第67話 親の心、子知らず
「で、結局どんな仕事してるの?」
リリーナの両親に会いに行く道すがら、さっきは聞けていなかった両親の仕事についてシアが訊ねる。
娘たちが反発して自立したからとは言え、家族を残して行くならきっと大きな仕事なのだろうなとは予想出来た。
「んー……正直あまり詳しくは無いのよね」
手紙と地図を見ながら、リリーナはまたしても苦い顔をする。
「とりあえず2人共魔道具技師ではある……けど、国の運営にまで関わる様な重要な立場らしいわ」
両親は優秀な技師であり、故に中央へ引き抜かれたという訳だ。
魔道具は生活を支えるどころか、根幹を成す物。
当然ながら国の運営に置いても非常に重要な要素であり、専門家として関わる者達が必要なのだ。
「は? 国の運営って……それって物凄い人達なんじゃ?」
サラッと言ってくれたが、とにかく重要な凄い人達という認識で間違いない。
そんな仕事に携わっている両親について曖昧な情報しか知らないという事に、シアでさえ若干の呆れを見せた。
「ぐっ……えぇそうよ、実の両親の事さえまともに知らない様な、情けない恥ずかしい娘なのよ私は!」
そして逆ギレ。シアに呆れられるダメージは大きいらしい。
ちなみに技師と言っても、そんな立場では一般的な仕事はしていられない。
国へ意見を通す傍ら、魔法に関する事や過去の遺物の研究もしくは魔道具の開発がメインだ。
各国に存在し、お互いに知識と技術のやり取りをする。
それが彼らの所属する一大組織――国家魔道具技師協会、通称『国魔協会』だ。
元は魔道具関連だけの組織だったが、自然と他分野も統合されていったので今は通称でしか呼ばれない。
とにもかくにも、選りすぐりの優秀なお偉いさんという事である。
「そこまでは言ってないけど……」
珍しい逆ギレに困惑しつつ、シアはようやく合点がいった。
夫婦揃って最大限の評価をされ声を掛けられるなんて、技術者としてはそれはもう嬉しく誇れる事だろう。
リアーネが無理をしてでも両親を見送ったのは、街を離れたくなかっただけではなく、既に技師見習いになってそれを理解出来ていたから……かもしれない。
そして余談だが、リアーネがその道に進んだのは両親の仕事を見ていたからだ。
ただし彼女は見習いとしては他の技師の元へ行った。
幼い頃から見続けた両親とは違う視点を求めた結果であり、そう判断出来た事こそ彼女もまた優秀である証だろう。
さて、そうこうしているうちに手紙に書かれていた住所へと辿り着いたのだが……リリーナは困惑して首を捻った。
目の前には所謂アパート。
街は結界の中という限られた範囲だけなので、集合住宅というのはなんら珍しくもない。
なのに彼女が困惑しているのは、この目の前の建物が随分こじんまりとした物だったからだ。
恐らく最低限の広さしかないだろう。
ここに住んでいる人には申し訳ないが、ハッキリと言ってしまえばあまりお金の無い人が住む様な所である。
国の運営に関わる者が住むには不相応だ。
「ここ? え、合ってる?」
「あ、合ってる……けど……うん、間違いない……この部屋の筈」
これにはお馬鹿なシアでも疑ってしまう程。
リリーナは曖昧に返事を返しながら、そして何度も確認しながら1つの部屋の前へ。
皆は黙って付いていき、いつ呼び鈴を鳴らすのかと彼女をジッと見る。
勿論ボタンを押したら音が鳴るとかは無い。
ドアノッカーの様な物があり、それを引けば内側で鈴が鳴るというだけだ。
「そ、そんなに見ないでよ、急かさないでっ」
リリーナはここに来て尻込みしているようだ。
とは言え逃げる訳にはいかない。深呼吸を繰り返し、やっとの思いで震える手で鈴を鳴らした。
「今更だけど、休日だからって家に居るとは限らないんじゃ……?」
「っ!? そういう事はもっと早く言ってよ! どうしようっ、これで留守だったら私どうしたら……」
今気付いたとばかりにセシリアは留守の可能性を口にする。呑気な一行だ。
それを聞いてリリーナはハッとして理不尽な文句を言い、情けなくも慌てふためいた。
「知らないし……ていうか鳴らすだけじゃなくて名乗りなよ……」
「あ、えっ、えぇう……」
またもや親友の珍しい面を見れた嬉しさはあれど、普段と違い過ぎる姿にどうしても呆れてしまう。
なにより鳴らすだけ鳴らして無言なのはどうなのか。
彼女の為にならないと見守るつもりだったが、あまりにも混乱しているので助けた方が良いかもしれない。
セシリアがそう考えた瞬間、ドアが開いた。
「――ぁ」
リリーナから、声になれなかった息が漏れる。
出てきたのは彼女に良く似た女性――紛れも無く母親だった。
記憶よりも多少変わってはいるが間違える筈も無い。
「――あぁ、やっぱり……来てくれたのね」
数秒も経たない内に微笑み涙ぐんだ女性は、リリーナを見て感慨深そうに呟いた。
彼女は誰が来るのか予想していたからこそ、無言の来客に顔を見せたのだ。
それは勿論リアーネのお陰である。
愛する妹と、その隣に居てくれる皆が動くと信じての根回しだ。流石としか言えない。
約7年越しの親子の再会。
きっと旅をしなければ、会うのはもっとずっと後だったかもしれない。
たった2つ先の街。言葉にすればただそれだけの距離なのに、とても遠かった。
