11.アストリッドの遺産
「ステラ、そんなに気に病むことじゃないさ。むしろお手柄でさえある」
シュネーヴの言葉によって現実に戻される。
別に気に病んでないけど、自分の愚かさに虚しくなってたのは否めないな。前だってアストリッド頼りだったし。
しかし、怪我の功名とはこのことである。なんか知らんけどシュネーヴに褒められた。
「俺としては二人と友好な関係を築きたいと思ってる。だから、触れたくないことについては極力触れない」
「そうしてくれると助かる」
うん、つまりなんでヴィクトールがギルドマスターだって知ってるか言わなくていいってことか。それは助かる。
あんまり意識したことないけど、『シーカー』って割と危険なスキルなのかもしれない。知りたい情報をサクッと入手できる便利スキルとしか見てなかった。
今回の件で色々学んだから肝に銘じておこう。
「ところでなんでオズが関係するの?」
「なるほど」
一瞬フリーズしたのちにヴィクトールはそう言った。
なんだなんだその反応。やんのか?やんのかあ?一人だけ察しが悪くてごめんねえ!変に気をつかわれるとこっちも気まずくなるでしょうが。
「10年経った今でも俺は英雄殺しの一件で保護対象にされてる。少なくとも、戦争が終わるまで表舞台にでることはないな」
「アストリッドのことを探ってたやつがいた。それも関係するの?」
シュネーヴの顔が少しだけ強張る。なるべく知らせたくない情報だったんだ。でも、私はそれでも真相に近づきたい。
私の『シーカー』のスキルではゲラートの行動の意味を知ることができなかった。10年間ほとんど使ってこなかったスキルだから当然だ。練度が足りないんだ。だから、地道に調べていくしかない。もちろん、シュネーヴと旅をすることが最優先だ。でも、10年前起こったことがまだしつこく続いてるのなら、私はそいつらを叩きのめしてやらないと気がすまない。
「……7年前にアストリッドの墓が荒らされたことがあった。彼女はオズワルドとともに王家の墓の傍に埋められた。簡単に忍びこめる場所じゃない。オズワルドの墓は荒らされず、アストリッドの墓だけが掘り起こされていた。敵の狙いはわからないが、間違いなくアストリッドが関係してる」
ふつふつと湧き上がる怒りに耐える。
アストリッドとオズワルドの墓がそんな場所にあるなんてことも初めて知ったし、その墓が何者かによって安寧を奪われた。許されないことだ。自分が墓参りに行かなかったことも含めて、まとめて犯人に感情をぶつけてやりたい。
「話が嫌な感じに繋がってきたね」
「君たちの話も詳しく聞きたいが、いいかな?」
「まあ、そうだね。ステラから話すかい?それとも、私が話そうか?」
「むぅ、お願いできる?」
正直うまく説明できる自信がなかった。この話題に首を突っ込んだのは私だし、受け身にはなりたくなかった。でも、10年まともに人と話したことがないんだから少しは大目に見てほしい。ていうか、ぎこちないながらヴィクトールとそれなりに会話できてることを褒めてほしい。
「まず事実から並べて話すよ。この城塞都市の北西にある町なんだけど、住民全員殺害されててね」
「ちょっと待て。いきなりヘビーすぎて胃もたれしそう」
シュネーヴは構わず続けた。
「それをやらかした奴らがローニア兵の残党だった。目的は不明だけど、進行方向から察するに、次の狙いはここだった可能性もあるね」
「正気か?今すぐ領主に報告しなければ!」
「いや、それには及ばないよ。代わりに、しかるべき人を派遣してくれると死んだ人たちも報われるんじゃないかな。ならず者どもは全員始末した」
「……そうか。さすがは5万人の敵兵を」
「それ以上そのことについて話そうとしたらどうなるか分かるよね?」
「すまない」
ヴィクトールが姿勢を正す。
まったく……汚名もいいとこなんだから触れないでほしい。私だって好きで殺して回ったわけじゃないんだからね。
「町の名前は?」
「いや、知らない」
「その町の詳しい場所をあとで地図持ってくるから教えていただけるかな?今は申し訳ないが、アストリッドの件を優先させたい」
