐらいの頻度で魔鉄は体外に排出されると聞いたわ。でも、彼らの身体から直接摘出すれば、三人で一本分の魔剣が完成する」

「もういい、むなくそわるい話ってのはわかった。これ以上聞くと歯止めがきかなくなりそうだ」


 男の声は僅かに震えていた。なぜ震えていたのか当時の私にはわからなかった。ただただその男の腕の中が暖かくて、心地よくて、心が休まった。

 それが私とかつての仲間たちとの出会いだった。




「ステラ、あなたと旅がしたい」


 まっすぐな目で私を見た。完璧な擬態と思いきや、シュネーヴの眼だけはドラゴンの痕跡を残してた。でも、それも注意深く観察しないと見つけられない程度のものだ。


「自分の気持ちを裏切れない。嘘をつけない。最初は興味本位だったのは否定できないね。あなたがどんな性格をしてるかも知らなかったし。でも、今は本気でそう思ってる。あなたがいい。むしろ、あなたしか考えられない」


 なに……私、今愛の告白されてる?

 目をそらしたら負けだと思ってシュネーヴをガン見してたけど、彼女の視線が眩しすぎて敗北を喫してしまう。


「旅って……どこにいくの?」

「色んなとこさ。冒険者になって日銭を稼いで何にも縛られず旅をする。たまには人助けをする」

「それはしたくない」

「そんなに人間が嫌い?」

「かかわるとロクなことが起きない」


 シュネーヴと旅にでるのはやぶさかじゃない。だって、この白き竜が私の前に降り立った時、そこはかとなく美しいと感じたから。傍にいられるのはきっと素敵なことだ。

 でも、やっぱり人間は嫌いだ。シュネーヴがどうしてそんなに好きなのかわからない。


「ねえ、ステラ。あなたは人間につけられた名前を名乗ってくれた。人間の全てが嫌いなわけじゃないんじゃ?だから……うーん、うまく言えないや」

「なにそれ」

「なにが言いたいかっていうと……ステラとなら楽しい旅になる、絶対にね」

「ほんとなにそれ……」


 でもまあ、変な説得をされるよりはマシか。

 煮立ってきた湯をシュネーヴに渡したカップに注ぐ。雑草を魔術で取り除いた湯は禍々しい茶色をしている。

 シュネーヴの表情筋は死んでいた。感情を表現することすら放棄したようだ。


「森の味がする」

「少しは堪能したら?これから長い付き合いになるかもしれないんだから」

「まずは味音痴を克服するところから始めよう」

「うるさい」

「えっ、ていうか、一緒に旅してくれるの!?」

「まあ、ずっとこの生活をしてるわけにもいかないし。人間とのやり取りはシュネーヴに任せるから」

「やったあああああ!」


 こいつ話聞いてんのか?

 舞い上がったシュネーヴはそのままの勢いで私特製のお茶を飲み干し、咽せた。

 本当の肉体じゃなくても飲めるんだ、と的外れな思考をよぎらせながら、喜んでるシュネーヴを見て微笑んだ。


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