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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
17/102

17.ダンジョンのこと

 思い出したくもない名前だ。思い浮かべたら切り裂きたくなる顔だ。何度殺しても殺し足りない。

 ヨハンはオズの親友のはずだった。なのに、裏切った。一緒にあの大厄災を乗り越えたのに、その信頼関係をなかったことにされた。


「ごめん、あんまその話はしないほうがいいね。空気が変になっちゃったかな」


 気まずそうにネーヴは言った。


「私はそんなに気になんないけど、中にはその名前を聞くだけで人が変わるやつもいるみたいだ。あの大厄災で命を救われたやつなんて特にな。まあ、しないほうがいい。あんま気分があがる話でもないからね。さて、気持ちを切り替えていこうか。ゆっくりしすぎると日が暮れるよ」


 クリスタは立ち上がって体をうんと伸ばした。

 何気ない仕草でも絵になる。ネーヴとは違った魅力がある。羨ましい。そういえば、ネーヴと服を買いに行く約束をしてたんだ。自分からは切り出しにくいので、この調査が終わったらネーヴにそれとなく聞いてみよう。




 山の麓でも冷気が山から降りてきてるような肌寒さがあった。目の前にある裂け目は結構大きなもので、覗き込むと確かに穴らしきものがある。よくこのダンジョンを見つけたもんだ。こんななにもないとこなんてわざわざ探索しようと思わない。しかも、領地の端も端だ。


「ダンジョン発見者にもそれなりの報酬があるんですよ。それこそ、半年は最低限暮らしていける額です。冒険者でも戦いに向いてない人間は狩りで遠征しつつダンジョンを探すんです」


 私の思考を読み取ったかのようにセルマが説明してくれた。


「冒険者も多種多様なんだね」

「早くしないとあっという間に夕闇がくるぞ。ロープの結び方はわかるかい?」

「教えてくれると助かるよ」


 クリスタが『空間収納』スキルで長めのロープを取り出した。ネーヴが興味深そうにクリスタに教えを乞う。私はうろ覚えだけどやったことがあるから遠慮しといた。

 括り付けられそうな木は少し離れたところにある。


「すごい不自然な裂け目」

「確かに。この裂け目自体がダンジョンの入り口だって可能性もある」


 私の独り言にクリスタが答えた。

 返事が返ってきたので狼狽えてしまった。聞いててもネーヴぐらいだと思ってた。ネーヴは耳が良いからね。


「一番頑丈なロープを用意したつもりだ。それでも、一人ずつ降りた方がよさげだな」

「2本用意しないの?」

「なにかあったらあたしかセルマがなんとかすんよ。奈落に落ちない限りね」


 ロープが切れた時の心配をしたけど、クリスタにとっては些事らしい。

 ロープを握って分かった。強化魔法が施されてる。しかも、かなり緻密だ。これだったら十人ぐらいぶら下がっても千切れることはない。それなのに一人ずつとは、杜撰どころかクリスタはかなり用心深い。

あとは誰かがドジを踏まなきゃ完璧だ。あれ、昔似たようなことがあって手を滑らせたような気がする。


「ちなみにこんなダンジョン絶対人気でないので調査がてらにちゃちゃっと攻略してもいいですよ」


 なんかもののついでみたいに言ったけど、だいぶおかしなことを言ってる自覚はあるのかな。


「調査初回で攻略なんて前代未聞じゃないか。まあ、このメンツならやりがいはありそうだ」


 そこにクリスタが便乗する。


「そこでモチベ上げないでよ。私は少し経験あるけど、ネーヴは実力あってもダンジョン初心者なんだから。安全重視でお願い」

「うーん、じっくりノウハウを叩き込まれたい気もするけど、攻略出来そうなら攻略しちゃっていいんじゃない?もちろん、オズの言う通り無理はしないからさ」


 そう言いながら私の肩を抱き寄せる。

 ネーヴめ、私を言いくるめようとしてるな。それがイヤじゃない自分にもむかついてくる。ちょっとした腹いせにネーヴと目を合わせないようにした。


「私はお二人の実力を知りませんが、あの誰とも組みたがらないクリスタが臨時とはいえ組んでもいいと言わせたことに信頼を置いてますよ。さて、ここからは無駄口を叩くと足をすくわれますよ。ご存知かと思いますが」


