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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
16/102

16.大厄災について

 あの時の状況を一言で表すなら、地獄だ。

 救えなかった命を数えるのもうんざりする。みんな感情を押し殺して、ただただダンジョンの最下層を目指した。中には見たこともない魔物もたくさんいた。普段なら充分な観察をし、対策を立て、入念な準備をして戦うのに、そんな基礎さえ許されなかった。

迫り来る敵を次々と屠る。疲労で意識が途切れそうになろうが、剣を握る手の豆が潰れて血だらけになろうが休ませてもらえない。

 ダンジョン攻略が開始されたのは、5日後のことだった。5カ国全てが力を合わせ、ダンジョンの入り口に向けて進軍する。軍隊も冒険者も一丸となった。

 私たちのパーティーが最初にダンジョンに踏み込んだのは偶然だった。生きた心地がしないぐらい魔物と人間の死体が積み上がったから、他人に興味がない私でさえ使命感にとらわれた。


「そういうことがあったので、各国の冒険者ギルドを統合して、冒険者がより自由に動けるように独立させる流れができたんですよねー。国が資源の独占でおいしい思いをする時代は終わったわけです」

「管理できれば安全という前提が覆ったわけか。だから、今はダンジョンは発見次第、攻略する方向にシフトしていってるってことかな?」

「厳密には違うんですよねえ。そこは現金なもので、極力資源を確保したのちに攻略するというのが方針です」

「へえ、懲りないねえ」

「まあ、生活がかかってんだ。ダンジョンに依存してたのにいきなりは切り替えられんさ。それに、うちのギルドでさえ一枚岩じゃないんだ。5カ国が合意したっても壁はでかいよ」

「実際、この話が持ち上がってから10年経ちますが、いまだに目処はたってないですからね。徐々には改善されていってますが。冒険者ギルドを作らず、騎士だけがダンジョンへの立ち入りを許可されてる国もあるので、そちらとはまだまだ交渉に進展が見られない状況ですし」


 自分の世界に入り浸ってたら、三人の話はいつのまにか冒険者ギルドの現状についての話題になっていた。

 あの大厄災を生み出したダンジョンを攻略したあと、オズとアストリッドも各地のダンジョンをしらみ潰しに叩いていこうと提案していた。二人がそうしたいんだったら私もそうするだけだと当時は思ってた。

 ああ、そうだ。ネーヴと一緒に旅するだけじゃなく、せっかくもう一度冒険者になったんだから、二人がやろうとしてたことを私が代わりにやればいいんだ。ネーヴは了承してくれるかな。今度二人になった時にきいてみよっと。


「ねえ、今から行くダンジョンってあとどれぐらいで着くの?」


 そう聞いてから、私ってめっちゃ空気読んでなくねと自責の念にとらわれた。


「そうですね。あと1時間以内には着きますよ」


 セルマが答えてくれた。いいやつじゃん。


「随分北の方まできたね」


 ネーヴの言う通り、北のほうを向くと小さく遠くに見えた山々がかなり大きく見えた。誰も決して超えたことのないという過酷な山脈だ。西と東に伸びて、向こう側に行こうとしたら相当な距離を迂回しないといけない。

 でも、迂回したところで東には足場の悪い岩礁地帯があり、西には危険な魔物が棲まう沼地が広がってる。幸運にも向こう側まで辿り着けたとしても、そこは魔族の領域だ。

本当かどうか怪しいけど抜け道があるらしい。


「言わないでおいたほうが幸せだろうと思って言わなかったんですが、私たちが目指してるダンジョンの入り口はあの山の麓の底が見えない裂け目の中にあります」

「は……まじ?」


 なにが幸せだ!どうせ行くんだから早く言えよー。めっちゃ爽やかな顔してるから絶対わざとだよね。

 セルマとかいう調査員、意外と腹黒いかもしれない。せっかく不人気な依頼を受けてくれる人がいたんだから逃したくないという気概を感じさせる。


「募集に人気がない理由がそれか……でも、ギルドとしては放っておくわけにはいかなかったでしょ。私たちが来なかったらどうするつもりだったの?」

「会議の議題にあがるとこでした。まさに渡りに船ですね」


 いい加減すぎないか。ヴィクトールに対する評価を改めなければならない。いや、調査員の部署の長がなんとかしないといけない話で、まだヴィクトールに報告があがってないだけかもしれない。


