第68話 不思議な薬
その後、しばらく経ってしんみりした空気が落ち着いてから改めて挨拶をした。
旅についてはとっくに大人達が手紙で話を通していたらしい。
娘達の意思であり、団長らの後押しがあったならと応援してくれたようだ。
一番話し込んだのはやはりシアとルナの事だった。
こちらはそこまで詳しい話は通っていなかったらしく、昨日に続いてシアの事情を説明した。
研究にも携わる立場である彼らは、やはりシアのアルカナには興味津々。
しかしだからこそ、それが隠さなければならない物だと理解出来た。
そうして今は彼らの仕事について詳しく話している所だ。
「結構変な物とか貰ったりするのよね」
魔道具に限らず様々な研究に触れるリリアン達は、一般には出回らない物を持っているらしい。
「これとか面白いぞ。最近見つかった新種の花から作られる薬だ」
そう言ってラルフは薄い桃色の液体の入った小瓶を取り出した。
「幻覚を見せる花の蜜で作ってるんだが――」
「ちょっ……そういう物を見せられても困るって。部外者なのに……」
「本当に見せられない物くらいの判断はしているよ」
部外者に語ろうとする父に対しリリーナは苦い顔をする。
しかしその辺りは流石にちゃんと考えていたらしい。
「なにこれ? なんか甘い匂いがする」
興味を抑えられなかったのか、ルナが小瓶の蓋を開けてしまった。
勿論シアも隣で覗き込んでいる。
「まだ名前は付いていないんだけど……簡単に言えば幸せで良い夢を見られる薬だ」
「……それ大丈夫なヤツ?」
ラルフの説明を聞いてシアはそっと離れた。危ない薬だと思ったのだろう。
前世にもあったよろしくない薬や植物なんて、この世界でも当然の様にある。
なんならもっとヤバイ物だってあるくらいだ。
「勿論。そろそろ一般に出回る予定だからね」
害も依存性も無く、ただ夢見が良くなるだけ。
薬として処方されるなら良い物かもしれない。
しかし成分として依存する様な物が入っていないだけで、精神的には依存してしまう人が出そうだ。
「あげられるのは2本だけど……興味があるなら寝る前に飲んでみるといい」
チラリとリリーナとセシリアを見て、ラルフはもう1本を取り出した。
どうやらあの2人は興味津々らしい。
良くも悪くも、面白可笑しい薬や道具というのは多い。子供の悪戯レベルの物だってあるくらいだ。
ただし残念ながら、この場で一番好奇心旺盛なシアとルナはそれらを知らない。
シアの気質を察した母親が遠ざけていたのだろう。自然の中で生きていたルナは言うまでも無い。
そして勿論、保護されてからも同じ理由で触れない様に気を回されていたのだ。
「んー……あたしは良いや」
「私も。2人で飲んでいいよ」
しかしそんな面白い物なのに、その2人は気が進まない様子。
ルナは夢で見なくても満足しているからだろうか。
シアはどんな夢になるか分かっているのだろう。逆に見たくないのかもしれない。
という事で小瓶はそれぞれリリーナとセシリアの懐に収まった。
「新種の花っていうのは?」
セシルは薬ではなく、花の方に興味を持ったらしい。
「ベルセリウスって言う花よ。去年にファルエス大森林で見つかったばかり」
「あそこは色々と凄いからな。定期的に調査が入るけど、毎回の様に何かしら見つかるよ」
「へー……」
どうやらシアとルナもこっちの方が気になるようだ。
「実力があるなら行ってみればいい。ベルセリウスを採ってこいって依頼もあるからね」
「だってさ」
シアが笑顔で皆を振り返る。遠目に見ただけのあの森に行ってみたくて仕方ないらしい。
「その手の仕事なら大勢だし、良いかもしれないね」
適当に摘んで持ち帰るだけでは、街に着く頃にはダメになってしまう植物は多い。
