15.ダンジョンまでの長いみちのり
ダンジョンの調査か……なつかしいな。
私も何度か経験がある。極力関わらないようにしてたからそんなに詳しくはない。
『空間収納』のスキルは珍しいというわけじゃなく、そんなに多いわけでもない。冒険者のパーティーに必ずしもいるわけじゃないぐらいのレア度だ。だから、重宝されるといえばされる部類だ。
もし持ってる人がいないパーティーがダンジョンに潜る時は専用の人を雇うか自分らで補い合うか、調査員に頼むかする。
そう、その程度の認識しかない。つまり、荷物持ちである。
「調査員って具体的になにをするの?」
おっと、ネーヴが聞きたいことを聞いてくれた。非常に助かる。なにせ私のほうが冒険者として先輩だからね。しったかぶりをするのも楽じゃないよね。
「まあ、主な仕事は査定ですね。ダンジョンの難易度を検証して、どの程度の報酬が妥当か報告をあげる役割です。他にも細々とした仕事がありますが、昔ほど重要ではありませんし」
「昔ほど?」
「昔は採取できる素材の一覧を作成して他の冒険者に共有したり、拠点の設営をするための段取りを組んだり、とにかく一杯やることがありました。だから、基本は複数人で行動しましたし、冒険者もたくさん招集して大所帯になってました」
へえ、そうだったんだ。そんな記憶が薄らある気がする。ていうか、ヴィクトールと顔見知りになったのもそれだった気がする。
とにかく人が多くて鬱陶しくて、自分らのテントに引きこもってた。パーティーメンバーと一緒に行動しないといけない時はやむを得ず交流を図ってたけど。
「ギルドがそれを先導するほどダンジョンは儲かってたっつーわけ。大事な資源がざくざく取れて、食料もにも困らなかった。隅の隅までしゃぶりつきたい宝箱だった。あたしはその時代のこと知らねーが、古参の連中はよく懐かしんでるよ」
クリスタは当時の冒険者じゃないようだ。まだ若いし、その時はただの子供だったのかも。といっても、クリスタの年齢は私と同じぐらいで、私はその時すでに冒険者だったけど。
「そうなる理由があったということか」
「なんだ、あんたほどのやつが知らないのかい?」
クリスタの意見に同意だ。ネーヴの知識には偏りがある。本人にも自覚があるようだし。
「だいたい予想はつくよ。英雄オズワルドの功績が関係してるのでは?」
「正解です」
そうセルマが答えた。
オズワルドの名前にぴくりと反応してしまう。聞きたくない気持ちと聞きたい気持ちが混在する。
「完璧に管理すれば無限の財産を築けると信じられたダンジョン崇拝は脆くも崩れ去りました。元々発見が遅れたダンジョンや、それほど旨味がなく放置されたダンジョンから魔物が溢れ出すことはしばしば見受けられました。ですが、数あるダンジョンの中でもっとも大きいと謳われた5カ国を跨ぐ巨大ダンジョンが決壊した時、私たちは自分たちがいかに傲慢で愚かであるかを痛感させられました」
当時の様子は私も鮮明に思い出せる。突然の魔物の襲来に私たちは状況を掴めずにいた。ひっきりなしに押し寄せる魔物の群れを前に、次第に焦りを覚えた。
分からないのも当然だった。なにせ私たちはダンジョンから歩いて二日ほど離れた村で下宿していたんだから。
セルマは続けた。
「突如として際限なく溢れ出した魔物の群れは近隣の村を例外なく壊滅させ、いくつかあった拠点も跡形もなく破壊されました。勢力は瞬く間に拡大して、情報が錯綜し、原因が特定されるのに三日かかったのも被害を甚大なものとする要因でした。当時、私は調査員ではなく、駆け出しの冒険者だったのでその混乱にとてつもない不安を抱きましたね。世界の終焉がやってきたのかと錯覚するぐらいに」
「あたしもガキだったからさ。大人たちが慌てててんのをただ眺めてただけで、何が起きてるかは誰も教えちゃくれなかった。あたしは国境付近に住んでたからあとちょっと遅れたら飲み込まれてたかもな」
セルマもクリスタも渦中にはいなかったとしても、あの騒ぎの現実に存在してたんだ。そう思うと、なんだか不思議な気分になる。
「なるほど、私はかなり離れたところの生まれだから、そのあたりの現実感に乏しくてね。すごく興味深いよ」
「なら、ダンジョンまでどうせ長いんだ。道中の話にゃ事欠かないね。あんたら、必要なモノはあるか?最低限の備品は確保したんだが、不足があるなら言ってくれ」
「実はダンジョンは初挑戦なんだ。お任せするよ」
と、まあ私がほとんど話に加わらないままとんとん拍子で初クエストの行き先が決まった。
うーむ、人間と馴れ合うつもりなんてないけど、なんかもうちょい話せるようになりたいな。自分だけ置いてかれてる感が半端ない。っていうか、オズの話になったのにパーティーメンバーの私に触れてこないってことは、ヴィクトールが私の正体を明かしてないってことだよね。うっかり口を滑らせないように気をつけよっと。
ということはやっぱ喋んないほうがいいってことだよね?
