第一話 ~平常運転~
さて、みなさんは『中二病』という言葉を知っているだろうか。
『中二病』とは、科学技術が発達し、宇宙にすら当たり前に移動できるようになり、魔法や超能力が非科学的だと否定されるようになった現代になって生まれてきた言葉で、中二―――つまり思春期における妄想、または現実離れした発想を信じてしまう事を指す。
それは例えば、
『魔法が使える』
『超能力がある』
『白馬に乗った王子様が迎えに来る』
『前世に因縁が――――』
『特別な使命が――――』
『実は勇者の生まれ変わりで――――』
などなど。
上げていけば枚挙にいとまがないけど、とにかくそんな事を風潮し、信じてしまうことをこの国では『中二病』と定義している。
それが歳とともに治まればいいのだが、治まらない場合にその人を指してまるで病気の様に『中二病』と呼ぶのだ。
さて、今この世界ではその『中二病』が増えているということが社会問題にまで発展している。そこでこの国はある方策をとった。
中学卒業が確定した者から各所にある国家機関である『中二病診断機関』で検査を受け、そこで『中二病』と判断されたものは治療という名目のもと、文字通り特別な学校に隔離されてしまうというものだった。
その一つである天空学園。そこに通う俺、伊吹 聖夜もまた、この学園に入学した一人だ。
「はぁ……」
俺は窓の外を眺めながらため息をひとつ。
もう入学から半年ほど経過し、冬期休暇を目前に控えている時期となるが、未だに俺は『中二病診断機関』での発言を後悔している。
「セイント、なにバガ面でぼうっとしてるんだ?」
物思いにふけっている俺に乱暴な言葉づかいで青年が話しかけてきた。
茶髪にピアス、制服は上着を羽織っているだけで前のボタンは止まっていない。明らかに軽薄な恰好をしたこの男は久曽神 竜登。何より目立つのは両手首にある手枷のようなものだ。
この中二病学園は基本的に制服だ。しかし、中二病ゆえなのか、元の形のまましっかりと着ている人は稀で、竜登はまだ制服をしっかりと着ているほうだ。中には改造したりそもそも制服じゃなかったりするのがこの学園の制服事情だった。
「馬鹿面ってお前に言われたくない。それでクソガミ、何の用?」
クソガミとは竜登の俺がつけたあだ名だ。苗字がそう読めるし、神がかって賢いことからそう呼んでいる。
「昼飯どうするんだ? 弁当ないんだろ?」
「それなら学食に行こう」
この学園にも学食は存在するけど、全ての生徒が座れるほどの席はない。確保するなら早めの行動が鉄則だ。
立ち上がり、学食に向かおうとするけど、クソガミは全く動こうとしない。
「安心しろ。あいつに買いに行かせたから」
「お前、あいつに押し付けたのか?」
聖夜は心底呆れていた。しかしそれはある少女をパシリにしたからではない。その少女にものを頼んだことそのものに呆れているのだ。
「お前、あいつに頼んでちゃんと買ってこれると思うのか?」
「だが、自分で行くって言ってたぞ? セイントの奢りだと言ったら喜んで」
「は?」
竜登の言葉に俺は思わず聞き返す。もちろん俺は何も約束はしていない。このクソガミが勝手に言っているだけだ。
「お前、余計なことを……」
「ま、授業料として考えてくれ」
「授業料?」
その心当たりのない言葉に俺は首をかしげる。
「そ、授業料。テスト勉強しただろう」
そう言われればと俺はテスト前のことを思い出す。
クソガミは見た目の軽薄さに反し、成績優秀だ。いや、そもそもこの学園の偏差値は高い。望んで入学できる学園ではないが、望む人が少なくはないほどだ。故にこの学園に入学することそのものはマイナスにはならない。そして、学力による留年はこの学園にも存在する。
確かにこの学園全体としての偏差値は高い。しかし、それは平均すればの話。上もいれば当然下もいる。おそらくその最底辺に存在するのが聖夜とパシリにされている少女だろう。
俺と少女は留年の危機にある。今回行われたテストで挽回できなければ留年が確定する。それほど追いつめられていた。そこで二人は優秀なクソガミに教えをこうたのだ。いや、教えをこうのはいつものことなのだが。
「それなら仕方がない。喜んで奢らせてもらうよ。ただ、賭けないか?」
「賭け?」
「そうそう。あいつがいくつのパンを買ってこれるのか。俺が負けたら叶の分まで奢るよ」
「お前は本当にこういうくだらない賭けが好きだな。いつか身を亡ぼすぞ? じゃあ俺は五個以上で」
なんだかんだ言いながらもその賭けにクソガミは乗る。
「そっちでいいのか? じゃあ俺は四個以下だ」
そんなやり取りをしながら、もう一人の人物を待つ間、クソガミと俺は三つに机を向い合せにし、準備する。
「買ってきたよー」
