第二話 ~留年するってさ~
この学園の校舎は二棟存在し、三階建て。一つ目の棟は教室棟と呼ばれ、各学年の教室が存在し、上から一年、二年、三年と学年が上がっていく。もう一つの棟は特殊教室が集まっていて、それが一階と二階の渡り廊下でつながっている。
実はもう一つ本当は旧校舎と呼ばれる棟が存在するけど、そちらは少し離れたところにあり、今は部活の倉庫としか使われていないと聞いている。
職員室は特殊教室棟の一階にある。つまり、教室から一番遠い場所に存在するのだ。
「あ~~…… だんだん不安になってきた」
職員室に近づくにつれ、だんだん不安が増していく。いっそのことすぐにとどめを刺してほしい。
…………いや、留年というとどめは勘弁してほしい。
「なんか今更な感想だな」
「もしかしたら留年報告かもしれないんだろ? このまま逃げたい……」
「違うかもしれないんだから、やめておけ。逃げても現実は変わらないぞ」
そう言われたところで不安は増すばかりだ。
「そうそう。当たって砕け散ればいいんだよ」
「散ったらダメだろ」
散ればそれは留年を意味する。というか何故叶がこんなに余裕なのか教えてほしい。
「どちらにしても覚悟は決めないとな」
職員室の前に到着し、中に入ると既に呼び出した担任は待っていた。
「久曽神、なんでお前がいるんだ?」
開口一番がそれだった。確かにクソガミがいる理由は他の人からすれば理解できないだろうと思う。
「この二人に勉強を教えた一人として結果が気になります」
クソガミは俺に言ったのと同じ理由を言う。
「二人は構わないのか?」
担任は俺達に気を使っているようで、確認をとってきた。
「問題ありません」
「うん。竜登君なら問題ないよ」
そもそも俺たちの頭の悪さは有名だ。いちいち隠すことじゃない。
「それならそのまま伝えるが――――」
担任はそこで一呼吸置き、
「実は二人とも、留年が決まった」
しかし躊躇いなく言い切った。
「え……え!? 留年!! 何でですか!?」
思わず担任に詰め寄る。しかし、担任は苦い顔をするだけで、何も言わない。
「点数が足りなかったんですか!?」
「え? 聖夜、留年するの?」
なんでこいつは俺だけを留年させようとするのだろうか。自分も留年を言い渡されているのに。そこは無視なのか?
しかし、ツッコミをしている暇はない。今は留年の件だ。
「俺も気になります。こいつの解答用紙をこっそりと見ましたが、目標点数には届いていたと思うんですが」
流石に黙っていられなかったのか、担任は諦めたように溜息をついた。今の発言はカンニングではないのかというのは無視されるようだ。もっとも、俺の答案をカンニングすれば、クソガミの点数は三分の一程になると思うけど。
「確かに点数的にはぎりぎりだったが合格ラインだ。ただ、校長からそれでは進級させられないと通達があってな…… 文句なら校長に――――」
最後まで聞く気はなかった。
「お……おい、どこに……」
担任の声など無視し、職員室を後にする。二人が付いてきているのかどうかも確認しない。
次は校長室だ。
俺は職員室を出てすぐに隣にある校長室に向かう。
校長室の前に到着し、ノックをしようと手をかけようとしたとき、扉が勝手に開いた。内開きだったので扉が俺に当たることはなかったが、代わりに何かがぶつかってくる。
不意打ちでも軽かったため、多少姿勢を崩すだけで済んだが、ぶつかった相手は後ろに倒れてしまった。
「く…… 誰だ!?」
倒れたのは少女だった。それもかなり小さい。見慣れない制服だけど、この学園ではよくあること。おそらく同級生なのだろうけど、それにしたって小さい。しかしその眼は体格に似合わず強い圧力を感じさせる。
「ご……ごめん。大丈夫?」
とりあえずなかなか立ち上がらないので、手を貸そうとする。見えてはいけないものまで見えているので、出来れば早く立って欲しいと思ったのだ。見えていけないものとは制服はスカートということで察してほしい。
「ふん……」
少女は俺の手を取ることなく立ち上がり、制服を整えて無言で立ち去っていく。気の強い子だなと、なんとなくその後姿を見送っていた。
「君たちも僕に用かな? 用なら早く入って扉を閉めてくれないか?」
まっすぐに伸びた背筋で歩く少女を見ていると、声をかけられた。そういえば校長先生に用があったのだと思い出し、慌てて入り、扉を閉めた。
校長先生は椅子に座り、机に向かってこちらを向いている。書類に目を通している最中だったのか、机の上には書類が散乱している。
「君たちは?」
達?