行き先は本当に遠かった。他のギルド支所の管轄じゃないの、と道中散々愚痴をこぼした。ネーヴはその度に私の頭を撫でるか、抱き寄せるかした。子供扱いされたようで癪だったけど、これはこれで悪くないので何も言わずにいた。
途中までは馬車だったけど、今は徒歩だ。薮を掻き分けていってる。
「随分鬱蒼としてるな。先駆者がいるんじゃなかったのか?」
ネーヴは尋ねた。
ダンジョンが発見されたということは発見した人がいるということだ。つまり、ダンジョンの入り口までは未踏の地じゃない。
なのに、道中こんなに草木が生い茂ってるのは一体どういうことなんだ。
「実はこの調査依頼、報酬の文句はつけようがない代わりに一カ月ほど放置されてた」
「なんだって?」
クリスタの告白にさすがのネーヴを声を裏返らせた。
「言っただろ?癖のあるとこにあるって」
「言ってた気がする」
納得したような釈然としないような微妙な顔をする。
「だけど、こうも言ってなかった?こんな依頼なかなかないよって」
「そう言ったほうが気分があがるだろ?」
「騙された気分だよ」
私はというと、こういう時文句を言ったところで何の改善も解決も期待できないことを知ってる。散々遠い遠いと文句を言ってた癖に私は妙に達観した表情で黙って従った。
「さっきまであーだこーだ愚痴ってたのにやけに静かじゃん」
ネーヴが私に言った。
うるさい。私は今内にある不満をなんとか自分の体内で消化しようと必死なんだ。揚げ足をとるようなら知らないぞ。泣き喚くからな、私が。
「一度休憩を挟みましょう。強引に行くこともできますけど、どのみちダンジョン付近で腰を落ち着かせることはできませんから」
セルマのその一言でさらに意欲が減衰する。でも、冒険者稼業なんてこんなもんだ。
オズとアストリッドは義賊まがいのこともやってたから時々まともな寝床にありつけず、かなり劣悪な環境で一夜を過ごしたことだってある。そもそも私は幼少期の大半を牢屋で過ごしたからな。ただ長距離の移動が苦手なだけなのだ。
『空間収納』から水を取り出そうとして、クリスタに先回りされたことで手を止めた。
どうやらクリスタも『空間収納』スキル持ちらしい。ソロの冒険者をやってたら必須とは言わなくても色んな制限から解放されるから是非持っておきたいスキルだ。でも、セルマが荷物を担いでる。
「スキルを持ってるのになんでセルマが荷物を背負ってるの?」
思わず聞いてしまった。
「ん?ソロだったら無駄だからやんないよ。『空間収納』のスキル持ちがくたばったら荷物は全ておじゃんだ。安全策は用意しとくもんさ」
ああ、なるほど。めっちゃ気まずい。私が『空間収納』スキルを持ってると事前に言っとけば回避できたリスクだ。そういえば、スキル持ちのパーティーでも軽い荷物を所持してた気がする。
「ごめん。私もそのスキル持ってる」
「おっと、そうか。聞かなかったのはあたしの不手際だ。ちょいと浮かれててな。正直言うと、パーティーで依頼をこなすのは初めてでね。だが、安心してほしい。装備は万全だ」
「浮かれてうっかり私を死なせないでくださいね」
とセルマは言った。
「その減らず口を塞いだら考えてもいい」
「私の命はどうやらここまでのようです」
「そんなにイヤなのか!」
ちなみに、セルマとクリスタは道中こういうやり取りを何回かしてる。ネーヴも私ももう慣れて何も言うことはない。これがギルドのノリというやつなんだろうな。
「せっかく腰を落ち着かせられるんだ。あの話をしないか?」
「あの?」
ネーヴの提案にセルマが聞き返す。
「ああ!あの話ね。しようしようとしてしてなかったな。まずなにを話そうか?といっても、あたしたちは実際戦ったわけじゃないから話せることは限られてるよ」
「構わないよ。聞けるだけで楽しいし」
あの話とは、英雄オズワルドが誕生した大厄災の話だ。
ぶっちゃけ私に聞くのが一番てっとり早いと思う。あんまり喋りたくはないけど。ネーヴにもネーヴなりの考えがあるんだ。でも、あとでなんで私に聞かないか聞いてみよう。気を遣わなくてもいいのにさ。