第三話 ~この学園も中二病だと思う~
放課後になり、俺達三人は旧校舎の方に向かう。そこで少女が待っているはずだからだ。
少女は仁王立ちで、旧校舎の入り口で待っていた。
「来ると思っていた。さぁ、こっちだ」
少女は俺達の顔を確認すると、俺達の言葉を聞かず、旧校舎の中に入っていく。
旧校舎は今では使われていない建物だ。しかし、ただの廃墟というわけではなく、学園から許可をとったサークルや部活が使用していたりするので、意外に綺麗だ。
その中の一つの部屋に少女は入っていく。その後に俺達は続いた。
その部屋は教室の半分ほどの広さで、真ん中には机が用意され、四つの椅子が備え付けてある。他にも机の上にはパソコン、壁際にはホワイトボードもあり、会議しやすい形に整えてあった。
気になるのは部屋の四隅に置かれている黒色の円筒形の何かだろうか。時々表面で光が明滅しているところを見ると、機械なのだろう。よく見ればそれからケーブルが延びており、パソコンに繋がっていた。
「何をしている。座っていいぞ?」
少女はいつの間にかパソコンが備え付けてあった席に座っていた。
今のところは少女に言われるがままに従う。しかし疑問は山積みだ。
「ところで、君の名前は?」
クソガミはこのタイミングだと思ったのか、口を開く。
「そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前は乾 郁乃。二年生だ」
二年生だったのかと俺は驚いた。見た目はまだ中学生といっても通用するぐらいで、完全に幼児体系だ。
思わず叶と見比べてしまう。叶も大きいほうではないが、主張するところは主張している。それと比べると余計に乾先輩のほうが小さい。
「貴様、何か言いたげだな?」
こちらの視線に気づいたのか、乾先輩はこちらを睨み付けてくる。
「いや、えっと、自己紹介をしようかと……」
別に悪いことはしていないのだけど、思わず言い訳を探してしまった。決して体の一部を比較していたわけでははい。
「そうだな。私も名前を知っていても誰が誰かは知らないからな」
その言い訳は功を奏したらしい。いや、言い訳ではないんだけど。
「俺は一年の上御霊 聖夜」
「同じく久曽神 竜登」
「私は柊 叶だよ。よろしくね?」
「それじゃあ自己紹介も済んだところで、本題と行こうか」
乾先輩はそう前置きをして話を始める。切り替え早いなぁ。
「ここに来たということは生徒会長になろうとしていると解釈するが、間違いないか?」
三人とも同時に頷く。
確認したわけではなかったが、二人ともやってくれるとは思っていた。叶はそうしなければ留年だから当然なんだけど、クソガミは別に手伝う義理はない。それでもクソガミは手伝ってくれる。そういうやつだ。
「その前に、聞いてもいいか?」
クソガミが話の流れを断ち切り、質問を挟む。
「なんだ?」
「なんで俺達が生徒会長になろうとしてると思ったんだ?」
「そんなことか。テストも終わったこの時期に職員室に呼び出され、その後に校長室に直談判する理由を考えれば、察しが付く」
確かに、呼び出しはよくあることだけど、校長室に乗り込むのは滅多にないことだ。しかし、それだけで気づくなんて、この人もクソガミ同様、相当頭の回転が速いようだ。
「郁乃ちゃん凄いんだね」
いきなりちゃん付けで呼ばれ、乾先輩は面食らったように固まっている。初対面でのこの馴れ馴れしさは叶の長所であり短所だ。
「あ~…… こいつはこういう馬鹿なんだ。大目に見てくれると助かる」
クソガミが思わずといったようにフォローを入れる。
「いや、まぁ、呼び方は自由にすればいい」
いきなりのことで面食らっただけだったのか、乾先輩はすぐに先ほどまでの様子に戻った。
「それで、話し合いを始める前に確認したいことがある」
話の主導権が乾先輩からクソガミに移る。
「叶、セイント、お前達は生徒会長になる方法は知っているか?」
「え? 選挙じゃないの?」
選挙ではないことは俺でも知っている。この学園は何から何まで特殊なのだ。
最初はクソガミの問いかけを訝しんでいた乾先輩だったが、叶の反応を見て得心したのか、何も言わず、話を聞く態勢になった。
「まずはこの学園の特殊なシステム、ICSに関してからだ」
“ICS”
正式名称をイマジナル・コントロール・システム。それがこの中二病学園に設置されている特殊装置の名前だ。
一般的にはイマジナルシステムと呼ばれているこのシステムは、俺たちに戦う力を与えるシステムだ。
この学園は中二病になったものが集められる。そのほとんどが自分に特別な力があると思っているのだ。普通ならばそこで否定にかかるものなのだが、この学園は人にそんな力はないと言い聞かせるのではなく、特殊な力を与えようとしたのだ。
その能力がイマジナル。その人が思った、戦う力を与えるもの。それは武器であったり、装備するものだったり、用途は様々だ。