 クリスタ、私、ネーヴ、セルマの順でロープを下降していく。

 裂け目の中は真っ暗だったけど、ダンジョンの入り口らしきところまでいくと、ダンジョン特有の明るさが目に入った。

 ダンジョンは光が届かない場所にあるはずなのになぜか明かりがある。それは蝋燭のような弱々しいものだったり、日が差し込むような強いものだったりとまちまちだ。そして、その全てがどこか色褪せた印象を与える。

 まるで古い歴史書物の世界に迷い込んだような、物語の中に囚われてしまったかのような、現実とはかけ離れた空間だ。

 かれこれ10年とちょっとのブランクがあるせいか少し違和感があった。でも、じきにそれも慣れるだろう。


「ごめん、ちょっと興奮してきた」

「まだ入り口だよ」


 ネーヴの顔がだらしなく緩んでる。初めてのダンジョンに好奇心を抑え切れてない。私でもドン引きするレベルだ。出来ればクールな感じを崩してほしくないなあ。まあ、それは贅沢というものだ。


「まったく、つくつぐ不気味だ。ダンジョンに文明の痕跡があるなんてな。ダンジョンに入る度に思うよ。あたしたちは一体なにと戦ってるんだってね」

「なにと?」


 クリスタの言葉に疑問を感じた私は聞き返した。

 ダンジョン内は人工的に積み上げられた石壁で道が作られていた。等間隔に松明を壁に掛ける器具が設置されていて、今まさに松明が燃え上がってる。

 こんな風通しの悪いとこで火が燃え上がってたら体調が悪くなるもんだけどそうはならない。そもそも松明の火は熱くすらないんだ。それこそがダンジョンの歪さを物語ってるといえる。


「世の中にゃダンジョンを崇拝する二つの宗派が存在するらしい。ダンジョンがもたらしてくれる恵みを享受することで信仰するやつらと、元々はそいつらと一緒だったけどダンジョンから漏れ出す災いを悪だとして宗旨替えしたやつらさ。お互いダンジョンは神が与えたもうた奇跡だとしてる。解釈だけはまったく逆でね」

「あなたはどう思ってる?」


 ネーヴは尋ねた。


「どうでもいい、というのが本音だ。やらなきゃいけないことをやるだけさ。ダンジョンを放置するとたくさんの犠牲者がでる。誰かがやらないといけない。ただそれだけだ。しかし、ダンジョンが発生することに何らかの意図が絡んでるなら、それを解き明かさないといけない」


 クリスタは続けた。


「もし英雄パーティーの生き残りに会えたら、あたしは一つだけ聞きたいことがあんだ。厳密にゃもっと聞きたいことはあるが、真っ先に聞きたいことがある」


 真剣な顔でそんなことを言う。

 私は知らずに唾を飲み込んだ。そうだった、彼女は元貴族だ。どんな因果があるかはわからない。きっとそれはダンジョンにまつわるものなんだ。


「へえ、何を聞きたいの?」

「ダンジョンの攻略にはダンジョンの最下層にあるコアを破壊しなきゃいけない。そんで、コアの前にはダンジョンの主がいる。それはどのダンジョンにおいても変わりない。だったら、大厄災を引き起こしたダンジョンの主はどんなやつだったんだろうなって」


 私はそれをクリスタに話すことはないだろう。だって、彼女を信用してるわけじゃないし、それがどんな重要な意味をもつのかも根拠がない。まあ、正体を隠してる以上、私はオーステアという冒険者でしかなく、クリスタが会いたがってるステラじゃないんだ。

 もし仮にネーヴが二人きりの時に聞いてきたら全然問題なく答えてあげられる。

 ダンジョンコアの前にいたのは『人間』だったよ、と。

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