2.私は英雄なんかじゃない
森のただ中で会話を続けるのもよくないと苦渋の決断の末、私はドラゴンを家に招くことにした。といっても、ドラゴンは木々の合間を抜けられないので、不本意にもこいつの背中に乗せてもらうことになった。
「ほんとに嫌がらないのね。ドラゴンってもっとプライド高いと思ってた」
「他のドラゴンのことなんて知らないよ。私はアルビノだからね。つまはじきものさ。それに、乗せるのは誰だっていいわけじゃない。あなたと仲良くしたいから乗ることを許したんだ」
「そうなんだ」
元々狩りに出てただけだから家までの距離はそんなになく、空の旅は1分も経たずに終わってしまった。正直楽しかった。名残惜しさを顔にだすのは屈辱的なので素っ気なく感謝の言葉を告げる。
「また乗りたかったらいつでも言ってくれ。楽しそうにしてたし、よっぽど気に入ったんだねえ!」
「はあ?そ、そんなことないし!」
なぜばれた。
顔には出してないはずだ。いつも暮らしてる森を俯瞰して見るのは新しい森の一面を覗くことができた気分になって心が踊った。出来れば全体をつぶさに観察したい。
そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。
「ほーら、もっと甘えていいんだよぉ?おねえさんが温めてあげるからぁ!」
「はー、鬱陶しい!」
いつの間にか人間の姿になってたドラゴンはニヤニヤとした顔を隠そうともせず、私の反応を窺ってる。なんて失礼なやつだ。
「なんかちょっと安心した」
「なにが?」
「こんな辺鄙なとこに住む人間ってよっぽど偏屈な老婆なのかなって不安だったんだ。それに、ドラゴンだからって怯えないし、誰とも話したくないってわけでもなさそうだし」
「私が嫌いなのは人間だけだよ。むしろやって来たのがドラゴンでホッとしてる」
「そんなに人間が嫌い?」
「世界で一番嫌い」
「こんな家に住むほどに?」
視線の先には洞穴があった。入り口がかなり広いので開放的な造りになってる。難点があるとすれば雨の日に雨水が浸入してくることかな。風に関しては周りに木々が生い茂ってるので苦労したことはほとんどない。まさに自然由来の建築物だ。
「おかけになって?」
「いや、これただの石だよね?」
「失礼な。立派な椅子よ」
加工してない石を指してドラゴンが苦言を呈する。ドラゴンに私生活をとやかく言われる経験なんて全世界全時代において私だけな気がする。
とにかく自分用の椅子を用意するべく手頃な石を選んで持ち上げた。
「あ、魔術で運ぶんじゃないんだ」
「え、なんで?」
「だって、この家結界張ってあるよね?」
なるほど、人力じゃなく魔術で石を移動させると思ってたのか。出来るけどその発想はなかった。だって、直接持ったほうが手っ取り早いし。
「一応魔術が使えるってだけだよ。私、横着しない主義なんだ」
適当に言っといた。
「じゃあ、横着せずに木切って家造ればよくない?そのほうが快適だよね?」
「……!」
ごもっともすぎて反論できなかった。
実際簡単な造りの家なら魔術を駆使して三日もあれば建てられる。余分に見積もってるからもっと早いかもしれない。
この住処は雨宿りに利用してそのままなし崩しに棲みついてるだけだから特に愛着はない。
でも、家を建てて居を構えたとなると、なんだか根を下ろした気分になってあまり良い気はしなかった。要するに、行くところがないからここにいるだけなのだ。
「私にだって……触れられたくないことの一つや二つあるんだよ……」
「ふーん、喉乾いた」
「殴っていい?」
まあ、客人はもてなさなければならない。この無礼な客人にお茶でも淹れてやるか、雑草の。なんか花っぽかったし、いけるでしょ。
というか、本物じゃない肉体で味覚はあるのだろうか?
焚き火跡を囲むように椅子を置き、適当な枯れ枝を折って積み上げる。そこで初めて魔術を使用する。火は偉大だ。おそれるものでありながら、ありがたいものでもある。
決して魔術なしでは火を起こせないほど不器用、とかいう理由じゃない。
「ところで、自己紹介がまだだったね」
「ああ、あなたがあまりにも面白すぎるから忘れてたよ」
「は?どういう意味?」
「私の名はシュネーヴ。名付け親は人間だ」
「……その名付け親の部分いる?」
「無理に合わせなくてもいいさ。私はそのことに誇りをもってるだけだからな」
よっほど人間が好きらしい。私とは正反対だ。それに、私も名付け親が恥ずかしいと思ったことは一度もない。
「ステラ。それが私の名前。私も人間に名付けられた」
「……驚いた。そういうとこは正直なんだねえ」
「うるさい」
話題を逸らすように燃え上がる火の中に鍋を投げ入れ、魔術で作った水で満たす。そこになんか良さげな乾燥させた雑草をポイポイ投げ入れる。
「なんか雑すぎない?」
「文句あるなら飲み物なしだけど?」
「いや、文句じゃないけど、もしかしてステラって料理下手?」
「今すごい傷ついた。生きていけないかも知れない」
「そんなに!?」
「なんでお茶淹れるだけで料理が下手って言われないといけないの?」
「逆に聞くけど、料理うまいの?」
「その話はね、もういいじゃん。しつこいのは嫌われるよ?」
「この話まだ始まったばっかだよ」
料理が下手というか、見栄を張る相手がいないから粗末なもので事足りたから、腕を磨こうともしなかった。
ああだこうだ言い訳を並べてるけど、要するに図星なのだ。
「正論は心を抉るって知ってた?」
「知ってるけど、なんかえぐってもいいやって思った」
「優しくしてよ!」
「料理が下手でも、ステラが魅力な女性であることに変わりはないよ」
「えっ、なんかキモ。初対面の相手にそんなこと言うの?」
「なんかそう言われる気がしてた」
正直、シュネーヴは話しやすい相手だ。人間じゃないし、ノリがいいし、何より私を蔑んだ目で見ない。そして、おそらく私の正体もバレてる。
客人用に念のため取っておいた木製のカップが何年も使ってないためかなり汚れていた。魔術で汚れを洗い流してると、シュネーヴの表情が歪んでることに気づいた。
えっ、もしかしてそのカップに注ぐの?と言わんばかりの顔だ。
こいつドラゴンのくせに綺麗好きだ。人型の見た目も私より清潔感があるし、私より潔癖かもしれない。
「そのカップとか鍋ってどこから調達を?」
「ここは魔物が跋扈する土地だからね。魔物にやられて全滅する冒険者を年に何回かは見かけるの」
「えーっと、つまり死体漁りをしてるわけだ?」
「塩が特に貴重だからそれ目当てでね」
他にもほしいものがあるけど、それを言うにはまだシュネーヴの素性が明らかじゃない。
「さすがにそれは看過できないな」
シュネーヴは声を震わせた。いくら鈍い私でも彼女が怒っていることを察した。
でも、どこにそんな怒る要素があっただろうか?
死体はちゃんと土に埋めたし、所持品は死者にとってもはや不要なものだ。
「救国の英雄にそんな卑しい真似はさせられない!」
あ、そっちかー。やっぱり私の正体に気づいてた。まあ、偽名使ってないしね。
それよりも……英雄?私が?
そう讃えられていたのは知らなかった。あの出来事からすぐにこの森に引き篭もったから。
そんな大層なもんじゃない。ただ私は怒りに任せて暴れ回っただけだ。国を救いたいからとかそういう高尚な理由じゃない。ただの復讐だ。自分の居場所を奪われたのが許せなかっただけだ。