「地図か……自信ないけど見せてもらうとするよ」
ちなみに私も地図を見たことがないので自信がない。
オズとアストリッドと一緒にいた頃は頼りっきりだったからなあ。横から見たことあるけど暗号でも書いてあるのかと思ったぐらいだ。
慣れればすぐ理解できるようになるらしいけど、その機会はついぞ来ることはなかった。これを機に見てみるのも悪くない。ていうか見ないとダメだ。じゃないとこの先やってけない。
「それで、そいつらがローニアって証拠はあったのか?」
「自分らが何者かを隠すことすらしてなかったよ。まるで見つかったところで問題はないとでも言う感じだった。ローニア兵の武装をし、ご丁寧に自分らがどの部隊の所属なのかも紋章に刻んであった。これがそいつらが持ってたものさ」
ゲラートの懐にあった紙をシュネーヴはテーブルに投げるように置いた。
その紙を開くと、ヴィクトールは空いてるほうの手で顎を覆った。そして、顔を思いっきりしかめる。
「なにかわかる?」
「とりあえず言えるのは、こいつらがアストリッドにまつわる探し物をしていたことだ。そんで、手がかりすら掴めてない。それなのに、こいつらは敵国で派手にやりやがったわけだ。正直何がしたいか分からん」
うん、シュネーヴも似たようなこと言ってたな。
「と、言いたいとこだが、こいつらがステラの居場所を特定しようとしてたなら辻褄があう」
「は?なんでそんなこと分かるの?」
「こいつには追跡魔法の痕跡がある。もう効果はなくなってるみたいだが」
まじか。私以外初見でそんなの気づくのおかしくない?ちょっとむかつくんだけど。まるで私が鈍いみたいじゃん!
「やつらが狙うアストリッドの遺産が何なのかは不明だ。残された手がかりはもはや失踪した元パーティーメンバーしかない、といったところだろうね」
「ちょっと待って。なんかおかしくない?全然辻褄合わないって。戦争に負けてんのに、なんでそんなことに人員を割いてるの?そこに私がいるかもわかんないのに」
私は最初あの蛮行をほうっておくつもりだった。それに、シュネーヴがいなかったら魔物が跋扈する森から離れるつもりもなかった。あまりにも不確定要素が強すぎる。
「戦争しているとはいえ毎日戦ってるわけじゃない。ここ最近は国境付近で睨み合うことが多くなってる。最近珍しく大きな衝突があった。その部隊はその時に紛れてきたとみていいかもね。ヴォルフガング側からの攻勢は消極的でね。あちらが動かないかぎりこちらが仕掛けることはほとんどない」
「それで好き勝手されてるんじゃ世話ないじゃん」
「まあ、何も言い返せないな。ヴォルフガングとしては休戦を要求してる。正直ここまで抵抗するなんて本来あり得ない話なんだ。ローニアの内部はもうガタガタでね。平民は貧困に喘いでいるし、由緒ある貴族連中も次々没落していってる。まともな状態じゃない。すでに国家として成立してるかも怪しい」
「なにそれ」
だから人間は嫌いなんだ。国にとって民衆は大事な財産じゃないの?貴族どもは一体なにをしてるの?そんなにアストリッドが持っていた物が欲しいの?
使命とか大義のために簡単に他人を切り捨てる。それが大切なものであっても、人間にとっては些事でしかない。
許せない。許せるわけがない。
「ステラ」
心配そうにシュネーヴが手を握ってくれたおかげだ。我に返ることができた。あの時と同じ気分にさせられるところだった。
「とにかく近いうちに接触してくる可能性は高い。本当は匿ってやりたいとこだが、それは君たちが望むところではないんだろう?」
「わかってるねえ。でも、情報がほしいのは私たちも同じだ。今後もお互い情報を共有しあえるといいな」
「俺も表舞台に出られない人間だからな。出来ることは限られてる。それを踏まえたうえで、よかったら協力関係を結ぼうじゃないか」
その返答に満足したのか、シュネーヴは握手を求めた。快くそれに応じるヴィクトール。
なんだか旧知の仲のはずの私より仲良くなってないか?