第四話 ~それぞれのイマジナルを御紹介~
中二病学園生の朝はおそらくほかの高校生に比べれば少し遅い。それはこの学園の生徒は全員学園近くの寮で生活しているからだ。食堂もその寮内にあり、決められた時間内であればいつでも朝食をとることが出来る。ここは隔離施設のようなものなので、当然といえば当然の処置なのだけど、朝を少しでもゆっくり寝ていられるのは有難い。朝の数分は何よりも貴重な睡眠時間なのだ。
何とか自分をベッドから引きはがすことに成功した俺は、朝食を済まして外に出た。
そこには既にクソガミと叶が待っていた。
「時間ジャスト。セイントはこういうことはしっかりしてるよな」
「“こういうところは”は余計じゃないのか?」
そんなお決まりのような軽口を交えながら、俺たちは学園に向かう。というか既に学園は見えている。徒歩五分。それが俺たちの登校時間だ。
これだけ近いと少し話しているだけで到着する。
登校する道には当然のように他の学生も存在する。しかし、ここも通常の登校風景とは違う。登校する生徒の服装が制服ではない人や、体の一部に包帯を巻いて隠している人、眼帯をつけている人などなど、多種多様な服装の人が歩いている異様な風景はある意味見慣れた学園の名物だ。
「今日集まるのって放課後だった?」
昨日聞いた乾先輩の予定をクソガミに確認する。
「昼休みだ」
「あれ? 放課後じゃなかったっけ?」
俺とクソガミの意見が食い違い、叶が困ったように首を傾げる。
『昼休みだ』
あ、そうなのか。覚えていてくれてありがとう。
「悪い。俺が違った」
「じゃあ、多数決でお昼休みだね」
「いや、約束を多数決で決めちゃダメだろ」
「それに、多数決なら二対二で決まってないしな」
そんな会話をしているだけで校門に到着した。
校門にはある人物が朝の挨拶をするために立っていた。
「グッドモーニング!」
明らかにネイティブではない発音で、校門前で挨拶しているのが生徒会長、神子島 英心。俺達がイマジナル戦を挑もうとしている相手だ。
俺達は歩みを止め、生徒会長を見る。
その容姿は男のようでも女のようでもある。まさしく美少年という言葉が似合う。これで自分が魔王と豪語しなければ、さぞかしモテただろう。
恰好は制服にマントを羽織ったコスプレだ。普通に見れば異様だけど、この学園では日常だ。そもそも周りがそんな人ばかりなのだから。
そんな生徒会長のネイティブではない発音の挨拶に皆が答えていく光景も、いつもの光景だ。
その隣にはいつものようにこちらは完全なる美少女が立っている。黒髪の長髪と眼鏡が似合うその美少女は、ドレスを着たまま、何もせずに静かに生徒会長の隣に立っている。彼女は副会長と呼ばれている卜部 京都。ドレスとはいっても西洋の姫が着ているようなものではなく、社交界に出るようなドレスだ。魔王に囚われた姫君らしいが、魔王の彼女というのは公然の秘密だ。
「そういえば、生徒会長のイマジナルって何なんだ?」
「さぁな。それも踏まえて今日の昼に話があるんだろ」
確かによくよく考えたら相手のイマジナルや乾先輩のイマジナルさえも知らない。俺のイマジナルを知ったら、呆れられそうだ。
そんな風に見ていると、生徒会長がこちらを見た。
「あぁ、汝らが今度の我の相手か」
喋り方はこの学園ということで無視してほしい。それよりも問題は相手が俺達のことを知っていることだ。
「何故わかったのかという顔をしているな? 我が城で起こっていることでわからぬことが主である我にあるはずがないだろう」
我が城とは当然この学園のことだ。いわく、魔王である生徒会長はこの学園の生徒を支配し、日々洗脳しているらしいが、その辺りはよくわからない。基本的にそういうことは相手の脳内設定ということで聞き流すことにしている。
「グッドモーニング生徒会長。それはただ、申請の連絡があっただけでしょう? 公開も間もなくあるでしょうし」
クソガミは最低限の礼儀を満たしながら、指摘する。
「ふむ。そちらにもそこそこ頭の回るものがいるようだ」
そうか。戦いが申請制ならば、本人にも連絡がいくだろう。ゆっくり考える時間があれば気づくかもしれないけど、すぐだと俺には無理だ。
「汝らとの戦い、楽しみにしている。汝らこそが姫を救う勇者になれるのかを」
そう言い残して生徒会長はその場を去る――――こともなく、その場で挨拶運動に戻った。
しまりが悪いと思いながらも、俺達も別段話すこともないので、話は終わったとその場から移動する。
