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人間嫌いの魔族ステラの旅  作者: かに
魔族の私とドラゴンの相棒
10/102

10.旧知のヴィクトール

 案内された一室で深々と椅子に腰を沈め、背もたれに寄りかかってるシュネーヴに冷ややかな視線を送る。


「座んないの?」

「まだ安心できないから何が起きてもいいように備えてるの」

「あ、そっか」


 そっか、じゃねー!冴えてるのか鈍いのかどっちかにしてほしい。オンオフの切り替えが極端すぎ。しかも、まだオフにしていいタイミングじゃないし。

 口に出したかったけど、ギルドが味方になってくれるか判別できてない以上、余計なことに感情を振り回されたくなかったのでやめた。


「怒ってる?」

「怒ってないよ」

「むすっとした顔もかわいい」

「ふざけんな。肋骨折るよ?」

「えっ、何本?」

「全部」

「こっわ。仲間愛が強くてもさすがに躊躇するわ」

「あー……いいかい?」


 突然割って入ってきた野太い声の主は気まずそうに扉を半開きにしてこちらの様子を窺ってた。見たことある人相だ。間違いなくヴィクトール本人である。

 人の良さそうな顔は相変わらずでそこそこ老けてる。短かった赤髪は肩まで伸ばしてるし、髭もたくさん蓄えてる。髭のせいで一瞬判別に迷ったから剃ってほしい。


「どうぞどうぞ。お掛けになって」

「それこっちが言うセリフじゃない」


 さすがにシュネーヴも分かってたみたいだ。今の心境で見るとむかっとくる笑みを浮かべてる。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 こいつノリいいな!

 シュネーヴが無茶苦茶嬉しそうにしてる。まじで釈然としない。あんたギルドマスターじゃん。威厳もっと出そうよ。


「よっ、久しぶり」

「……なんか思い出してきた。こういう軽いやつだった気がする」


 記憶の中にヴィクトールが十年の時を経て掘り起こされる。そんなに絡んだことがなかったから人物像がまだぼやけてるけど。


「君はいつもアストリッドかオズワルドの後ろに隠れてたからな。自分のパーティーのこと以外どうでもいいって感じだった」


 やばい。図星すぎて言い返せない。ちなみに今もそうだ。シュネーヴと旅が出来ればそれでいい。そんな身勝手な理由で特に親しくもない知り合いを訪ねたんだ。

 自分でやってて正直何様だと思う。


「ステラ、君は個人的な事情でやったにしろ国を救った英雄だ。俺を頼ってくれて光栄ですらある」

「私は……英雄なんかじゃないよ……」


 ヴィクトールは思いのほか懐の深い人物のようだ。

突然現れたうえに礼も欠いた私に怒りもせずに頭さえ下げる。罪悪感はんぱねー。


「まあ、なんていうか昔のことを懐かしむ間柄でもないだろう。本題に入ろう。君ら門通る時に良くないことしたよね?」

「あーっと……なんだっけ?」


 早速ばれてるじゃん。

 こうやって悪用されるからギルドは冒険者が現在どこに滞在していて、どんな容姿をしているかを把握しているわけだ。

 シュネーヴは私のおかけでギルドのシステムを一つ身をもって学んだんだ。そういうことにしとこう。


「ギルドマスターの俺が言ったらダメなんだけど、それが正解だ。ステラの情報をほしがる連中は十年経った今でもいくらでもいるからな」

「えっ、そうなの?」

「元英雄パーティーの白い死神って言ったらこの国じゃどこでも通じるよ」

「それは……なんか不名誉じゃない?」

「いっぱい殺したからねえ」


 物騒なこと言わないで、シュネーヴよ。いや、事実なんだけどさ。普通の感覚の人はドン引きだよ。


「君がステラだということは対応した受付嬢と俺だけしか知らない。正体を隠したほうがいい。少なくとも戦争が完全に終結したと言い切れるまでは。新しい冒険者証は用意させてもらうよ。しばらくの間、名前も変えるべきだ。もちろん、君の意見を尊重するよ。そのままのほうがいいなら……」

「分かってる。そうしなきゃいけないかもって考えてた」


 ヴィクトールが私に配慮して言葉を選んでるのは伝わった。回りくどすぎて他人に関心がない私でももどかしさを感じるぐらいに。

 安心して顔を綻ばせたヴィクトールは自分の両膝を叩いた。


「よし、じゃあ君の希望する名前を書いてほしい。ランクは申し訳ないが下級からだ。分かってるとは思うが中級のやつからそれなりに名が知れ渡ってるからな。ちょっとした情報通にでも怪しまれる」