その言葉に疑問を持って振り返ると、クソガミも叶もしっかり入室していた。
「一年三組伊吹 聖夜」
「同じく久曽神 竜登」
「柊 叶です」
「あぁ、君たちがそうなのか。では用件は留年の件かな?」
さっきまでは掴み掛ってでも問いただそうと思っていたけど、さっきの出来事で冷静さを取り戻している。しかし、疑問は疑問だ。きっちり話をつけなくては。
「そうです。なぜ留年なのですか? 点数は足りていたんですよね?」
「あぁ、足りていたよ。君はぎりぎり。しかし、叶クンは本当に足りなかった」
叶は本当に留年確定だったのか。驚きのあまり叶は言葉を失っている。こんな時でもちゃんと話は伝わっていたんだなとどうでもいいところで感心している自分がいた。
「じゃあ、なんで俺も留年なんですか!?」
赤点でないのなら僕の留年だけは不当なはずだ。
「天空学園は中二病患者を入学させ、治療し、社会に輩出するのが主な役割なのは知っているだろう? だからこの学園ではただ中二病を治療するだけではなく、勉学も重要視される」
確かにそもそもこの中二病学園はそう言う場所だ。中二病を治療するためのシステムもあるし、勉強をするのもそのためだ。だから留年もあるし、学年も存在する。
俺はそう聞いたことをなんとなく思い出した。
「しかし、ここはあくまで中二病を治療する場所なんだよ。君は確かレベル0だったよね?」
「はい」
この学園では中二病の重症度によりレベルが割り当てられる。レベル0が最も軽度で、レベル3が最も重症である。
レベル0は最も人数が多く、診断基準は奇妙な行動、言動は見られるが、多少おかしいと自覚があり、そのことを少し隠す衝動があるとここに分類される。
レベル1はおかしいという自覚があるが隠す行動がなくなると分類される。ちなみにクソガミと叶はこのレベルだ。
レベル2は自覚そのものが消失した状態の人が分類される。ここまで来るとこの学園でも指折り数える人しかいない。
レベル3もあるにはあるが、そこに分類された人は今までいない。一応作っておいたといった分類だ。
「だけど、君は悪化していると聞いているよ。それなのに進学させられないだろう?」
「つまり、点数もぎりぎりで、中二病が悪化しているからもう一年治療していくということですか?」
何も言えない俺の代わりにクソガミが質問してくれる。そのおかげで俺にも理解できる内容になった。
「そうだ」
「そんな……」
「じゃあ、私は?」
「君は単純に学力不足だよ」
「…………」
流石の叶も現状を完全に理解できたのか、真顔で何も言わなくなる。
いつもにこにこしているこいつでもそんな顔するんだな。
「まぁ、本当に進学したいのなら、手がないわけではないけどね」
絶望する俺たちに向かって、校長先生は希望はあると呟く。
「え!? その方法とは!?」
「教えて!」
留年したくないというよりは、一年でも早くここを卒業したい俺は、まさに藁にもすがる思いで校長先生に詰め寄る。叶も留年だけは避けたいのか、俺と同じように校長先生に詰め寄る。机を挟んでいるとはいえ、逃げるように校長先生はのけぞった。
「し……しかし、現状ではほぼ不可能だ。諦めたほうがいい」
校長先生は俺達の剣幕に押されながらも答える。
「そんなこと言わずに教えてください!」
「けちけちしないで!」
俺たちの剣幕に押され、校長先生は困ったように笑っている。
「二人ともやめとけ」
そんな校長先生を見かねたのか、クソガミが俺と叶の襟を掴み、校長先生から引きはがした。
「だけど、わからないと留年……」
「先輩いやだ……」
「叶はよくわからないが、方法は俺が知ってる。だからとりあえず今は戻るぞ」
本当にそんな方法があるのかとクソガミの言葉で確信しながら、ここでは話してくれそうにない雰囲気だったので、クソガミの言葉に従い、校長室を後にした。
「それで、方法って何なんだ?」
教室に戻り、開口一番クソガミに問いかける。叶も聞きたいのか、机から体を乗り出すようにしている。
「じゃあ、まずは確認からだ。二人ともこの学園の生徒会については何か知ってるか?」
