第58話 日常の終わり、旅の始まり
さて、そんなこんなで時は過ぎ――出発まで残り数日となった。
準備は当初1ヶ月程と考えていたが、結果半月程で終わってしまった。
なんだかんだ皆揃って必死に詰め込んだお陰だ。
ついでにシアが馬を諦めたからでもある。
渋々見送る側としては嬉しくないかもしれない。
と言っても流石に大人であるシャーリィとリアーネは、どうにか折り合いを付けて送ろうとしている。
そしてリーリアもまた、姉妹であり友達であるシアが夢を追うのだという事を子供なりに理解してくれた。
準備も終わってこの数日はゆっくりと過ごす予定だ。
最後の想い出作りなんて訳ではないが、それに近い感覚だろう。
という事もあって今は、先日の話し合いのメンバーにユーリスを加えての大勢で食事中。
彼も心身共にすっかり逞しく成長しているようで、シアが心底望む事なら応援したい、と伝えた。
しかし未だにあのシアに好意を抱いている辺り、勿体無い男だ。
そしてそんな彼に一切気付かない彼女も罪な女だ。
どうやら逞しく成長しても気持ちを伝える勇気は持てないらしい。
全く意識されていない事くらいは分かっていて、及び腰になっているのだろう。
「まぁ、精々楽しんでこいよ」
「ん。皆と離れるのは寂しいけど、思いっきり楽しんでくるよ」
大勢で騒がしく食事している中、そう言って彼はシアの背を叩いた。
応援してくれるという事が純粋に嬉しいのか、彼女も笑顔で返す。
「それに1年くらいで顔を見せに帰るんだし、あっという間だよ」
そして寂しいと言った自分を誤魔化す様に、一言付け足した。
全てが新鮮で楽しい旅なら、きっと1年なんて一瞬で過ぎるだろう。
皆が、自分が、どれくらい成長や変化をしているだろうかと思えば……帰ったその一時さえも楽しみである。
「それまでに恋人の1人2人作っときなよ、ヘタレ馬鹿」
ついでにルナが横から口を挟む。
いくらなんでも未だに彼を嫌っているなんて事も無いのだが、邪険な態度が当たり前になってしまって治せないのだ。
彼女も彼女で不器用なのである。
「はぁっ!? な、そんっ……2人はねぇだろ! 他に誰が居る――」
「へー、好きな子居たんだ。じゃあ帰ってきた時が楽しみだね!」
狼狽えるユーリスにシアの容赦ない無自覚な言葉が突き刺さる。
「…………トイレ行ってくる……」
あまりの仕打ちに打ちひしがれてしょんぼりトボトボ逃げてしまった。
話が聞こえていたのか、男達にニヤニヤと生暖かい目で慰められている。
ちなみにルナはこっそり笑っている。
シアが本当に素で言っているのが面白くて仕方ないらしい。
「セシル、男がお前1人だからって妹達に手を出すなよ? 調子に乗ったら千切るからね」
「ちょ……僕を何だと思ってるんだ!? そんな事する訳無いだろう、怖い事言わないでくれっ」
そんな2人を見てふと思ったのか、リアーネが赤い顔でセシルへ辛辣な言葉を投げる。どうやら軽く酔っているらしい。
睨みながら随分と恐ろしい事を言うものだから、彼も慌てて否定した。
「姉さん、嫉妬しなくてもちゃんと返すから……」
珍しい姉の姿に悪戯心が刺激されたのか、リリーナが茶々を入れた。
最近この2人はなんだか良い感じらしい。
元々共に学校に通っていたし親交はあったが、シアが来て関わる事が増えたからだろう。
具体的にどうなのかは、家族でも踏み込んでいないので知らない事だが……その分勝手に色々想像されているらしい。
旅で離すのは忍びないが、どちらもその点に関しては何も言わないのであえて誰も触れない。
ちなみにやっぱりシアはそんな事は知らない。気付かない。
「誰がこんな奴をっ……とにかく、定期的に顔を見せてくれればそれでいいから、気を付けて行ってくるんだよ」
酔って赤かった顔を更に赤くして反応したが、さっさと話を変えて終わらせた。
未だに旅に出る事には色々と言いたいし、正直反対したい。
それでも気持ちよく見送る為に、珍しく酔ってでも前向きな言葉を贈った。
旅立ちが決まってから見送る言葉1つに半月も掛かったが、それだけ彼女が大切に想っているという事だ。
そして、どうせなら思いっきり楽しんできて欲しいと思うのもまた本心である。
姉から聞けた見送りの言葉に、妹達は安堵と喜びを見せる。
彼女達だって、後味悪く旅立ちたくない。
お互いが気持ち良く笑顔で、いってきますといってらっしゃいを言いたい。
それがどれだけ危険でも、それ以上のモノを得られるように願いを込めて。
そうして数日、ゆっくりまったり幸せな時は過ぎ――旅立ちの日。
流石のシアもしっかり目を覚まし、ルナと共にリビングへ。
その表情は何処か暗い。ルナもいつもの明るさは無く静かだ。
旅には期待がある。ワクワクと逸る気持ちがある。
だけど、今までの幸せに満ち足りた居場所を離れる寂しさは大きい。
シアとルナが加わり一気に賑やかになったエルフ一家だが、今日この後には2人だけになってしまう。