「あー、分かってるって。なんかこんな感じで世話焼きだったの思い出してきた」

「君はまったく相手にしてくれなかったけどな」


 むしろ煙たがってた。こんなに鬱陶しいやつ他にいないとさえ思ってた気がする。だからこそ、なのかも。こいつに頼れば大丈夫なんじゃないかって考えたのは。


「ステラに恩があるとしてもあまりに越権行為が過ぎないか?」


 ここにきてシュネーヴが口を挟んできた。

 さっきまでの能天気な彼女ではなく、鋭い視線でヴィクトールを刺す。

 えーっと、なんで?すんなり事が運んで喜ぶものかと。


「すまない。紹介があるまで君のことはあえて触れないようにしてたんだ。俺も最初に聞くべきだったのは謝る。そろそろいいかな?」


 あっ、完全に私のせいじゃん。

 俗世から離れてたからそのへんの配慮に疎くなってた。まあ、その前から出来てたかは疑問ではある。全部仲間頼りだったし。


「私の新しい仲間。シュネーヴって名前だよ」

「俺はヴィクトールだ。この城塞都市の冒険者ギルドの運営に携わってる。以後お見知りおきを」

「シュネーヴだ。よろしくお願いする」

「それで、俺に至らない点があったか?」

「まず、あなたがギルドマスターであることは伏せられてるよね?」

「は?」


 いやいや、『シーカー』のスキルでヴィクトールがギルドマスターであることは確認したはずだ。違う、そうじゃない。『シーカー』でしか確認できないんだ。

 ヴィクトールがギルドマスターであることが秘密にされてるってことだ。私もしかしなくてもやっちゃってるわ。


「なんでそんなこと知ってるの?」

「盗み聞きが得意なんだ。ステラとは違うタイプの人見知りだから」


 おまえぶんなぐったろうか。は?誰が人見知りだ。陽キャに言われたくねえよ。困るわー、ファッション陰キャってやつ?10年引きこもってから言ってほしい。


「ヴィクトール、あなた今自分をギルドマスターだって言わなかったよね?運営する立場としか言わなかった。私が調べたところ、ギルドマスターはヴィクトールじゃない別の誰かだった」

「待ってくれ。なんで俺がギルドマスターって前提なんだ?」


 それは私が断言したからだ。

 シュネーヴとヴィクトールには決定的な齟齬がある。私の『シーカー』のスキルを知っているかそうでないかの違いだ。そして、おそらくシュネーヴは私のスキルを隠しておきたいんだ。

 冒険者は自分の商売道具をひけらかさない。それが命取りになることだってあるからだ。


「最初からおかしかった。あの受付嬢の対応。ギルドマスターを呼び出そうとしたにしろ、一介のギルド職員を呼び出そうとしたにしろ、あれほど警戒されるものか?大抵は軽くあしらって終わりさ。暴れたら追い出せば済む話だ。なのに、そうじゃなかった。彼女は私たちの素性を探った」


 まじ?そんなこと全然気にしてなかった。

 言われてみれば、怪しさ満点の私たちの相手なんてまともにするほうが労力に見合わない。律儀に冒険者証の提示を求めてきたのは理由があったんだ。


「ヴィクトール、あなたの名前を言った瞬間にね。それってつまり、あなたってここに存在しちゃいけない人物だってことじゃない?」

「さあ?受付の対応は適切だったよ。見知らぬ冒険者が職員を名指しで訪ねてきたんだ。何者かははっきりさせないといけない」


 一切の感情を殺した顔でヴィクトールは答えた。


「そうね。あなたが英雄オズワルドと親しくなければその言い訳で納得するしかなかったよ」

「……それはかまをかけてるのかい?」

「あなたが茶番を続けるつもりならそうなるね」

「どうやら君たちには俺がギルドマスターだという確信があるらしい」


 あ、はい。私のせいです。でも、スキルで丸分かりとは言えない。なんというジレンマだ。っていうか、私だけ話の流れに乗れてないんだけど?


「なんでそこでオズワルドが関わってくるの?」

「もう10年経つが、いまだに俺は国から保護対象として扱われてる。そもそも俺がこの城塞都市にいること自体が極秘事項なんだ」


 あー、もしかして私やらかしてる?

 『シーカー』のスキルで収集した情報にだけ頼ってはいけないようだ。シュネーヴのようにちゃんと裏付けを取らないと藪蛇になる。そう痛感させられた。

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