「なんか今さらの感想だけど、変わった人だったな」
「本当に今更だな。この学園ではまともなほうじゃないか?」
生徒会長でまともな方とは改めて考えるとめちゃくちゃな学園だ。
それにしても、さっきから叶が大人しい。見ればなにかを考え込んでいる。
「叶、どうかした?」
「生徒会長のイマジナル、もしかしてマント?」
違うと思う。そうは思ったけど、もしかしたらとふと思い、つっこめなかった。
昼休み。昼食を確保して俺達は旧校舎に向かう。時間は指定されていないけど、早い方がいいだろうという判断だ。
部屋に入れば既に乾先輩はそこで待っていた。
「来たか。好きなところに座るといい」
各々が思い思いの席に座ったところで乾先輩が話始めた。
「食事中悪いが、時間が惜しい。まずはレベルとイマジナル能力の紹介といこう。まずは私からだな」
一体何の作業をしているのか、乾先輩はパソコンに何かを打ち続けながら話す。
「私はレベル1。重要な使命を帯びているというのが私がここにいる理由のようだ。そして、イマジナルはこれだ」
そう言いながら乾先輩は左手を天にかざす。それでも右手は止まらない。
「来い。リベリオン」
まるで空間から滲み出るようにそれはだんだん形をなし、この世に顕現する。
それは鍵だった。しかも色は金色。見慣れたシリンダー錠の鍵だった。しかしその大きさは大きく、一メートルより少し長い。
これこそがイマジナル。人一人ずつに与えられる特殊な能力。人によってはイマジナルに特殊な能力も付随されることもある。
しかし、乾先輩のイマジナルには見た目に特殊な装置はありそうにない。もしかして打撃するのか? 表面についている部分でこすれば削れそうではあるけど。
皆が確認したとみたのか、乾先輩は鍵を消滅させる。余談だけど、イマジナルを消す時も顕現するときも掛け声は実は必要ない。
「それがあんたのイマジナルか。じゃあ、次は俺だな」
次に始めたのはクソガミだった。
「俺はレベル1。まだ見ない誰かを守るためにここにいるというのが俺がここにいる理由らしい。俺のイマジナルは、マイクだ。来い、ソニック」
呼び出しに呼応し、クソガミの目の前の机の上にマイクが顕現する。
それは持ち手を覆うように球状のガードが存在し、見た目にはマイクというよりは少し旧型のハンディカラオケのようだ。
「それは何が出来る?」
「歌を歌える」
能力の確認であろう質問に対するクソガミの答えに乾先輩は顔をしかめる。
「竜登君、歌うまいもんね」
叶、乾先輩が気にしているのはそこではない。現に目に見えて乾先輩の機嫌が悪くなっている。
「……まぁいい。次は柊だ」
クソガミがマイクを消すと、乾先輩が次を促す。とりあえず今は確認だけすることにしたらしい。
「あたしはレベル1だよ。いつか現れる私の騎士様を待ってるのが理由なんだって。そして、あたしのイマジナル能力がこれ。おいで、マルチタスク」
叶が両手を前に出し、掌を上に向けると、その上に何かが顕現する。たぶん銃なのだろうけど、見た目が何か変だ。本体にあたる部分がラグビーボールのような形をしていて、その尖った部分に細い円錐が引っ付いている。反対側の尖った場所には短い円柱のつまみのようなものが引っ付いており、側面にはグリップとトリガーが付いている。
一言で表現するならば、一昔前のSF映画に出てくる光線銃といった形状だ。
「それは銃……なのか?」
少し異様な形状に乾先輩も反応に戸惑っている。俺とクソガミは見たことあるのでそんなことはないけど、初めて見た時は俺も乾先輩のような反応をしたものだ。
「そうだよ? 可愛くない?」
残念ながらその感性は乾先輩にも伝わらないらしく、それには答えない。
「形状はともかく、そのつまみに色々な模様が見えるが、機能の切り替えでもあるのか?」
「うん。通常弾以外に色々あるよ? 回復弾とか、拘束弾とか」
見た目の割に高性能なのも相変わらず。俺のイマジナル能力とは雲泥の差だ。しかし、実際にはその能力を叶は使えない。今言った能力もクソガミが絵から推測し伝えたものでしかない。ゆえに本当に高性能なのかどうかも謎なのだ。
「それで、最後は上御霊か」
「俺はレベル0。頭の中で別人の声がすると言い続けたら、ここに入学することになった」
「別人の声? それは妄想なのか?」
恐らく乾先輩が言いたのは病気ではないかということだ。
