12.中級冒険者クリスタ
冒険者ギルドのエントランスホールに戻った私たちはとりあえずくつろげる場所を探して、併設された酒場のカウンター席に腰掛けた。
どうやらヴィクトールは信頼の置ける冒険者を一人同伴させてほしいらしく、私は強く反対したけどシュネーヴに宥められて渋々ながら承諾することになった。
ヴィクトール曰く、「性格に多少難があるが任務を完璧にこなすいわばエース的なやつだ」とのことだ。
なんだよ、エース的なって。エースじゃないのかよ。まじで不安しかない。私が人見知りだって知ってんだろうがよぉ。でも、シュネーヴの言う通りここまで色々してくれて無碍にするわけにはいかないんだよね。オズやアストリッドにもそのへんはきつく教えられてきた。実践できてるかは別だ。だって、シュネーヴがいなかったら普通に断ってたし。
「新しい名前、あれでよかったの?」
「なにが?」
「その場で決めちゃってたからね」
ステラの名前が刻まれた冒険者証は使えないので新しい冒険者証を作ってくれる。前の中級のままとはいかず、下級からのスタートだ。
「どうせ新しい名前にしなきゃなんないなら、お父さんとお母さんの名前を混ぜたかったんだ」
「だからオーステアね」
そう、私の冒険者としての新しい名前はオーステアだ。オズワルドとアストリッドの名を一文字ずつ織り交ぜた私だけの名前だ。ステラも大事な名前だけど、使えないならこの名前がいい。咄嗟につけたにしては気に入ってる。
運ばれてきたお酒をちびちび口に含む私に対して、シュネーヴは豪快に煽った。
普通の水が高いからお酒を飲まざるを得ないのも慣れないといけないなあ。苦いだけであんまりおいしいとは思えないんだよね。血を混ぜたら多少マシになるのかな。
「ねえ、二人だけの呼び名決めない?」
「呼び名?いいけどなんで今?」
「名前を変えるならむしろ丁度いいタイミングだよ。そろそろ親友と呼んでもいいぐらいだしさ」
「出会ってまだ1日も経ってないよ」
「だめ?」
シュネーヴが私の手をとって子犬のような眼差しで懇願してくる。
うおおおおおお!ずるいぞ、ずるすぎる!心臓が!心臓が破裂する!
直視できない私はとんがり帽子をさらに目ぶかに被ろうとして、自分の手がシュネーヴの両手によって捕縛されてることを思い出した。
こいつ、これを狙ってたのか!侮れん!
「べ、べべべ別に構わないけどぉ?」
「ほんとに!?」
そんな輝く黄金のような笑顔見せないで。私の魂が浄化されちゃう。
「じゃあ、オズって呼んでいい?」
「え?」
急に現実に戻された気分だ。だって、その愛称はオズワルドのものだ。私が呼ばれていい名前じゃない気がする。
「オースとか、テアとかじゃ呼びづらいと思うんだよね。そう考えると、オズかなって」
「だめだよ……そう呼ばれるのにもっと相応しい人がいるんだから」
「私はその人同じぐらいステラのこと尊敬してるよ?」
こいつよくもそんな恥ずかしいことをぽこぽこ口から出せるな。でも、それとこれとは別だ。オズと呼ばれるのは一人しかいない。そして、それは私なんかじゃない。
「じ、じゃあ、私はシュネーヴのことネーヴって呼ぶからね!」
ふっ、どうだ。恥ずかしかろう!恥ずかしさに悶えて訂正するがよい!