「まぁ、大体は」
「あたしも。今は生徒会長と副会長の二人だけだっけ?」
この学園の生徒会長の決め方は独特だ。そして、役員の決め方に至っては生徒会長の独断による。つまり、誰を選んでも選ばなくてもいいのだ。
当然人数多いほうが仕事ははかどるが、統率が難しくなる。その辺のコントロールをこの学園では生徒会長に一任しているのだ。よって、役職名が存在するのは、本当は生徒会長だけだ。
「そうだ。今の生徒会長は神子島 英心。副会長は卜部 京都。この二人だけだ。二人は大魔王と囚われの姫だったか?」
俺も生徒会長がそんなことを言っていたような覚えがある。確かこの学園を牛耳る大魔王だったか。そんな発言は日常茶飯事なので、気にしていないけど。
「そんなことはともかく、生徒会長に与えられる強力な権限の一つ。それが、お前たちを留年の危機から救えるだけの効力を持つ」
「強力な権限?」
そんなものは聞いたことがない。いや、あるのかもしれないけど、全く覚えていない。
「そうだ。その権限とは、“校則を一つ作り出すことが出来る”ってものだ」
「校則を作る?」
確かにそれは強力な権限かもしれない。ただそれが今の俺に何の役に立つのかが全く理解できない。
「……まさかお前たち、理解できてないのか?」
俺も叶もそろって頷く。その反応を見てクソガミはため息をついた。
「なんでお前たちは…… いや、回りくどくした俺が悪かった。校則は教師でさえ守らなければならない学園のルールだ。つまり、生徒会長になれば“伊吹 聖夜並びに柊 叶の留年を禁止する”って校則を作れば絶対に留年させることが出来なくなる」
「ほ……本当にそんなことが可能なのか?」
確かに校則で明記されていれば教師も守らなければならないから留年はなくなるだろう。しかし、そんな風に校則をそんな個人的に使用してもいいのだろうか。
「問題ない。前例がある」
俺は生徒手帳を開き、その項目を探す。こう改めて見ると意味不明な校則が多いことがわかる。きっと歴代の生徒会長が自分勝手に作っていったせいだろう。そしてその中に確かにその一文はあった。
「“霧咲 楓の留年を禁止する”……」
「じゃあ、あたしたち、留年しなくて済むの?」
「それがそう簡単なことじゃない」
「だって、生徒会長になればいいんでしょ? あれ? どうやってなるんだっけ?」
叶は知らないようだけど、俺は知っている。確かにクソガミが言うように、簡単なことじゃない。
「邪魔をする」
そこにある少女の声が響き渡る。さして大きな声ではなかったが、その声は強く、教室にいる全員の動きを止めた。
「やはりここにいたか。探す手間が省けた」
そして、それは聞いたことのある少女の声だった。
声のほうを見れば、教室の入り口で仁王立ちをしている、校長室の前でぶつかった少女がいた。
少女は躊躇いなく教室に足を踏み入れ、皆の注目をものともせず、俺たちの方に近づいてきた。
「お前たちが伊吹 聖夜、久曽神 竜登、柊 叶だな?」
「そうだけど、何か用? さっきぶつかったことなら謝るけど……」
年下にしか見えない少女の威圧感に気後れを感じながら問いかける。
「そんなことでいちいち来るわけがないだろう?」
「じゃあ、何の用?」
「時間がないから手短に言う。放課後、旧校舎の前に来い。生徒会長を狙うというなら尚更に」
それだけ言うと、少女は答えも聞かずに教室から出て行ってしまった。そんな姿を俺は茫然と見送る。
なんであの少女は俺達が生徒会長になろうとしていることを知っていたのだろうか。
「何だったのかな?」
それは俺が聞きたい。まるでゲリラ豪雨のように一気の何かを残していなくなったのだから。
「ちょうど四人目も現れたことだし、今後の話は放課後にするか」
しかしクソガミにはある程度分かることがあったらしい。既に少女に付き合うことを決めたようだ。ならば、このことはクソガミに任せた方がいいだろう。
授業開始のチャイムが鳴ったため、話し合いは少女を交えて放課後行うことになった。