「ちなみに、裂け目にはどうやって入るの?」


 あまりのお粗末さに私は尋ねた。


「ロープを用意してほしいと言われたから、あたしが揃えておいたよ。まあ、冒険者にはよくあることだ。腹を括るしからないだろ?」


 クリスタの言う通りである。

 人生には理不尽なことが平気で起こる。特に冒険者なら尚更だ。

 依頼がある以上依頼主が存在する。ギルドからの直接の依頼だってギルドに資金を提供してる人がいる。全員が配慮してくれるわけじゃない。必要性のない不条理なことならある程度ギルドが守ってくれる。

 でも、誰かが絶対やらなきゃいけないこともある。この調査依頼はまさにそれだ。誰かがやらないといけないんだ。

 クリスタはそこを弁えてる。

 私は……オズのいるとこならどこでもついていっただけだ。自分の意思で汚れ仕事を請け負ったことはない。


「何事も経験だし、頼ったのは私たちのほうだ。今更難癖つけるつもりはないよ。むしろ人があまり来ないところにこうして来れたんだから私たちの目的と一致してる」

「あ、そっか。色んなとこ旅するんだよね」


 なら、この状況も楽しまないとだね。うん、理屈じゃわかってても心は追いつかない。普通に面倒だ。誰か私の性根を叩き直してほしい。

 と、まあ……頭でうだうだ言ってても仕方ない。やるしかないんだ。私も腹を括ろう。


「ネーヴは他に何か聞きたいことはないかい?ここでの休憩が終わったらノンストップでダンジョンの中だ。しばらくゆっくりする間はないよ」

「そういえば、英雄パーティーの中で一番好きな人とかいるんですか?」


 クリスタはネーヴに聞いたはずなのにセルマがぐいっと来た。


「ん?そうだなあ、そんなに詳しいわけじゃないから誰が好きとかはなんとも言えないね」

「実はギルドでこんなものを販売してまして」


 セルマが見せてきたのは少し厚めの紙だった。そこにはかっこいいイラストが描かれていて、その下にオズワルドと書かれてた。

 全然オズと似ても似つかないけど、もしかしてオズのつもりなのかな。めっちゃイケメンだ。いや、本物もイケメンだけどタイプが違うっていうか。こんなのオズじゃないというか。


「へえ、こんなものが」

「10年経っても売れ行き好調なんですよ!英雄パーティーのグッズは新作を出せば必ず利益だせるのでギルドの貴重な収入源になってます」


 そして、次々と展開される販促物に私はたじたじだった。ネーヴは逆に興味津々に一つ一つ吟味してる。その中にはもちろん私の人物像を模したものもあるわけで。

 おそるおそる私は覗き込んだ。

 なんか目の下にクマが出来てる病的なすっごい美少女が描かれてた。


「だれこれ」

「あ、これはかの有名な『殺戮の乙女』ステラさんですね」


 え、知らない。なにそれ怖い。

 私どんだけあだ名あるの。しかも全部物騒じゃん。もっとかわいいのないのかよー。


「ローニアの兵士5万人を虐殺したってやつかい。こんな華奢な少女によくそこまでの体力があったもんだ」


 クリスタは感心した様子だけど、どこか普通の人とはズレた発言だ。


「これはあくまでイメージで少し売上のために盛ってるので、実際はオークとかトロールみたいな見た目なのかもしれません」


 あの、セルマさん。目の前にいるよ?さすがにひどくない?いや、正体隠してるけどさ。見た目がオークとかトロールならもはや別人だよ。


「年齢的には私たちと同じぐらいなんだろ?あの頃のあたしには無理だな。今でも出来る気がしないってのに」

「戦ってみたい?」

「そりゃもちろん。英雄の一人とやり合えるなんて光栄だね。出来れば命のやり取りはしない方向でな」


 ネーヴの挑発とも受け取れる質問にヒヤリとする。本人を前に言わないでほしい。せっかくバレてないんだからやりすごそうよ。

 しかも、クリスタもかなり好戦的だ。私に関わらないでほしい。


「この人は?」

「あー、正直作ったはいいけどタブー扱いされてますね。販売もされてません。吟遊詩人の語る冒険譚でも彼がいないことが多いです」

「どうして?」


 ネーヴが持ってるカードに描かれた人物を見て、私は大きく顔を歪めた。きっと誰にも見られたくない顔をしてる。

 あいつはもう死んだ。私が殺した。なのに、憎悪は未だに残ってる。だって、あいつは私のかけがえのない人たちを殺したんだから。


「英雄パーティーの一人、ヨハン。彼はローニアに忠誠を誓い、仲間であるはずのオズワルドとアストリッドを殺害した重罪人だからですよ」


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