「素敵な呼び方だ。ありがとう」
あ、あれ?そんなつもりなかったんだけどなあ?っていうか、やばい。どうかしてた私。このままじゃ受け入れたっいうことになるよね。
困ったことにイヤじゃないんだよね。
拒否したい気持ちもある。矛盾した二つが同居してる。このもやもや感が苦手だ。そんな私をお構いなしにシュネーヴは詰めてくる。
「オズ?」
シュネーヴが覗き込んできた。
勝手に見るな、バカ。こんな顔見られたくないに決まってんだろ。
「ネーヴって呼んでくれないの?」
「私を悶え殺す気か」
「ねえ、それいつごろ終わりそう?」
突然の介入にばっと顔を上げると、とんでもない美人のお姉さんが立ってた。
身なりからして冒険者と分かるけど、身に纏ってるオーラは高貴なものに見えた。灼熱のような赤い髪に神秘的な金色の瞳。意志の強さを感じさせるつり目は近づき難い印象を与える。
「クリスタよ。よろしく」
これ以上ない簡素な挨拶だ。そして、隣のテーブルから椅子を拝借して当然のように私たちの使ってるテーブルについた。
あまりに自然にやるので口を挟む隙もなかった。
「シュネーヴだ。よろしく」
そう言って差し出した手にクリスタは一瞬硬直したものの、微かな笑みとともに握手に応じた。
「あのタヌキおやじの推薦だからどんなやつかと警戒したけど強いね、あんたら。下級からなんて煩わしいだろ?」
「そういうあなたもやり手だね。ランクは?」
「中級だよ。色んなとこを見て回りたくてね。上級になると色んなシガラミがある。気楽にやるなら昇格しないのも手だ」
「その割には信用されてるね」
クリスタはうんざりした表情を少しだけ露わにした。
「厄介ごとに首を突っ込む性分でね。今だってほら、あんたらのお守りを頼まれてる」
「そりゃ間違いない!」
自分たちが厄介者扱いされてるのに豪快に笑う。シュネーヴらしい。まあ、実際厄介ごとではあるか。
クリスタが二つの冒険者証をテーブルに並べる。オーステア、シュネーヴ、二つにはそれぞれそう記されてる。
「あんたらのだ。おめでとう、これで立派な冒険者だ」
「なかなか皮肉がきいてるねえ。嫌いじゃないよ」
ちなみに私は、シュネーヴが喋ってくれてるから別に喋んなくてもいっか、と静観してる。シュネーヴとは難なく会話できたけど、そもそもコミュニケーションをとるのは得意じゃないんだ。
「それで、これからどうするつもり?」
「この都市を離れて遠くに行くって言ってもついてくるの?」
「それも含めてあたしが選ばれた」
「なるほど」
聞いてた感じクリスタは流れの冒険者だ。この城塞都市に執着はないんだろうな。それなのに、ヴィクトールの信用を勝ち取ってる。シュネーヴがやり手と言った意見に私も同意せざるをえない。
「クリスタはソロなの?」
クリスタに対して私は初めて口を開いた。
「群れるのが苦手なんだ。それに、パーティーは便利だけど面倒も同じぐらいある。まあ、今回は女性だけなんだ。面倒ごとの大半は気にしなくてよくなる」
なんとなく察しがつく。男女が集まれば色んなことが起きる。中にはそういう諍いをなくすために専用の人を雇うパーティーもあるぐらいだ。私はそういう経験がないのでまったく理解できない。
「とりあえず日銭を稼ぐよ。懐が不安なんだ」
「そうかい、いきなりあたしを財布扱いしないとこは好感がもてるね。実力は申し分ないんだ。ここに中級冒険者もいるわけだし、さっさと割のいい依頼をこなすのはどうだい?」
「それも折り込み済みかな?なんにせよ助かる」
「話は終わりだ。さっきの続きをするといい。邪魔なら引っ込むよ。その場合は明日の待ち合わせ場所と時間を言ってくれ」
さっきの続き?何のことだ?
私が首を傾げてるとシュネーヴがにやりと笑う。なにか良くないことを考えてる笑みだ。
「クリスタ、どうか私のことはネーヴと呼んでくれ」
私は衝撃を受けた。
こいつまさか私に愛称を言わせるためにクリスタを利用する気か!なんてことを……私だけの呼び名だったのに!
「お安い御用だ、ネーヴ」
「あっ、あっ、あー!」
「どうした、オーステア。あんたもあだ名で呼ぼうか?」
わざとだ。こいつ嫌いだ。こんな屈辱初めてだ。いくら美人だからって許してやんないからな。
「……ネーヴ」
「ありがとう、オズ」
こうして私とネーヴの愛称は決まったのだった。でも、絶対クリスタには私をあだ名で呼ばせないからな。