けれど親友と家族に背中を押されて、進む事が出来た。
「皆の事も聞いているわ。さぁ、入って……」
「ぁ……うん」
なにはともあれ、玄関先でボケっと立っていても仕方ない。
女性はドアを大きく開けて、一行を招き入れた。
「やぁ、どうも。狭いけれど出来るだけ寛いでくれ。――あぁ、私はラルフ。そして妻のリリアンだ」
「あ、私ったらちゃんと挨拶もせずに……ごめんなさい」
そして父親も挨拶をする。リリーナを柔らかい表情で見るのは同じだが、言いたい事は一旦抑えてまずは皆への挨拶をと意識を切り替えたようだ。
逆に母親の方は感極まっているのか、何を言おうか何をしようか、判断さえも上手く出来ない状態らしい。
しかしそれも仕方ないだろう。
同行している皆に対しても含めとにかく話したい事だらけなのに、娘を目にしただけで一杯一杯になってしまっているのだ。
その様子だけでも、離れてもちゃんと子を愛しているのだと見て取れる。
ひとまず無言のままのリリーナは置いて、一行も簡単な自己紹介を返した。
その挨拶をしている間に、皆は気付いた。
当然リリーナも、何処か呆然としていたがしっかりと気付いた。
この部屋があまりにも質素な事に。そしてその理由に。
入ってすぐの小さなリビングとキッチン。
風呂トイレは別として、1つしかない寝室のドア。必要最低限の家具。
なんの飾り気も無い部屋――いや、唯一テーブルの上には昔の家族写真のみ。
あとは精々、仕事に関わる道具や書類等が部屋の隅に積まれているだけだ。
そして仕事用とは別だろう部屋着扱いの着古した服。
国の運営に関わる偉大な人物が暮らしているとは到底見えなかった。
リリーナの家は裕福と言っていい。
元よりお金に悩んだ事は無かったし、両親が出て行ってもそれは変わらなかった。
何故なら両親からの仕送りがあったから。
それについては皆の知る所だったが、具体的な金額はリアーネしか知らない事だった。
しかしこの部屋を見て理解出来てしまった。
彼らは人一倍ある筈の収入の殆どを、子供達へ送っていたのだ。
それがせめてもの出来る事だと言わんばかりに。
そんな2人の想いを全員があっという間に察してしまった。
故にリリーナを差し置いて口を開く事が出来なくなった。
そして親子3人もまた、何も言えず見つめ合うだけだ。
きっと心の中ではあらゆる言葉が渦巻いているだろうに。
一体何分経ったのか……もしかしたら数十秒程度だったかもしれない。
ようやく、リリーナは声を出す事が出来た。
「ごめんなさいっ!」
眼をギュッと瞑り俯いて、ただ一言。
何に対してかなんて本人でさえも分からなかった。
当時少なからず恨んでしまった事なのか。
今まで手紙でも関わろうとせず逃げ続けた事なのか。
両親がこんな生活をしてまで、自分達を想ってくれていたのだと考えもしなかった事なのか。
ともかく、散々グルグルと悩み続けた果てに口を衝いて出たのは、そんな謝罪の言葉だった。
「……どうしてあなたが謝る事があるの? 謝るのはこっち」
リリアンは心底、娘に謝らせてしまった事を悔いた。
そんな事を言わせる前に口を開くべきだったと、悩むよりも動けと自分に言い聞かせた。
だからこそ、彼女は娘を抱きしめようと近付き手を伸ばし……リリーナは拒絶しなかった。
「今までつらい思いをさせてしまって……本当にごめんなさい……」
優しく柔らかく抱きしめて、声を震わせて伝える。
そっと1歩退いて見守る皆は、彼女の目元に光る物を見た。
「こうして会いに来てくれた事がどれだけ嬉しいか……」
親子の抱擁を受け入れてくれた事に安堵し、一際強く力を込めながら喜びを語る。
わだかまりを解消しているリアーネでさえ、お互いの生活から会う事は出来ていないのだ。
手紙のやり取りも拒絶している様子だったリリーナが会いに来てくれた嬉しさは、母にとっては言葉に出来ない程の物だった。
「つらいとか……そんな……私はただ、逃げてただけなの……」
リリーナも腕をゆっくり上げて抱擁を返し、今までの想いを伝える。
事実つらいと感じたのは最初だけだった。
親は両親の、自分達は自分達の道へ進んだだけだと割り切った。
両親を嫌いになりたくないから、それ以上は何も考えない様にしていた。
手紙が届いても読もうともしなかった。姉と妹に投げて、逃げ続けた。
それを今、酷く後悔している。
「ごめんなさい……ちゃんと向き合わなきゃいけなかったのに……」
それ以上はどちらも一言も口に出さなかった。
ただ抱き合うだけで、お互いの気持ちをしっかりと理解出来たから。
皆からは見えないが、リリーナも泣いているのだと声で分かる。
長い時を経て涙を流して抱き合う親子が、大切に想い合っていない訳が無い。
神妙に見守るラルフも、父としての想いはリリアンと同じだ。
それでも今は自分の番では無いと見守る事に徹している。
見守るのは父だけではない。
セシリアは笑顔で何故か達成感に満ちているし、セシルも安堵して微笑んでいる……きっとリアーネから相談を受けたりしていたのかもしれない。
そしてシアは、切なそうに……けれど嬉しそうに笑っていた。
その目が潤んでいるのは、抱き着く様に寄り添うルナだけが気付いた。




