第64話 イケおじ登場、ジジイを舐めるな
ラスタリアのほぼ中心に位置する街、セルフィア。
所謂首都であり中央と呼ばれ、国の要になっている街だ。
そして人と魔力の消費が重点的に多いからか、魔物が発生しやすい地域でもある。
しかし魔物の発生には波があり、今日は特に穏やかな日だった。
なので……と言っていいのか、のんびりと男が1人、纏めた髪をそよ風に揺らしながら街道を歩いていた。
ハンターである彼は当然仕事中だが、休憩中に散歩をしているらしい。
隊を離れての単独行動なんて本来は絶対にしてはいけない行為。
それが出来る程平和な1日というのもあるが、彼が素晴らしい実力と信頼を備えているからである。
彼の名はジェラルド。ハンターとして戦う事50年という実力者だ。
決して最強ではなくとも、彼はそれ程の時間を命懸けの戦いに費やしてきた。
故に単独行動を許された訳だ。
ともかく、そうして歩いていた彼はその長い人生において、最も大きな出逢いを果たす事になる。
その相手とは勿論……あのお騒がせな少女エリンシアとその一行だ。
呑気に歩いていたジェラルドは、馬と共に立ち止まる3人の若い男女のシーカーを見つけた。
随分と若いけれど、そういう者も居るだろうと大して気に留めずに声を掛ける。
「どうも。君達はシーカーかな? 今日は魔物も少ない……今の内に街に入ってしまった方が良いんじゃないか?」
向きからして中央を目指しているのだろうと考え、今日の穏やかさを伝える。
だからこそ街の外を動くには良いのだが、この辺りは特に見る物が無いのだ。
一行も街を目指していたので素直に助言を受け入れ――
「ふぎゃぁああっ!?」
――ようとした所、気の抜ける悲鳴が聞こえた。
何事かと揃って真剣な表情で反応するものの、続く笑い声でそんな意識は霧散していく。
よくよくあの2人は悲鳴と笑い声がセットらしい。
「ど、どうしたの?」
セシリアが傍の岩陰に向かって声を掛ける。
そうして飛び出してきたのは幼い少女。
流石のジェラルドも、こんな小さな子供が居る事に驚いてパチクリと眺める。
「へ、蛇! 蛇がぁっ!」
随分驚いたのだろう、若干の涙目で悲鳴の理由を説明する。
ついで後ろからルナが笑いながらふよふよと戻ってきた。
子供どころか精霊まで居る事にジェラルドは更に混乱してしまうが、早々に考える事を止めた。
「ルナ、ちゃんと警戒してあげなかったの?」
「えー……周りは警戒してあげるけど、自分の近くくらいはさぁー……」
笑いの止まらないルナを見て、リリーナが多少の呆れを混ぜて言う。
それに対して不満気に返すルナだが、それも当然な話だった。
一体彼女達は何をしていたのかというと……あまり言ってあげたくはないが、単純にシアが催しただけである。
「ていうか今更蛇でそんな……」
「だって大きかったし! 毒持ってたら面倒だから――うひゃぁああっ!?」
言い訳するシアの足元に大きな蛇が這い寄り、再度驚いて悲鳴と共に跳び上がった。
この世界は他にいくらでも危険な生物が居るし、山で散々見ているのだが……虫や蛇なんかは単純に苦手なのだ。
それに毒を持っていたら面倒なのは事実。
治癒魔法や薬で対処すれば殆どの毒は命に係わらないのだが、ピンポイントで解毒している訳では無いのでしばらくはつらい症状になる。
その対処さえ難しい猛毒については今は置いておこう。
そしてそんな蛇はリリーナの雷を纏った剣によって暴れる間も無く仕留められた。
何体もの亜人ならともかく、これくらいなら後始末は要らない。
自分達の糧にせずとも他の命の糧になるので、そこらに置いておけばいいだろう。
無責任という訳ではない。何も気にしないのは良くないが、殊更に重く捉えるのも良くない事だ。
「これくらいで怯えてちゃ、トイレの度にセシリアに傍で監視される羽目になるわよ」
「うぇ……それはやだ……」
なんにせよ蛇で騒いでいたらこの先大変だ。
シアの魔法でも追い払うくらいは出来る筈なので、リリーナは冗談交じりにお説教をする。
当たり前の羞恥心だが、相手がセシリアとなると危機感が生まれてしまうのは何故だろうか。
「なんで私そんな扱い!?」
当然ながらネタに使われたセシリアは憤慨している。
シアさえも警戒する程に勘違いされやすい言動をしているだけで、本当に変態な訳ではないと信じたい。
「賑やかだな。色々と聞きたい事はあるが……とりあえず、隊に戻るついでに一緒に行くか?」
「そうですね――さ、もう行こうか」
こんな騒がしい謎の一行を目の前にしても、ジェラルドは落ち着いて朗らかに眺めている。
そんな彼の誘いにセシルは同意し、出発しようかと皆を振り返った。
「え? あ、ちょっと待ってまだ……」
「まだだったの? もう……ほら、さっさと済ませなさい」
このおじいさんは一体誰だろう、なんて呑気だったシアは慌て始める。
たかがトイレで時間を使い過ぎなので、リリーナは呆れながらシアを岩陰へと引き摺って行った。
その岩陰からは、1人でするからと恥ずかしがる声と、だったら騒がず済ましなさいというお説教が微かに聞こえてくる。