のんびりと間延びした声が聞こえ、俺はそっちに目線を向ける。
そこには髪を短めに切りそろえ、元気が取り柄と全身で語っているような少女が両手に抱えるようにパンを持っていた。
「叶、遅かったな」
彼女の名前は柊 叶。
服装に目立った特徴はなく、改造もされていない制服を着用している。しかしここは中二病学園。彼女もまた、中二病だ。
「人が思ったより多くて。でも、あたしにしては頑張ったと思わない?」
叶の持っているパンはどう見ても五個以上。どうやら賭けは俺の負けらしい。
「確かに、一人一つずつあれば上出来と思ってたからな」
クソガミは冗談ではなく本気のトーンで言う。おそらくクソガミは負けてもいいと思っていたのだろう。正直俺もこの賭けは勝って当然だと思っていた。叶にしてはものすごく頑張ったと思う。
「でしょでしょ?」
クソガミの皮肉ともとれる言葉に叶は嬉しそうに答える。
「それはいいからさっさと食べよう。さすがに腹が減った」
俺のお腹は早く食べ物をと訴えている。叶も賛成なのか、黙って机の上に抱えていたパンを置いた。
「請求はセイントに頼む」
クソガミはそう言いながら一つ目のパンを開封する。
「そうなの? だったら、はい」
叶はこちらに両手を突き出し、にっこりとした。賭けなのだから仕方がないとしっかりと金額を叶に渡す。
「まいど」
そうしてそれぞれ好きなパンを開封して口に運んだ。
「それで、今回のテストの手ごたえはどうだったんだ?」
教えた側としては気になるのだろう。
しかし、
「手ごたえって言われても……」
そもそもそんなものがわかるなら留年の危機には瀕していない。そう思うのは俺だけではないはず。
現に叶も目線を泳がせながら乾いた笑みを浮かべている。
「お前ら…… 似た者幼馴染どもめ……」
そんな新単語を生み出さないでほしい。似た者兄弟なら聞いたことがあるんだけど。
しかし、確かに叶とは幼馴染だ。むしろ衣食住を共に生活していた過去がある。
俺と叶は孤児だ。お互いに両親の顔を覚えてないほど小さな頃から施設にいた。そういう意味で二人は共同生活をしていた。二人っきりではないので、アニメのような嬉し恥ずかしな展開はない。
「でもでも、きっと大丈夫だよ。今回こそはいけるって」
叶は根拠のない自信をにじませる。それはいつものことだけど、俺はこうはなれない。
「手ごたえもないのにその自信の根拠は何なんだ……」
クソガミは呆れてしまっているのか、ため息をついた。
「自信は確かにないけど、点数とらないと終わりなんだから、今更考えてもなぁ」
「そうそう」
叶が俺の意見に同調する。実際何も考えてなさそうだけど。
「まぁ、確かに後は祈るしかお前達にできることはないけどな」
そんな時、放送を知らせる音がスピーカーから流れた。そのあとに聞き慣れた声が続く。
『一年三組の伊吹 聖夜君、同じく柊 叶さん。至急職員室まで来てください。繰り返します――――』
今の声は担任だと思うが、タイミングからすると、嫌な予感がしてならない。
「何だろう…… 今のって、担任だよね?」
叶は本当に何の事だかわからないのか、のんきにパンをもぐもぐしている。
「あ~~なんだ…… ご愁傷様」
クソガミに至っては察しが良すぎて既に諦めてしまっている。
「いやいや! まだわからないだろ!?」
俺の不安を煽らないでほしい。
「テストが終わったこのタイミングで呼び出しって、それ以外考えられないだろ」
確かに何もなければテスト返却まで何もないはずだ。しかしそれでも呼び出されたということは――――
そこまで考え、俺は頭を振る。
「そんなことないって! 留年はなくなりましたかもしれないだろ!」
「え!? 聖夜、留年するの!?」
叶は演技ではなく、本当に驚いている。
「なんで俺だけなんだ!」
「あたしはしないし」
「だから、その自信はどこからくるんだ! そもそもお前は俺以下なんだから、俺が留年ならお前も留年だ!」
「今度こそ貴様を超える!」
「そんな都合よくいくわけないだろ!」
こいつの思考回路は本当にどうなっているんだろう。未だに理解できない。
「それよりも、行かなくていいのか?」
脱線しかけた会話をクソガミが無理やり元に戻す。そうだった。呼び出しを受けたのは事実なのだから、早くいかないと。
「じゃあ行くか」
「なんでお前が立ち上がるんだ?」
真っ先に立ち上がったクソガミに俺は首をかしげる。
「最後まで見届けないとな」
自分が教えたのだから結果が知りたいということだろうか。
何はともあれ早く向かわないと。
「いってらっしゃい」
叶は未だにのんきにパンをもぐもぐと食べている。
「「お前も行くんだよ!」」
本当にこいつを誰かどうにかしてほしい。
しばらく一時間更新です