19.跳ねっ返りのクリスティーナ
ひとたびわかれば非常に単純な構想のトラップだ。複数の通路と行き止まり、そして、邪魔するように配置された魔物たち。これで私を仕留めようとしていたとしたら非常にお粗末だ。まあ……全容を把握できてなければ今以上に手こずってたことは否めない。
最短で目的地まで到達するにしても十分弱の時間を要した。なるべく血がつかないように動いたけど、いかんせん魔物の数が多過ぎた。腕と足に少し付着してしまった。ネーヴと合流するまでに綺麗にしときたいがその余裕はない。
「おや、オーステアかい。ツレはいないみたいだね。オズと呼んだほうがよかった?」
「その口を塞げ、クリスタ」
最深部にいたのはクリスタだ。セルマの姿はない。クリスタの関心は私よりも最深部のこの部屋の奥に座した大きな球体に向けられている。
「まあ、そんな邪険にするなよ。面白い構造をしてると思わないか?まだ発展途上ではあるが、興味深いことには変わりない」
「私は興味ない」
「これは魔族の技術だ。覚えがある。言わなかったが魔族と接する機会があってな。少しだけ詳しいんだ。あんたも魔族なのに仲間意識はないのかい?」
「……私はこの地に流れてきた一族の末裔だ。魔族なんて知らないし、同胞だと思ったことない」
まるで私が誰なのか知ってる口振りだ。
クリスタの鋭い眼光が私をさす。けど、私は動じない。それよりも怒りが優先された。
「ステラ、こんな時に申し訳ない。手合わせしてくれるか?」
「手合わせどころか殺すつもりだけど?」
「なら尚更本気でやらないといけないねえ」
クリスタは面白そうに笑った。
なんていうか圧がすごい。気さくな感じは一切なくなって、冒険者として積み上げた風格が表にでてきた。剣を構える姿にも隙がない。ゲラートなんかよりも数段格上だ。細身の片手剣一本で、左手には何も持ってない。でも、魔術の気配はする。
なんとなくわかった。
私が剣術よりの魔術剣士だとすると、クリスタは魔術よりの魔術剣士だ。だから、警戒しなきゃいけないのは遠距離攻撃だ。
私はさらに情報を求めて、『シーカー』を発動させた。そして、衝撃の事実を知る。
「貴族だとは思ってたけど、まさかローニアの貴族だったなんてね」
「驚いたね。どんな芸を使ったんだい?まあ、没落したんだ。もはや地位も名誉も泡沫さ。それを欲しがる人もいるがね。こんな性格なんだ。跳ねっ返りのクリスティーナって陰口を叩かれたもんだ。おっと、みんなには本名は内緒だよ」
「5秒で忘れる」
「こりゃまた辛辣だ!聞きたいことは色々あるが、とりあえずやろうか」
魔力の流れで戦闘態勢に入ったのが伝わってくる。
私も警戒を最大まで引き上げる。迂闊に攻め入ることは出来ない。卓越した魔術師は巧妙に罠を張る。先にこの部屋にきたのはクリスタだ。事前に何か仕掛けてるかもしれない。『シーカー』で看破しなきゃ。
「言っとくが、無粋な真似はしない。この空間に先に罠を仕掛けたりなんてことはね」
「へえ、そうなの」
心を読まれたみたいで不快だ。それが本当のことだとしても攻め手に欠ける。せめて不意打ちだ。でも、魔剣は持ったままだ。
いや、出来るかも。
私は持ってる剣を横に投げ捨てた。訝しむクリスタは、しかし油断をしない。それでも、私の意図を勘繰るためにリソースを割くはずだ。
2本目の魔剣を『空間収納』スキルから抜き放ち、その動作を攻撃に繋げた。その一連の動きは一瞬。詰め寄る距離はないと一緒だ。何かをさせる前に決着をつける。
「はぁ……!?」
声を上げたのは私だ。
会心の一撃はいとも容易く防がれた。魔剣じゃない普通の細剣に。
「なかなかの魔力伝導率だろ?魔剣ほどではないにしろ、役目は充分果たしてる」
「全然中級冒険者じゃないじゃん」
「言っただろ、煩わしいのは嫌いだって」
