13.久しぶりの宿
もう何かをするには難しい時間だったので、私たちはおとなしく宿をとって休むことにした。クリスタに今の所持金で泊まれる宿を紹介してもらって解散となった。
二人部屋なのに割りかし広くて快適だ、そんなに高くはないのに。クリスタはもしかしたら良いやつかもしれない。気に食わないけどね。
「二人旅じゃなくなったね」
「一時的なことさ。それにクリスタは良い人だよ」
「私は嫌い」
私以外にネーヴ呼びするやつを許せないだけだけど。
そんなこと口にした絶対ネーヴに笑われる。
「ただ、もろてをあげて歓迎するには怪しい人物だとも思う」
「なんで?まあ、ヴィクトール自体が信用できないか」
「いや、ヴィクトールは信用できる。それはさすがに主観が入りすぎてない?」
うん、そうだね。ただ性格が気に入らないからって否定したらだめだよね。でも、ごめん。私あんまり人間自体好きじゃないんだ。
「なんていうか、姿勢が綺麗だった」
「そうなの?」
全然違いがわからん。あと姿勢が綺麗だったら何だというんだ。
私は少しだけ胸を張って姿勢を良くした。ネーヴは完全にスルーして話を続けた。
「口調もくだけた感じをだしてたけど、冒険者のわりに身だしなみが整ってた。仕草もどことなく上品で、軽く化粧もしてた。そりゃ、身綺麗にしてる冒険者も中にはいるだろうね。でも、要素が重なりすぎて不自然だ」
「つまり、どゆこと?」
確かにクリスタは他の冒険者とはオーラが違う。何もしなくても人を惹きつける才能がある。鈍い私でもそう思うぐらいに鮮烈だった。
「彼女は貴族だ」
「貴族が冒険者?」
「それがどうってことはない。彼女が敵かどうかなんて判断の要素にもならない。彼女なりの事情があるんだ。詮索はしない。変なことに巻き込まれないよう認識の共有だけしときたかっただけさ」
もしそれが事実だったとしたら凄すぎない?本当に元ドラゴンなの?私よりよっぽど人間の社会に精通してるじゃん。
『シーカー』のスキルで見通せればいいんだけど、私の熟練度が低いせいか自分の知ってる匂いじゃないと追跡できなかったり、自分が知りたいことが既知のことじゃないと分からないなんてザラにある。つまり、このスキルはちょっと嗅覚に優れてるだけの犬なのだ。
「大丈夫だよ。私戦うのは得意だし。いざとなったら私が守るから」
「うーん、そこは私に守らせてほしいなあ。そうなるように私も頑張るから。オズが頑張らなくてもいいように強くなるよ」
おまえが男だったら惚れてるよ。
と口にしたくなる気持ちは仕舞っておこう。絶対に調子に乗るから。あの碧い瞳に見つめられたらどうしていいかわからなくなる。そして、オズと呼ばれると色んな感情が渦巻いてむず痒くなる。
「それより、追跡魔法で追っかけてくるやつらがどんなやつなのか考えない?」
「話逸らしたね」
「うるさい」
私の揚げ足をとるな。そんで、私の顔を覗き込むな。
「確かに、痕跡を消したとはいえ大体の位置は掴んでるだろうし、狩人のような魔法を使わない追跡方法があるなら、生憎そのあたりの知識は持ち合わせてない。さて、ローニアの精鋭部隊より強い奥の手ってなんだと思う?」
「全然わかんない」
「即答すぎない?」
「じゃあ、ネーヴはわかるの?」
「情報が足りない」
「ほらぁ!」
「そうじゃないって。こういう場合はお互いの気づいたことを言い合って精査していくもんだ。認識も共有できる。ほら、いいことづくし」
「む、そんなこと確かに昔やってたかも」
ちなみに、昔にやったその議論や相談の類において、私が発言することはほとんどなかった。私は子供だったから無理に要求されることもなかったし、アストリッドの頭が良すぎてどんなに言い争いが白熱しても、最後には私たちは丸め込まれてた。つまり、誰もアストリッドに頭が上がらなかったのである。
「まぶたを閉じて、あの時のことを思い出して。気になることがないか探してみて。私とは違うオズの感覚で」
「でも、今までそんなことしたことないし」
