バレンタインとトラウマ 【月夜譚No.286】
チョコレートが苦手だった。味は嫌いではないのだが、嫌なイメージがついてしまったせいだ。
中学一年の冬。彼は校舎裏に呼び出され、バレンタインのチョコと共にクラスメイトの女子に告白された。人生初の告白は嬉しかったが、当時好きな人がいた彼はそれを断った。
その数日後、偶々通りかかった廊下で女子達が話しているのを聞いてしまったのだ。あの告白が罰ゲームであったことを。
「断ってくれて良かった」とか、「本気にするなんて馬鹿じゃないの」とか、彼女達の嘲る声が暫く鼓膜に張りついて離れなかった。以来、チョコレートを見るだけでその時の記憶が甦ってしまうようになった。
チョコレートを避けるようになった彼にとって、バレンタインは地獄のような行事に変わった。
けれど――。
「……あの、良かったら、これ」
震える声と手。差し出されたチェック柄の包み。
そんな彼女の様子に、その気持ちを疑う余地は何処にもなかった。
春に雪が溶けるように。絡まった糸が解けるように。
彼が包みをそっと受け取ると、彼女は頬を赤らめて朗らかに笑った。