なので依頼した側が馬車で待機し、都度必要な処理をするのが一般的だ。
そしてそういった馬車の護衛は新人ハンターに経験として振られる。
離れた深い森ともなれば、花を摘むだけでも結構大掛かりになるのだ。
「そうね。良い機会だしジェラルドさんと行きたいかも」
セシルに続きリリーナも賛同した。
ジェラルドと仕事をする経験は今後の旅に活きるだろう。
とりあえずはそういう予定になりそうだ。
その後は皆で食事へと出かけ、更に色々な話を続ける事数時間。
「さて……まだまだ話していたいけど、もう夜も遅い。ここらでお別れかな」
「リリーナ、街に居る間は遠慮無く来てくれて良いからね」
「うん。街を出る時もちゃんと挨拶する」
どうやら親子のわだかまりはすっかり解消されたらしい。
朗らかに別れ、一行は宿へと戻る。
そして風呂も済ませ就寝となる頃。
「これ飲んでシアちゃんと寝たら最高の夢が見れるんじゃ……」
やっぱり一足先に眠りに落ちたシアを見て、セシリアが怪しげな呟きを洩らす。
そしてそのままグイっと小瓶を呷り、もぞもぞとシアの隣に潜り込んだ。
「…………よしっ」
眺めていたリリーナは数秒悩み、全く同じ行動をとった。
ツッコミを入れたかったが欲に負けたらしい。
むしろ何を言っても自分に返ってくると悟ったか。
「あたしはいつでも良い夢見れるけどねー」
ルナはいつも通りシアの極僅かな胸を枕にする。
自分で言っている様にやはり満足そうだ。一番下心があるのは彼女かもしれない。
「「「おやすみー」」」
きっと良い夢を見るだろう。
狭苦しく挟まれたシアだけはうなされるだろうけれど。
そして寝静まった明方……にもならない様な時間。
「ぅう……ぬぁああ! またか! なんなのもぉー!」
当然の如くシアは目を覚ました。
昨日以上に強く抱きしめられ、かなり寝苦しかったようだ。
叫んでも誰も起きる気配は無く、4本の腕も解く事が出来ずに藻掻く。
「ぬへへ……シアちゃぁん……」
「んー……シアぁ……」
むしろ声を聞いて反応でもしたのか余計に力が入るくらいだった。
「だー! もう!」
「ぐぇ」
耐えられなかったのか、強化まで使って無理矢理に抜け出し跳び起きる。
ルナはその勢いで壁まで吹っ飛んだ。
「……痛い」
「そんなにくっつきたいなら……こうしてやるっ」
痛がるルナは一旦無視して、シアは2人を押しやって抱き合わせる。
お互いがお互いをシアと思い込んで、なかなかに面白い事になった。
「これでよし。ルナ、寝よ」
「……なんであたしは壁に叩きつけられたの」
「ごめん」
シアは申し訳無さそうにルナを抱いて隣のベッドへ移る。
揃って気持ちの良い寝覚めでは無かったからか、すぐに寝息を立て始めた。
そしてしばらく経ち、密着して抱き合い寝言を洩らすおかしな2人が目を覚まそうとしていた。
「ん……ぁえ?」
先に起きたのはリリーナ。
シアにしてはなんか大きいな、と薄目を開ける。
「…………んなぁぁあああっ!?」
「んぇ……ほわぁぁあああっ!?」
くっつく程近くにセシリアの顔が迫り、驚愕と羞恥で声を上げた。
その絶叫で一瞬にして目を覚ましたセシリアも同じく叫ぶ。
そして同時に突き飛ばし合い、ベッドから転げ落ちた。
「「ぐぇっ」」
すぐに慌てて立ち上がり、真っ赤な顔で文句を言い合う。
「なんでシアじゃなくてアンタに抱かれてんのよっ!?」
「それはこっちのセリフだよっ! ナニするつもりだったの!?」
彼女達がギャーギャー騒いでいる間に、セシルは我関せずさっさと部屋から逃げ出した。
シア達も大声で目を覚まし、報復が上手くいった事を察してほくそ笑む。
「良い夢見れた?」
「「台無し!!」」
笑いながら訊ねるシアに、2人は声を揃えてもう一度叫んだ。