誰も彼も寂しさを表に出すのは仕方のない話だ。
セシリアも今日はこちらには来ていない。
きっと向こうもまた、子が揃って旅に出る事で寂しさ溢れる朝になっているだろう。
しかしそんな寂しさを引き摺って旅立つ訳にはいかない。見送る訳にはいかない。
朝食を食べ終わりしんみりとした時間が過ぎ――さぁ行こうと揃って家を出る。
皆で手を繋ぎ、やたらとゆっくりな歩みで団長達の待つ北門へ……
昨日の時点で既に殆どの荷物は馬に積載済みだ。
彼らもやはり、寂しさを表すかの様に目を瞑り静かに佇んでいる。
「来たか……いよいよだな」
予定していた集合時間ピッタリに、2つの家族が歩いて来る。
「全くどいつもこいつもしみったれた顔しやがって……」
未だに揃って寂しそうにしているのを見て、ダリルは意識を切り替えろと小言を飛ばす。
抱きしめたりと別れを惜しみつつも少しずつ離れ、残った荷物を積み……シアとルナ、セシリアとリリーナ、セシルが並んだ。
彼女達を見送る側もまた並び、思い思いの言葉を贈る。
「本当に気を付けるんだよ……定期的に無事な顔を見せてくれればそれでいい。あと手紙は忘れないように」
「シアちゃんが戻ってきた時には、あたしはもっとお姉ちゃんらしくなってるかもね」
「それは楽しみだなぁ……」
「お姉ちゃんも、いっぱい楽しんできて!」
「勿論! 帰った時は色んな話を聞かせてあげる」
リアーネとリーリアからの言葉に笑顔で返すシアとリリーナ。
寂しくても、再会した時を思えば自然と笑えた。
「セシル、セシリア。全てを糧にしてこい。ただし気負い過ぎるなよ、適度に息を抜け」
「うん……大丈夫!」
「ああ、なんとかやってみるよ。父さんも……しばらく街を頼むよ」
「おう、当たり前だ」
こちらの家族も笑顔だ。
シャーリィは既に散々抱きしめていくつも言い聞かせたので、今は静かに見守っている。
「皆が旅に行ってる間、俺はそれ以上に成長してみせるからな。次会ったときに驚かせてやる」
ユーリスはこれを機にようやく父から鍛えて貰う事にしたらしい。
視線はシアに向かっていたが、勿論皆に対しての言葉だ。
「……妹達を頼むよ。待ってるから、精一杯やってこい」
「うん、ありがとう……」
そしてリアーネとセシル。やはり良い感じというのは嘘ではなさそうだ。
むしろ離れてしまうからか、数日で更に大きく距離が縮まっていると言ってもいい。
言葉は少なくても、醸し出す雰囲気がそれを感じさせる。
「……へ? あ……え? 2人ってそういう――」
ようやくシアも気付けたらしい。
そんな2人を自分の旅の所為で離してしまうのかと慌てたが、揃って大丈夫だと言われた。
どうやらその辺りも2人で話していたようだ。
むしろこんな機会が無ければ一気に進展する事は無かったかもしれない。
そうして一通りの見送りの言葉を言い終えたのを見計らって、最後に団長が纏める為に口を開いた。
「無茶するなとか、危険な事は出来る限り避けろとか、この期に及んで今更そんな忠告は言わない」
無茶をしなければならない事もあるだろう。
危険を冒すだけのモノを得られる事もあるだろう。
そういった判断も、全て本人達次第だ。
「ただ、思いっきり楽しんで無事に戻れ。それだけだ」
そして一際強く気持ちを籠めて、ただ一言だけを贈った。
その言葉を最後に皆は動きだす。
シアが誰の馬に乗るのか一悶着あったらしいが、最初はリリーナになったらしい。
都度交代していく予定だ。
なのでリリーナに続き、彼女も颯爽と馬に乗……乗ろうと……乗れない。
もたもたとピョンピョン跳ねている。
事ここに至って、不安になる事をしないで欲しいものだ。
見送る側も呆れた目をしてしまっている。
過酷な旅に耐えられる様な屈強な馬。
小さな彼女はただ乗るだけで苦戦する始末である。
情けないがこれがシアらしい……と言っていいのだろうか。
「もう……全く、ほらっ」
見かねたリリーナが手を貸し、どうにか乗る事が出来た。
これでもう出発だ、と皆を振り返るシアの表情は何故か誇らしげだ。
今の醜態を晒してそんな顔が出来るのも不思議である。
まぁ、いってきますと宣言する為の顔だろうけれど。
という訳で、気を取り直して……とにかく出発だ。
どうしたって誰もが寂しさを残す。
けれどそれは一旦ここに置いて、揃って笑顔で見送り、見送られる。
「「「いってらっしゃい!」」」
そんな大きな声に応える様に。
一層大きく、一層笑顔で。
「「「いってきます!!」」」
その一歩を。危険でも魅力溢れる外の世界へと、大きく……そして勢い良く踏み出した。
後ろは振り返らない。また戻って来るのだから、後ろ髪を引かれるよりもずっと強く前に進む。
期待と勇気を胸に、ただ進む。これから出逢う全てを楽しむ為に。
シアの夢は1つ叶った。
幸せな居場所を手に入れた。
そしてもう1つ。
今度は外の世界をひたすら楽しむ。
そんな夢が今、新しく始まった。
そしてそれは、きっと叶う。