「オズ、私だってやりたくないことを押し付けたくいわけじゃない。だけど、冒険者をやるなら複数の視点から物事を見定める必要がある。これはその練習だと思ってほしい。別に何も出てこなくたって責めるような真似はしない」
ネーヴの言いたいことはわかる。
以前のパーティーでの私は甘えていた。戦闘以外の面で活躍できたのは『空間収納』での倉庫役ぐらいだ。当時の私では種族特有のスキル『魔鉄錬成』を実用レベルまで持っていけなかった。
それ以外のことは全部仲間頼りだったんだ。だから、自分の不甲斐なさに焦りを覚えたことはいくらでもある。
アストリッドもオズワルドも優秀だったから背伸びをしようにも全然できなかった。
いやいや、それが甘えなんだよなあ。
「頑張って思い出してみる」
慣れないことに抵抗はあるけど、ネーヴに迷惑はかけられないし、そもそもこの話を振ったのは私だ。腹を括るしかあるまい、うむ。
「まずゲラートについてだ。アストリッドのことを探ってる。奇妙な剣の使い手だった」
「あ、そうだね。あまり見ない戦い方だった。それに私の一撃が読まれてた」
「そういえば、あれ何だったの?あんな密度の魔力が込められた剣を前触れもなしに抜いてたよね。今まで見たことないよ」
目を爛々に輝かせてずいっと寄ってくる。
「『空間収納』のスキルの応用だよ」
「なるほど、鞘に納めず抜き身の剣を空間に収納して、『空間収納』スキル自体を鞘がわりにしたのか。言うのは簡単だけどかなり難易度が高いなあ。第一、任意のモノを即座に握りたい位置で出現されるのってほぼ不可能なはずだよね」
「うん、私も動いてる状態だと無理かな」
『空間収納』スキルは物を出し入れする時、見た目よりも取り出し口を開くのに時間がかかる。しかも、その場所に固定されるので動きながらだと使えない。一定距離離れると解除されて穴が閉じる。
その特性から、戦闘中にわざわざこのスキルを使おうとするやつはいないわけだ。私の場合、私自身が錬成した魔剣との相性が良いため、『空間収納』スキルを鞘代わりにして敵の虚を突く荒技が出来る。とんだ抜け穴だ。
「さすがオズだね」
「ま、まあねー」
10年ぶりに褒められてるせいで全然慣れない。っていうか、あの頃に比べて大人だし、これぐらい出来て当然だしぃ?
目をキョロキョロさせながら口元を緩ませる。はたから見るとたぶん気持ち悪い動き方してるわこれ。
「話は戻るけど」
え、戻るの?別にいいんだけどね。もっとおだててくれてもいいんだよ?
「裏を返せば、魔力のあるアイテムを『空間収納』スキルで隠せば魔力を感知できなくなる。ちなみに、使用者が死んだ場合、空間収納されたモノは回収できるの?」
「うーん、やったことはないけど、同じ『空間収納』持ちなら回収できるはずだよ。冒険者はそういうケースが多いから……あ!」
やっちゃったぁ!やらかしてる。
ゲラートが空間収納スキル持ちだったら何か別に持ち物があったかもしれない。完全に失念してた。今からでも死体のとこに戻ろうかな。いや、でも結構離れてるしなあ。
「いや、オズが懸念してることは問題ないよ。もし、ゲラートが『空間収納』のスキル持ちだったら、さらに不自然だからさ」
「ふーん?」
「最初私が見たゲラートは荷物を背負ってたからね。スキルを持ってるならかさばる荷物は収納してるはずだ」
「そうなんだ。じゃあ、あんま考えなくてもいいんだね」
「本来ならね。ゲラートが何をしていたかいまいち掴みかねるんだよなあ」
ネーヴは腕を組んで壁に寄りかかった。そんなうろんげな姿もサマになってかっこいい。
関心がなさすぎてネーヴが何を心配してるのかわからない。それが悔しくもある。そういえば、10年前もこんな感じだったな。あの時は適材適所と割り切ってたけど、今はネーヴのためになんとか貢献したい。
でも、どうやったらいいんだ?
長年培ってきた怠惰はすぐに切り替えられるものではなく、軽い頭痛とともに私の思考を阻害する。
「あ、そうだ」
『シーカー』のスキルを自分の記憶に対して使ったらどうなるんだろう。そんななけなしの好奇心から何の気なしに私は自分の頭に意識を集中させた。