剣に魔力が通ってて折れなかったなんて解せない。だって、私の魔剣のほうが切れ味も重さも魔力伝導率さえ上回ってるはずなのに。いや、ほんとはわかってる。クリスタから滲み出る魔力が尋常じゃないってことを。そして、魔術の習熟度が圧倒的に負けてることを。
とにかく距離をとるという選択肢はない。このまま押し切る。でも、一回、二回、三回と、剣を交える度に痛感する。クリスタはとんでもなく強い。
剣も魔術も達人級だ。それこそが彼女がソロでやっていけた所以だ。
「な……!」
背中に激痛が走る。クリスタの魔力を感じる。ヒヤリと冷たい感覚がするので氷の魔術が背中に刺さったのだと判断した。
クリスタは私に剣を打ち込まれてる間、じりじりと後ろに後ずさってた。地面に魔術の痕跡がある。つまり、私の斬撃を受けながら、時限式の魔術を設置していたんだ。
攻守逆転。
私の攻撃が止まった瞬間、クリスタは水の魔術を展開し、拳大の球状の水が五つ飛んできた。その三つをいなすことができたけど、残りの二つは直撃してしまう。
肋骨が折れた。腹がじーんと痛む。おまけに背中にもなんか刺さってる。さすがに自分が冷静を装ってただけで全然冷静じゃなかったことを理解する。でも、これって後の祭りってやつだよね。
「うーん、ステラ。あんたはすげー強い。フィジカルなら今まで戦ってた中でトップだ。速さも申し分ないし、その重量の剣を振って斬れるだけの力もある。でも、対人慣れしてないな」
「はあ?ご、五万人切ったし」
「それ全員兵士とはいえ格下だよな?」
ぐさりと痛いとこ突かれた。
「同格とか格上と戦ったことある?」
「……オズワルドとなら少し」
「それって稽古じゃん。本気じゃないよな」
こいつマジで嫌いだ。正論パンチひどくない?私だって生きてるんだよ。もっと優しく言ってくれたっていいじゃん。
「ちょっとは工夫してるのはわかった。それでも、動きが単純だ。読みやすいし、魔術の的になるよ」
「いや、だって普通に魔術師相手ともやり合えてたし」
「今みたいな戦い方出来る練度の魔術師と?やってないよな?正直に言って」
「やってないです」
え、なにこれ。体の怪我より痛い。心臓が痛い。メンタルを直接ボコボコにされてる。つらい。ていうか、もしかして呆れられてる?
「どうせらやられる前にやってたんだろ?」
「あの、ちょっともうつらいんでやめてもらえる?」
「あたしが勝った時の質問リストに加わるだけだが、それでもいいならやめてあげる」
こいつ意地悪かよ。そんなことより、私は盛大な勘違いをしてる気がする。このままやると私が負けるのは目に見えてる。なのに、クリスタには殺意どころかもはや戦意すら感じられない。
「クリスタの目的は何なの?」
「ようやく合流できたと思ったら敵意剥き出しで取り付く島もなさそうだったから、だったらこの状況を利用して本気の英雄様と一戦交えてやろうと目論んだだけ」
「じゃあ、このダンジョンが罠だってことも知らなかったってこと?」
「知らなかった」
「そんな状況なのにお互いが消耗する非生産的行為に及んだの?」
「それをあんたが言うか」
ごもっともです。なんなら、まだ交戦中だ。戦意はかなり削られてるけど。
「じゃあ、これをやったのはセルマ?」
「そうなるな。大した付き合いはないが、それでも身内から裏切り者が出るのはきついもんだ。思い返せば、怪しい点はいくつかあった」
裏切り者か。身に染みて分かってる。私はもうあいつのことを仲間だと思ってない。セルマも裏切ったというなら私なら許すことができない。
「それで、まだやるか?」
「この流れで続けるの?」
「じゃあ、あたしの勝ちってことだな」
「あ?」
やっぱり嫌いだ。この勝ちを確信した満面の笑みをボコしてやりたい。でも、堪えるしかない。私は大人だからな、うん。