「懸念しているものではないよ。だけど、妄想でもない」
その声は今でも聞こえる。尋ねれば答えてくれる。それぐらいはっきりと自分の中に存在している。
「フォローを入れておくと、本当にそいつのは妄想じゃない」
「何故断定できる?」
「セイント、インナーを表に出してやれ」
インナーとは俺の中にあるもう一つの人物の名前だ。呼びわけが面倒だからとクソガミが命名したものだ。
面倒だなと思いながら、俺はいつもは内側にいるインナーを表に出力する。
「?*&%$*#>#$+#>*」
それは言語というよりはリズムに乗った歌に近い。そんな言語が俺の口から洩れる。こうやって言語にされると俺には理解できないが、内側にいるうちは会話を成立させることが出来る。
「……大丈夫か?」
乾先輩、気持ちはわかるけど、かわいそうなものを見る目で見ないでほしい。一応表に出ていなくても今は俺の意識はあるんだから。
「まぁ聞いての通り、普通の言語じゃない」
「……適当に話しているのではないのか?」
乾先輩の意見の方がまっとうだ。むしろ自分自身のことでなければ乾先輩を支持しただろう。
「俺も初めはそう思ったが、聞いてる内に特定のパターンがあることが分かった。セイントもその言葉を理解できないが、なんとなくの内容は通訳できるから、試しに聞いてみると、確かに同じ言語は同じ発音をしていた。面白いから途中まで翻訳本を作っていたが、通訳させたほうが速くて途中で飽きたけどな」
「その口ぶりだと、よく会話をしているのか?」
「あぁ、案外頭がいいんだ、そいつは。それがセイントとは別人と信じる最大の理由だ」
クソガミが言っていることはすべて真実だ。俺の中の誰かは俺なんかより余程頭がいい。たまに俺の知らないことまで知っていたりするのだ。本人曰く、『お前が忘れているだけだ』とのこと。
「では何故こいつは留年の危機なのだ? 自分の中の奴に任せれば余裕じゃないのか?」
それももっともな意見だけど、
「なんかズルしてるみたいな気がして……」
カンニングをしている気分になるのでそれは出来なかった。たまに不意打ちでインナーが答えを教えてくることもあり、それがテストに書けなかったりもする。
「まじめだな…… まぁいい。それで、お前のイマジナルは?」
「いや、えっと、それは……」
正直に話したところで信じてくれるだろうか。不安になり、クソガミを見るが、フォローをする気はないのか、首を振った。自分でどうにかしろということらしい。
「どうした、早くしろ」
乾先輩は少し苛立ち始めている。仕方がない。覚悟を決めよう。
「俺にイマジナル能力は……ないです」
「ない? そんなはずないだろう?」
確かにイマジナルは一人一種類。それが大原則だ。この学園の中にいる限り使える。だから、乾先輩が言いたいこともわかる。しかし、俺には決まったイマジナルはないのだ。
「信じてください。試しにイマジナルを出して僕と敵対してください」
「……よかろう。来い。リベリオン」
乾先輩はまたも鍵を顕現する。そしてその鍵の先を俺に突き付けた。
「何をするのか、見せてもらおうか」
このまま何もなければ攻撃されてもおかしくない殺気を放ちながら、乾先輩は言う。
「わ……わかりました。来い、リベリオン」
俺は乾先輩と同じポーズをして鍵を呼び出す。そして俺の手の中に乾先輩と寸分違わない鍵が俺の手の中に現れた。
「なん……だと?」
乾先輩は絶句している。イマジナル能力に似たものはあっても同じものはない。それを知っていれば乾先輩の反応は普通だ。
「俺のイマジナル能力はたぶん敵対した人物のイマジナルをコピーできる能力なんだ」
イマジナルは武器を作り出す能力のはずなのだが、俺はそれが出来ず、相手のイマジナルをコピーしてしか使えないのだ。
「……それは、能力もコピーできるのか?」
「試したことないから…… ただ、叶のイマジナルは使えましたし、撃てました」
ただし通常弾だけだけど。
「わかった。つまり、お前は生徒会長と戦う場合、生徒会長と同じイマジナルを使えるのだな?」
「多分……」
試していないから断定はできないけど。しかし今まで通りならそうなる。
「とりあえずわかった。これで、一通りの大まかな情報は共有できたように思う。それでこれからの方針だが、私に考えがある。放課後にまたここに来てくれ」
確かにいい時間になっている。なんか流されているような気もするけど、まぁ、なるようになるかと俺は考え始めていた。