初めはそんなものを与えれば、中二病が悪化するだけだとの反発もあったが、そうはならなかった。何故なら、中二病になる人のほとんどが、特殊能力を得れば凄い何かが出来ると思っていたからだ。しかし、当然その力を得ても、得ただけでは何も変わらない。つまり、このイマジナルシステムは中二病の心を折るシステムなのだ。
このやり方である程度の改善がみられているため、今のところ苦情はないらしい。
クソガミはそんな説明を懇切丁寧に叶にするわけもなく、大雑把に説明する。説明したところで覚えられないだろう。
「なんとなくわかったよ。使ったこともあるし」
確かに一度はイマジナルを誰もが使う。学園敷地内では常時使用可能なので、常に使っている人もいたりするほどだ。
「生徒会長になるためには、生徒会長にイマジナル戦で挑み、勝たなければならないんだ」
中二病の心を効率よく挫折させるため存在する制度がある。それは、卒業するときにイマジナル戦を生徒会長に挑まなければならないというものだ。
中二病の心を折るためにはイマジナルを使えても、使わなければ何の意味もないし、変わらない。その為にこの制度が作られたのだ。
生徒会長は戦いを挑まれる以上、強くなければ意味はない。何しろ生徒会長に望まれているのは勝利なのだから。故に生徒会長は常に最強でなければならない。だから、生徒会長になるためには、現生徒会長に勝たなければならないのだ。
しかしそれで生徒会長はどうするのか。誰にも負けない生徒会長はどうするのかというと、当然治るか治らないかは運次第だ。むしろ助長される傾向にあるようだが、卒業はできる。生徒会長はある意味薬の役目を果たし、犠牲になる人なのだ。
「そうだ。そして、生徒会長にイマジナル戦を挑むには当然いろいろな決まりがある」
説明が終わったとみたのか、郁乃が話の主導権を取り返した。
「まず、四人以下のチームであること」
そこで初めてクソガミがなぜこの話に乗ったのかが理解できた。クソガミはこのことを知っていたのだ。だから、あと一人を増やしても損はないと考えたのだ。
「ちょっと待って。今の生徒会は二人だよ?」
叶の説明は言葉足らずだけど、要は現在の生徒会長には副会長しかおらず、四人もいないと言いたいのだ。こいつにはまず以下の意味から教えなければならなさそうだ。
「それは違う。現生徒会長は戦うときは常人に一人。つまり、あいつは一人で四人を相手どれるほどの戦力ということだ」
乾先輩は叶の疑問を別の形で考えたのか、話が若干ずれている。とりあえず疑問符を浮かべている叶は置いておき、話を進める。
「まぁ、細かいルールは置いておき、俺たちが気にしなきゃいけないのは今聞いた参加人数と、戦いの申請方法だ」
「申請方法?」
ただ戦いを挑んで勝てばいいのではないらしい。この学園では揉め事があれば戦っているので、それで問題ないと思っていた。
「流石に野良試合で生徒会長がころころ変わっていたら面倒だからな。生徒会長に挑むには校長への許可申請が必要だ。だが、昼での校長の反応を見ると、許可が出るかどうかが微妙だ」
クソガミの心配事はどうもそこにあったらしい。渋い顔をして、どうするべきかと思案している。
「確かに三年生は後一学期で卒業という時期、校長として許可は出しにくい。まぁ、だからこそお前たちに声をかけたんだが」
そう言って乾先輩は一枚の紙を掲げる。そこには大きな文字で許可証と書かれていた。
「既に許可はとった。だから仲間を探していたというわけだ」
「じゃあ、あたし達は戦えるんだね!?」
そこだけ話についてこられたのか、叶が嬉しそうに言う。
「チャンスは出来たといったところだが、まぁいい。それで、お前たちはどうする? ここが最後の決断だ。ここで決めたら最後まで何があっても続けてもらう」
悩むまでもない。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「当然やるよ」
「俺も」
「乗り掛かった舟だしな」
そもそも叶と俺にはそれ以外に選択肢はない。選ばなければ留年だ。
「では、この紙にサインしろ。それでもう逃げられないからな」
何故か不安になることを言いながら、乾先輩は俺の前に紙とペンを置いた。
名前を書くのはそれほど時間がかかる作業ではない。それはすぐに終わった。
「さて、これで私たちは仲間だ。まずはイマジナルの紹介と、何故この学園にいるのかの理由――――と言いたいところだが、時間が時間だ。詳しいことは明日の昼休みにでも決めよう」
気が付けば確かに時間はもう最終下校時刻間際だ。これ以上の話し合いはまずい。そろそろ寮に戻らないと。
「私は少しやることがある。三人とも、帰っていいぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
クソガミが立ち上がったので、俺も叶も一緒にその場を後にする。
「ねぇ、四人以下は四人もいいんだっけ?」
部屋を出て、叶がいろんな意味で今更な疑問を口にする。こいつだけは本当にどうにかしなければ……
それにしても、乾先輩の用って何なんだろう?