セシリアをネタにしておきながら……いや、何も言うまい。
これで二度とこんな恥ずかしい思いをしない様に気を付ける筈だ。
今度こそ無事に事を済ませたシアは、皆と改めてジェラルドへ挨拶をして一緒にのんびりと歩いていく。
子供と精霊を連れ、まだ若い3人が旅をしている事に彼は興味津々なようだ。
しかも皆が元ハンターという事も聞いて随分と親身になってくれている。
「む……せっかくの時間だと言うのに、邪魔をしてくれるな……」
しかしそんな穏やかな時間は唐突に途切れる。
いくら平和な1日とは言え、多少の魔物は現れる。
真っ先に気付いたジェラルドの呟きの後、黒い塊が集まる気配を皆も察知した。
「君達が手を出す必要も無い。一応仕事中なのでね……私が片付けよう」
一行も戦闘に備えて武器を構えるが、ジェラルドはそれを止めた。
ハンターとして仕事を全うせんと、わざわざ子供にまで戦わせようなんて思いもしないのだろう。
それを聞いて3人は大人しく好意に甘えさせてもらう事にした。
「え……えっ? でも、危ないよ――」
そんな皆を見てシアは戸惑うが、ジェラルドは何も気にせず歩いていく。
そして襲い来る魔物達。狼やら蛇やら、様々な姿が5体。
セシリア達は万が一に備えてシアの傍で構えるが、シアは老人1人に任せる事に慌てている。
しかしそんな心配と不安は何の意味も無く、ジェラルドは全てを切り伏せた。
腰に下げた刀を抜き放ち、蒼い炎を纏い切り刻む。
刀の届かない距離さえも炎で薙ぎ払い、黒い塊は塵と舞う。
瞬間的に、爆発的に身体強化をした居合と言ったところか……その抜刀も、幾度の閃きも、誰1人捉える事は出来なかった。
蒼炎が散る中、音も無く鞘へと刀を収める後ろ姿をシアは呆けて眺める。
その一瞬の煌めきだけで、彼が只者ではないのだと悟るには充分だった。
「蒼炎の……ジェラルド」
セシルは記憶を探り呟く。
中央から離れた街でさえ知る者が居るその名……蒼炎のジェラルド。
老いて尚も最前線に立ち続ける、英雄の二つ名。
現役の老ハンターというだけで信頼に足る事を3人は知っていたが、予想以上だった。
「シア、覚えておきなさい。おじいさんだからと甘く見ていたでしょう……でもそれは生き残ってきた証なの」
未だ呆けたままのシアへと、リリーナは遠い目をしながら語る。
「何十年と戦って生きる……ただそれだけでも凄く、凄く偉大な事なのよ」
ハンターとして憧れるのだろう。その遠い目に込めた想いは強い。
「すっごい! 凄い強いんだねっ!」
シアは凄い凄いとひたすらに騒いだ。純粋に尊敬しているのが伝わってくる。
「そんな大層なもんじゃない、そう褒めてくれるな。私はただ……後進に継ぐ事も出来ず、いつまでも戦場にしがみつくだけの爺さ」
尊敬の目を向けてくれる若者達に対し、目を伏せ自嘲を込めてしみじみと語る。
長く戦ってきただけあって、なにかしら思う事があるらしい。
「私からすれば、夢に向かって走る君達の方が眩しくて堪らない」
そう言って本当に眩しそうに目を細めるジェラルドの心は、出逢ったばかりの一行には何も分からない。
自分達よりもずっと長く人生を歩んできた者の心は推し量れない。
それでも重い物を背負ってきたのだと察せられる。
「ね、もっと色んな話を聞きたいなっ! 休憩は終わっちゃう? 仕事が終わったら、何処かで一緒にお食事しよっ!」
そんな彼の内心を知ってか知らずか、シアは少女らしく振舞ってジェラルドに纏わりついている。
彼の何かが、彼女の琴線に触れたのだろう。
「いいとも――いや、むしろ一緒に街まで行こうか」
孫の様に懐く少女を邪険にする訳も無く、ジェラルドは早速シアを可愛がる気らしい。
これがシアなのだ。良い人を見極め、警戒させず、スルリと心に入り込む。
しかも半分以上は素でやっている。
その見た目のお陰という点も大きいが、つくづく愛される才能に恵まれた少女だ。
「いいんですか? 仕事中なのでは……」
「さっきも言った通り今日は穏やかで、戦闘なんて今ので2回目だ。こんな日くらいは若い奴らに任せても誰も文句は言わんだろう」
流石にそれはどうなのかとセシルは訊ねるが、ジェラルドは軽く答える。
もう昼になる頃でもその程度の仕事量らしい。
そんな唐突な我儘は、先程語った後進に継ぐ事も出来ないという自嘲からだろうか。
もしかしたら、1人で歩いていたのはその辺りを彼なりに悩んでの事だったのかもしれない。
その後、隊に合流した彼は話を済ませて戻ってきた。
そうして街に入ろうとすれば、やはりシアとルナがかなり注目を浴びる。
しかしジェラルドが共に居るお陰で、すんなり通ってあっという間に宿に着いた。
またしても面倒な事になるのではと身構えていた彼女達は拍子抜けである。
荷物と馬を置いたら、ジェラルドの案内で個室で食べられる店に向かう事になった。
精霊と幼い少女を連れた旅……どう考えても何か事情があると考え、気兼ね無く話せるよう気を遣ってくれたらしい。
なんにせよ、新しい街に着けばクエストが始まるのがお約束。
英雄との邂逅と会合という、重要そうなお話が始まったのだった。




