23.降伏宣言
ゲラートの体から力が抜けていくのが血を通して伝わってくる。人間としての活動がもはや困難になる怪我を負ったんだ。普通の人間ならすでに絶命しててもおかしくない。
「貸し一つだからね」
「こいつを斬ったので帳消しだろ?」
ぐう……クリスタに口喧嘩で勝てる気がしない。いや、普通の喧嘩でも負けたけどさ。一人だけ涼しい顔してるし。私もネーヴもかなり疲弊してる。あ、ネーヴがまだゲラートの下敷きになってる。
「忘れられてると思ったよ」
「そ、そんなわけないじゃん」
ゲラートをどかして、ネーヴが起き上がれるように手を差し伸べる。立ち上がると私を抱きしめて耳元で、ありがとう、と囁いてきた。まじで不意打ちすぎて私は顔を熱くさせた。
「さて、ゲラートくん。まだ喋れるなら返事をしたまえ。大丈夫、片方の肺はダメになったが、とりあえず出血しないように回復魔法で塞いでおいた。口から血を吐くことはないから存分に質問に答えてくれ」
なんか……さらっと恐ろしいことを言ってて怖い。ゲラートの肉体は肩から腹部にかけて切り裂かれたままだ。なのに、回復魔法を使ったという。どこをどう塞いだんだ。クリスタに陰で人体改造とかやってそうなイメージがつく。
「な、なにを聞くことが。あんたたちはこの穴倉に閉じ込められたんだ。この個体を始末したところでまた次の個体を送り出すだけだ」
「なるほど。ゲラートくんは一体ずつしか操ることができないと。貴重な情報ありがとう、ゲラートくん。この調子でどんどん吐いていこう。ということはゲラートくん、セルマを使ってネーヴを最初に襲ったのは一人ずつ削ってくつもりだったわけだ。なのに、予定外にネーヴが強かったわけだ、ゲラートくん。だったら、この状況かなり不味いんじゃないかい?あんたが使えるもっとも優秀な個体はこいつなんじゃない?なのに、あたしたちはこんなにピンピンしてる」
「だったら……弱り果てるまで待つだけだ!10年待ったんだ。今更待てないはずがないだろう!」
「あー、そのことなんだけどね」
今度はネーヴが話し始めた。
「私って元々ドラゴンなんだわ」
「は?え、ドラゴン?」
間抜けな声を出すゲラート。その隣でぽかんと口を開けてるクリスタはなんというか見ものだった。
そういえば、クリスタにはネーヴの正体明かしてなかったな。ネーヴの規格外のパワーを目にしてなければ頭のおかしな人だと勘違いするだろうね。
「元の体は置いてきたんだけど、別に動かせないってわけじゃないんだよね。ほら、嵩張るし、行動に制限がかかるから」
「なんだ、なにが言いたいんだ?」
「オズ、ごめん。本当に申し訳ないんだけど、また後で結界張り直してくれる?」
突然、地面が揺れ動いた。地震かと身構えたけどそうじゃない。ネーヴの口振りで察してしまった。魔の森に置いてきたネーヴのドラゴン形態が今真上に到着したんだ。
「ドラゴンの私ならこの程度の深さの穴、全員運び出せるよ。罠の装置を壊さなくても、このへん全部掘り返せば関係ないね。多少は時間がかかるから、何か対策を考えるといい。思い通りにはさせないつもりだけどね」
「なんじゃそりゃ……なんだよ、バケモンかよ……」
「念願の私の正体を知ったんだ。もうちょっと喜んでくれてもいいんじゃないか?」
自分のこと棚に上げてネーヴのことバケモノ扱いなんて、烏滸がましいにもほどがあるな。しかも、あんだけ不遜な態度を取ってたのにビビってるなんて軟弱もいいとこだ。
「クリスタ、一人ずつじゃなくて二人同時に操れるみたいよ。今みたいに戦闘に向いた動きをするためには、ある程度近づいたうえで一人しか動かせないようだけど。そうじゃなかったらかなり遠くからでも問題ないっぽい。つまり、こいつの本体は今この近くにいるってこと」
「ま、まさか『シーカー』のスキルで俺を鑑定したのか!」
まさにそのとおりである。
最近多用してるせいか徐々に精度が上がってきてる。知りたいことが無条件で頭の中に入ってくる。深く潜りすぎると頭痛と吐き気を催すけど、慣れてしまえば我慢できないこともない。これがゲラートが求めたスキルか。確かに使い方次第では世界がひっくり返るかもしれない。そんなスキルを埃まみれにしてたわけだ。
「ああ、ついでにアナタの匂いも覚えたよ。セルマからも今のアナタからも同じ匂いがする。この匂いを辿っていけば本体に会えるんだろうなあ。知ってるでしょ?私がローニアの兵を殺して回ったのを。逃げ切れると思うなよ?」
最後に私特製の最大級の笑顔を至近距離で見せてあげた。あまりの神々しさにゲラートは震えながら硬直してしまった。目の焦点は定まっておらず、心なしか体も一回り小さくなった気がする。
「ゲラートくん、幸運なことに選べるチャンスを与えよう。降伏してから死ぬか、追いかけ回されて死ぬか。どっちがいい?ちなみにどっちも惨たらしく死ぬ」
「おにぃ!あくまぁ!」
「女神様さ!」
いや、鬼か悪魔だろうね。
ノリノリのクリスタには悪いけど、どっちが敵か味方か不安になる悪辣さだ。私も似たようなこと言ったような気がするのは置いといて。
「クリスタ、可哀想だよ。こいつだって世界平和のために頑張ったんだ。それを無碍にはできないよ」
なんか一番そう思ってなさそう、とクリスタがぼそっと呟いた。
うるさいなあ!
「ねえ、ゲラート。降伏してくれたら全身の皮膚剥いで塩こすりつけるだけで勘弁してあげる」
「ち、ちなみに降伏しなかったら?」
「そこから私が許すっていうまで鞭をうつ」
「ひ、ひやあああああああ!どのみちゃ……どのみち、拷問!いやだ!いやだあああああ!」
ついにゲラートが精神崩壊を起こしてしまった。私は優しく言ったつもりだったんだけど何がダメだったんだろう。完全に優位をとって余裕綽々だったゲラートの姿は見る影もない。
ただそこにいるのは、泣きじゃくるマッスルのおじさんだった。
「ほらほら、音が聞こえるよ?掘り返してる音聞いて?もう時間ないよ?どうする?さっさと選んだほうがいいんじゃない?股にちゃんと付いてんのか?」
「ついてますぅ……」
クリスタの煽り言葉にいちいち耳を疑ってしまう。さすが公爵令嬢に元がつくだけある。柄が悪すぎる。
「うーん、なんというかすごいね」
ネーヴはすでに一歩引いて傍観者に徹してた。誰に対して何に対して言ってるのか曖昧なセリフが、逆に複雑な心境であることを物語ってた。
「ごうぶぐじまず!ごうぶぐじまずがら、いのぢだげばだずげで!」
「なに言ってるかわかんないや」
ほんとに何を言ってるかわからなかったから率直な感想を述べたんだけど、その何気ない発言がゲラートをさらなる絶望に叩き落とした。
泣きじゃくるゲラートを宥めるクリスタに、降伏してるのに追い討ちとは鬼畜だな、と咎められた。なんか色々文句を言いたかったけど、ややこしくなりそうなので言うのをやめることにした。




